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「王女殿下が来られるまで、お茶でもどうだい」
「……ディーン・デインさまはよろしいのですか?」
「あいつは王弟殿下の話に目をキラキラさせていたからね、大丈夫じゃないかな」
「なら、よろしいのですけど」
流石にあのヒゲ……じゃなかった、王弟殿下だって純真な少年に変なことは吹き込まないでしょう。何よりそんなことしたって後で可愛い姪っ子にバレたら嫌われちゃうかもしれないと思ったら絶対大丈夫ですね。
サロンの様な空間で二人向き合って座れば、さっとお茶とお茶菓子が出てきてですね……やりおる……王子宮筆頭、さすがの教育ですね。行き届いている!!
ま、まあ? 王女宮だって負けてませんよ?
スカーレットとメイナだってぱっと察して行動できる良い子たちなんですからね!
とまあ対抗意識を燃やしても仕方がありません。
「そういえば、今日はアクセサリーが違うね?」
「えっ、ああ……いえ、ちょっと心配だったものだから」
「心配?」
アルダールがちょっとだけ不満そうに言うので私としては申し訳ない気分になりましたが、ここは素直に答えることにしました。
今回は非公式とはいえ王太子殿下にお招きいただいた席です、本来ならばそれなりの恰好をして参加するのが筋というものだと思うのです。
そういう点において、アルダールがくれたネックレスに、イヤリングも併せて使用するのが適しているとは思ったんですが……思ったんですが、今回はそうしませんでした。
結局急いでリジル商会まで行ってそれなりのお値段のものを買ってきましたよ!
痛い出費ですが……いやうん、社交界デビューを済ませただけじゃなくビアンカさまのお茶会にだって参加するんだし、これからある程度は令嬢として行動も増えるのかもしれないと思えばやはり必要な出費だったのだと自分を納得させつつですね……ってそうじゃない。
「だ、だって狐狩りということでしたし」
「うん……?」
「王弟殿下の悪戯で私も馬に乗れと言われたりする可能性も踏まえてですね」
「うん?」
アルダールがきょとんとしたまま私の言葉の続きを待っている姿は大変可愛らしいですけれども。
いやなんかこれ口にするのはちょっと恥ずかしいな。
だからってここで止めたら絶対気になるから言えって言われるのが目に見えているっていうかですね……!!
「お、落としたら、嫌じゃないですか……」
イヤリングとかってちょっとしたことで落ちちゃうことだってあるんですよ。
これがどこかの茶会とか、そういう会場的な物なら落し物ってことで尋ねれば済みますけどね。
さすがにここ、王族直轄領ですからね?
落とし物をしましたので探しに行っていいですかって気軽に問い合わせられるような場所じゃないんですよ!!
さらにそれが森の中だったら……と思うと大事なものを持ってこれるワケないじゃないですか! 森の中で小さなイヤリング一個とかまず見つかりませんよね。
でもそれだけ大事っていうか、それをこうやって口にするのはかなり恥ずかしくってですね。
アルダールはただ目を瞬かせただけだったので本当にそんなことは思いもよらずって感じなんでしょうけど私としてはかなり重大な問題だったんですよ……。
いやまず落っことさなければ良いだけの話だって言われればそれまでなんですけどね。
「う、馬に乗るとは限りませんけど……ちょっと心配になったものですから」
「……そうか」
くすくす笑うアルダールに、ああ全くもってこの人は!
どうしてそうやってすぐに嬉しそうな顔をするんですかもう。こっちが余計恥ずかしくなるじゃありませんか。
とは文句が言えるはずもなく、私は話題を変えることにしました。
このままでは色んな意味でまた敗北を喫するとしか思えませんでしたからね!!
「そういえばアルダールはウィナー男爵のことを聞きました?」
「ああ、うん。驚いたけれどね……」
「どういうことなんでしょう。その辺りは?」
「聞いていない。バウム家としては、王太子殿下がディーンと私と、話をしてみたいと仰っていただけたということくらいかな。親父殿はもう少し聞いているかもしれないが、私たちに説明はなかった」
「そうですか……」
「まあ私たちに何も言ってこないのだから、親父殿としては何もするなというのと同義とは思うし恐らくは我々に何かしてほしいことは王太子殿下側にはないんじゃないかな」
「そう、ですよね」
私もニコラスさんからウィナー男爵がゲストとして招かれている、ということを耳にしただけです。あの後ニコラスさん、何も教えてくれなかったですからね……。
というか、ウィナー男爵が、という言い方が引っかかるんですよね。
男爵お一人で参加ってこと? ミュリエッタさんは招かれていない?
うーん、英雄と話がしたい、なんて失礼な言い方かもしれませんが、王太子殿下がそんな純粋な動機で招くとは思えません。
あの方はプリメラさまと同じように天才で素晴らしい才能を秘めていらっしゃると思いますが、もう為政者としての物の見方をしているんだって私は知っているのであの方をそういう目で見れないからついつい。
「まあ男爵は狐狩りに参加する、という名目で何かしら話をするんじゃないかと私は思うけれど」
「……それがどんな話なのか、なんですよねえ」
「ユリアはなにが心配なんだい?」
「なにがって……」
アルダールに問われて私は少し考えました。
別段男爵が来ても私にとって悪いことはないんですよね。ただ狐狩りするだけだし、あちらがミスをしようが何だろうが私にとって不都合なことは何もない。
ミュリエッタさんが来たらアルダールにちょっかいかけないか心配だけど、ああ、うんまあそこは来るかどうかもわからないんだから心配してもしょうがない?
「……プリメラさまが、悲しい思いをなされないのなら、いいんです」
「王太子殿下は王女殿下のことをとても大事にしていらっしゃるんだろう? ならそんなことはしないんじゃないかな」
「そうだと、思いますけれど……」
「ユリアは本当に王女殿下のことが大切なんだね。……いや、臣下としては当然なんだけれどね」
くすくす笑ったアルダールが、お茶を一口飲んでウィンクを一つ。さまになってるから困るのよね。誤魔化すように私もお茶を飲めば、アルダールが手を伸ばして私の髪に触れました。
「髪飾りはつけてくれている?」
「……これなら、落としにくいかなと思って」
「なら、良いんだ」
「でも落としたらごめんなさい」
「そうしたら、また買うよ。だから気にせずいつでも使ってほしい」
いやいや、それはちょっとね?
うん、いや気持ちは嬉しいんだけどちょっと申し訳ないでしょう。
というやり取りをいつもいつもした上で負けているから今更口にはしませんよ! ええ、また負けるのが目に見えてますからね……いつかは勝ちます。
「そういえば、狼が出るって話を先程王弟殿下が仰っていたんですが本当でしょうか?」
「狼?」
私の問いに、アルダールが首を傾げました。
ああ、うん、知ってた。
「……やっぱり嘘だったんだ……」
「うーん、聞いたことはないけどね」
くすくすとまた笑ったアルダールですが、私としてはまったくもう……あの人は!
折角マシュマロを持ってきましたけどあの方には少なめにして差し上げましょうそうしましょう!




