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そして迎えた狐狩りの日。
城下町からさほど距離のない、それこそ日帰りで行ける王族領の森林。
そこに私たちは朝から馬車で移動して、そこにある館に集合しました。
避暑地っていう扱いでもあるんですけどね、そりゃもう……王族専用ってこともあってですね、館っていうべきじゃないんじゃないこれ? っていう建物です。
ええ、ええ、なんでも狩猟を中心にこちらの森を使用するということで、代々男性王族の方が利用することが多かったらしいんですが、あることは私も勿論知っておりましたよ!
「来たか。ご苦労」
「王太子殿下、本日はお招きにあずかり光栄と……」
「良い、公式の場でもないからな。急な誘いで悪かった、ファンディッド子爵令嬢」
「勿体ないお言葉にございます」
「バウム家の兄弟はすでに着いて部屋で寛いでいる。お前も時間までゆるりと過ごせ」
「お心遣い、痛み入ります」
到着と同時にお目通りをお願いしてご挨拶をってしたらこの王子さま……いやぁゲーム程じゃないにしろちょっくら俺様に育ってませんかね!?
ちらっと思わず王子宮筆頭を見ましたけど、あちらはサッと視線を逸らしましたよ。
まったくもう。まあいいんですけどね、私にとって大事なのはプリメラさまですから!
それよりも王太子殿下の後ろに控えるニコラスさんがにこにこと笑みを浮かべてこちらをじっと見ている方が落ち着かないわ!
まあゆっくりしてろって言うから館の使用人に案内されてゲストルームで待つとしましょうか。
私は王城から来たわけですが、子爵令嬢として招かれているのでプリメラさまとはご一緒できなかったんですよね……。
朝いちばん、準備は勿論お手伝いしてきましたよ!!
はぁ、もうちょっとしたらセバスチャンさんと一緒にご到着なさると思うんですが……。私としても荷物があるわけじゃありませんし、令嬢としてって言われても自領から使用人をわざわざ呼びつけるわけにもいかないっていう理由からお迎えの馬車でただ来ただけですからね。
まあその辺は王太子殿下もご理解くださっているので良いんですけど。
(あ、ディーン・デインさまとアルダールにもご挨拶しておかなくちゃ)
折角ですからね、ちゃんと令嬢としてご挨拶くらいは……と思って私のそばについていた侍女に声を掛けて案内してもらっている途中でお馴染みのヒゲ殿下にお会いしましたよ。
相変わらず無精ひげに近いスタイルですけど、いやぁやっぱりこの人もイケメンで直視はできないなぁ。
私の姿を見つけると同時ににこやかに手を振ってくれて歩み寄ってくれる辺り、ほんとこの人女性慣れしてるっていうか紳士よねえ。
先日はどこぞのご令嬢と観劇に行くからって抜け出したってんで秘書官さんが怒り心頭で待ち構えてたって噂を耳にしましたけどね!
「おう、ユリアも到着したのか」
「これは王弟殿下、ご機嫌麗しく」
「アルダールのヤツと一緒に来れなくて寂しかったか?」
「……そういうお言葉は慎んでいただけますと、私としては大変ありがたく」
「ちぇっ、相変わらずお堅いやつだ」
王弟殿下は王太子殿下と共に先にこちらにお越しだったそうで。
まあホスト役として今回は王太子殿下も張り切っておいでだという話でしたからね。そんなに未来の義弟と仲良くしたいのか。可愛いところもあるんですねぇ……。
王太子殿下が王弟殿下と共に狩りをなさる時はいつもこちらにおいでらしく、その腕前はなかなかのもので鹿や猪なども余裕だそうですよ。
まあそんなにしょっちゅう行くわけではありませんので、森の管理人として狩人が常駐しているらしく増えすぎとか環境は大丈夫らしいです。
「ここの森にお前が来るのは初めてだったな。安心しろよ、熊はいねぇし腕利きの猟師と猟犬も揃ってる」
「……それは安心ですね」
「まあ、狼はいるけどな」
「えっ」
「安心しろよ、そっちは問題ないから」
……それは安心しろって言われてもどうなのよって思わずにはいられませんでしたが……当然表情には出さないものの、私の考えなどわかっているのでしょう。
この人、にやにや笑ってらっしゃいましたよ!
