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プリメラさまから狐狩りのお話を伺って、私は準備のために王子宮筆頭に会って協議をいたしました。
驚くべきことに、当日は私に『子爵令嬢として』参加をするようにと王太子殿下からご指示があったのだそうで、あまりにも急なことで申し訳ないとむしろ王子宮筆頭が縮こまってましたよ……そういうところはプリメラさまの方が断然気遣いできますね! まったくもう!!
それから、必要な人員はあまり多くない方が良いという王太子殿下のご希望もあり、当日は少人数の給仕担当者と護衛、それに狐狩り用の犬とその調教師という構成になりそうです。
やはりというか、予定として招かれるのはディーン・デインさまだけでなくアルダールもということでした。
バウム家の兄弟を、という招待の仕方になっているのだと王子宮筆頭からは聞いております。だからバウム家の方からも護衛は連れてくるそうですが、あまり人数は寄越すなと王太子殿下からこちらも指示があったんだとか……。
なんでも、王太子殿下はディーン・デインさまが将来の義弟としてバウム家を継いだ暁には己の右腕となってくれるであろうと期待しておいでだそうですが、同時にアルダールがどんな人物なのか知りたいということなのです。
ディーン・デインさまに今後どのような影響を与えるのか。今後、国を運営するにあたりどのようなものになるのか、危険性はないのかなど色々と深くお考えのようらしいです。
考えすぎじゃない? って私は聞いてちょっと思いましたけどね!
いえ、アルダールが大事な弟であるディーン・デインさまに対して悪い影響を及ぼすようなことはないと思いますが……いずれ己が国王になったのちも安寧な治世を目指しておられる王太子殿下ですから多くのことを今の内から見定めたいという思いが強いのかもしれません。これは王子宮筆頭からの意見ですけど。
(まあアルダールも個人……というか、ディーン・デインさまの兄としてバウム家の長子っていう立場で参加するってある意味貴重な姿よね)
そこにファンディッド子爵令嬢としての私……って何故だ!!
いや、答えは簡単ですよね。
王女殿下を退屈させない相手で、アルダールの恋人っていううってつけの人材じゃないですか……。
ビアンカさまをお招きしても良かったのでしょうが、恐らく王太子殿下は本当に少人数で狐狩りという名目の、見定めをしたいのではないかなと私は思っています。
ただね?
うん、どうしてもね、納得できないっていうか? ええ。気になることがあるんですよ。
まあそこにアルダールがいて、私がいるのはしょうがないとしましょう。そしてニコラスさんがいるのも王太子殿下の専属執事なんだから当然ですよね。
勿論そのくらい理解しておりますし、想定しておりますとも。
王弟殿下も、まあわかりますよ。甥っ子姪っ子と過ごしたいって他にも色々また理由があるんでしょう。そこんとこは突っ込みません、変に巻き添えはごめんです!!
他にも幾人かは誘われているようですが……そちらは教えていただけませんでした。
私は王女宮筆頭でもあるけれど、お客さまでもあるからということでしたが釈然としませんね……。
まあ、王子宮筆頭もお仕事で王太子殿下に色々指示を受けているのでしょう、私だってその立場であれば従うでしょうから駄々をこねたりなんかいたしません。
(……狐狩りの最中はプリメラさまは参加するわけじゃないし、私もドレスでいいのよね)
プリメラさまは狩猟に興味はないときっぱり仰っていましたし、まあテーブルを用意して私とおしゃべりをしながら待っていていただくってことなんでしょう。
だから服装は軽装のドレス、ということでいいと思うんですが……。
うーん、難しいな! プリメラさまのドレスは悩まないんですが……いやまあなくはない。夜会とかよりは難しくない。
ただ王太子殿下の御前にとかいやいや待つんだ、公式ってわけじゃない。
「おやユリアさま! 奇遇ですねぇ!!」
「……ニコラスさん……」
奇遇も何も私が王子宮に来ていたことは知っていたんじゃないの?