今回の狐狩りですが、実際に狩るのではなく今回は追い立てるものだそうです。
王太子殿下は乗馬をしながらディーン・デインさまと話をしたりして人となりを知りたいらしいですが、アルダールと王弟殿下もついているのできっと大丈夫ですよね。
……狼とか。うん、狼とか。
そもそも狼ってここの森に本当にいるのかしら。プリメラさまが利用しないから、そこまで詳しくないんだけど聞いたことない気がする。
私が世間知らずだからちょっとびっくりさせてやろうとかそういう魂胆じゃあないよね、さすがにね!
「プリメラが到着して全員で昼飯を食って歓談したら狩りに行く。あくまで狐狩りは集まる名目だからな、別に本当にやる必要はないさ」
「そうなのですか?」
「どうせだったらプリメラも、狐より自分の方を見てもらいたいだろうよ」
「まあ」
それ直接言ったら多分むくれちゃいますよ!
最近大人のレディでありたいって背伸びしてる女の子ですからね、プリメラさまったら。
まぁまだまだ甘えん坊なんですけど……でもディーン・デインさまと一緒に過ごしたいから乗馬用ドレスが良いとか仰ったりとか本当に可愛くて……。
じゃなかった、となると狐狩りをしてもしなくてもいい雰囲気?
「まあ王太子殿下サマは狐狩りをしていくだろうが、お前らまで付き合う必要はないってことさ」
「……さようですか」
じゃあ本格的にただお喋りするのが目的?
だとしたら別に王城でも良かった気がする……ってだめか、ウィナー男爵も招いているんだから。
あの人が王城っていう場所で王太子に呼ばれたってなると大事だけど、非公式の狐狩りに招かれた、ってだけだとかなり意味合いが違うものね。
前者は次代の王が英雄を重要視していると取られかねないってのが問題か。
まあ軽んじることもないだろうけど……。
今回まさかとは思うけどミュリエッタさんは来るんでしょうか?
一体今回のこれにはどんな意味があるのかと思うとちょっと気が重くてしょうがないんですけどね、まあ私如きがどうこう足掻いてもきっと誰かの掌の上なんでしょうね!
(……はあ、やれやれ)
「まあこの館以外にも森の中には泉があって、そこにも小屋があるから退屈はしないだろ」
「色々あるんですね?」
「ま、王家の男どもの隠れ家ってやつだからな」
けらけらと笑う王弟殿下に若干呆れつつ、まあ王族だって人間だからやっぱり息抜きって必要で、オトコノコってのはこういうのが好きなんだなあと思いましたよ。
「さてと、あんまりお前とくっちゃべってると後で機嫌の悪くなるやつがいたなぁそういえば!」
「……わざとらしい」
「アルダール!」
唐突に大声で変なことを言うなと思えば、廊下の先にアルダールがいました。
ちょっと呆れたように笑いながら私たちに歩み寄ってきて、ああ、アルダールの後ろにはディーン・デインさまもいらっしゃいました。
ディーン・デインさまは私の前に進み出てにっこりと笑いました。
初めてお会いした頃よりも格段に貴公子としての振る舞いが身について、立派な若君になられましたね……!!
「ユリアさん、お久しぶりです!」
「はい、王女宮で先日お会いして以来でございます。本日はよろしくお願いいたします、ディーン・デインさま」
「プ、プリメラさまは……?」
「私とは別の出発となりますのではっきりとは申せませんが、じきご到着なさることかと」
「そ、そうですか!」
私の言葉にぱっと顔を輝かせたディーン・デインさまに、大人たち全員でほっこりしたのはしょうがないと思いません?