予定を聞きに筆頭侍女同士が会話をしているのは別に隠してなんかいなかったから、私が戻るとなれば王子宮筆頭から彼が聞いたとも思えるし。
とはいえ、わざわざ追っかけてきてご挨拶、なんて可愛げがこの人にあるとは思えない。
思えないけど……じゃあなんでって聞かれるとほんっとニコラスさんって得体が知れなくて何考えてるのかわからないのよねえ。
「いやいや、そんな目で見なくても良いじゃありませんか。ボクらは仲間でしょう?」
「そのようなものになった覚えはございません」
「いやだなあ、王家にお仕えするという点ではみぃんな仲間ですよ」
「……それで、なんのご用ですか」
「いいえ、ただお姿をお見掛けしたのでご挨拶に!」
相変わらずのにっこりとした笑みは、初めて見る人ならきっと好印象。
だってにこにことして、朗らかに人懐っこい様子で挨拶してくる人を嫌う人は少ないと思うのよね。でも私としては初対面の印象そのままだから、やっぱりただ胡散臭いだけなんだけど……。
そんな風に私が思っているからなのか、態度に出ていたのか。
ニコラスさんは苦笑をすると、私の手を取ったかと思うと空いているもう片方の手を胸に当ててまるでダンスを申し込むかのように軽くお辞儀をしました。
「謝罪いたします、ユリアさま」
「……ニコラスさん?」
周囲を憚るように声を落とし、彼はそっと私に向けて謝罪してきました。
え、謝罪?
思わず驚いた私に、彼は手を取ったまま、少しだけ身を寄せてさらに声を落として続けました。
「ボクの立場上、ありとあらゆることを疑い、そして晴らし、王太子殿下のお役に立つこと。それ故に貴女に不快な思いをさせたことを、お詫びします」
「……」
「嫌われたくはないんですよ、そこは本当に」
今までのニコラスさんの口調とは違う、落ち着いた声音。
相変わらずうっすらと笑みを浮かべた口元と、糸目なところは変わりませんが……本当によくわからない人だな。
でもわかるのは、この人は王太子殿下のためにならなんでもするという立場だということを、私に明かした。そういうことですよね。
少なくとも敵ではないと私も思っておりますし、まぁ今までの態度とかはいただけませんが受け入れないのも大人げない、か……。
「過剰にからかうような言動等は今後控えてくださるとお約束くださいますか」
「ええ、約束いたしますよ。ユリアさま」
「……なら、結構です」
私の言葉に、笑みを深くしたニコラスさんが握ったままの私の手を持ち上げて手の甲にキスを落とす。くっ、騎士とかじゃないのにえらい様になってるな! この世界の男性スペックおかしくない? いや割と本気で。
「ありがとうございます、本当にお優しい。バウムさまがいらっしゃらなかったら、なんていう言葉を以前申し上げたかもしれませんが割と本気になるかもしれません」
「今先程からかうような言動は慎むようにとお願いしたはずですが」
「ふふっ、まあまあ。そして言ったでしょう? 他人のモノに手を伸ばすほど下種ではないんですよ、ボク」
「いい加減手を離していただけますか」
「本当にツレないなあ!」
わざとらしくがっかりした様子のニコラスさんが私の手を離し、しょんぼりとした様子のままにゆるく手を振りました。
「まあ、狐狩りの時にはご令嬢としてのお姿、楽しみにしております」
「……当日、ニコラスさんの働きぶりも見せていただくことといたしましょう」
「失望させないように頑張りますよ! そうそう、特別ゲストが来られるんですよ」
「特別ゲスト?」
「ええ」
彼は、にっこりと。
そりゃもうにっこりと、大きく笑みを浮かべて私に向かって朗らかに言いました。
「ウィナー男爵ですよ」
な、なんだってーーーー!?
いやいや王太子殿下、できたら私、平和で堅実な侍女ライフのままでいいんですけど!!
巻き添えダメ! 絶対!!




