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「ねえユリア!」
「はい、どうかなさいましたかプリメラさま」
「あのね、あのね、お兄さまが今度狐狩りに行かれるんですって! それで、わたしも一緒にどうだってお声がけくださったの」
「まあ」
王太子殿下は最近公務も勉強も予定よりはるかに先を進んでいらっしゃるらしく、鍛錬の時間など以外自由時間を増やしてお好きに過ごしている、とは聞いたことがあったけれど。
いやぁそれを聞いた時はそれなんて超人? って思ったものだけどプリメラさまが天才なんだからその兄もやっぱり天才だったってだけの話よね……。
ゲームでも、ちょっと触れた程度とはいえ天才でなんでもできるがゆえに孤独、みたいな紹介だった記憶もあるし。今じゃあ同じ天才の妹を溺愛する王子さまだけど。
しかし狐狩りかぁ。
貴族男性の嗜みとも言われ、女性が茶会で花を咲かせるのとは別の男性社交とも言われているやつですね。
まあ奥さまや婚約者の方などご家族を連れてこられる、大掛かりなピクニックのようなものでもあるんですが……実際に狐を狩る人もいればそこら辺の野うさぎとかを従者に追わせて仕留めるっていうのも聞くし。
要するに貴族社会における娯楽の一つですからね。
まあ軍人の家系ですと狩りはできて当たり前みたいなものだと耳にしたことはあります。
王太子殿下はそれこそ嗜みとして興じられる程度と聞いておりますので、今回は時間ができたからってことなんでしょうね。
あ、うちのお父さまですか?
基本的には行きたがらないですが、まあ誘われて断れない時は行っていたようです。
どこかの方に招待されて狐狩りに行った結果は野イチゴっていうお土産でした。
美味しかったですよ!!
……うん、ほら、うちのお父さまインドア派ですので。
「ご参加なさりたいのですか?」
「ええ!」
「……今までご興味は示されておられなかったと記憶しておりますが」
ちょっと不思議に思って今まで興味があったけれど言えなかったのかなと心配になったところで、プリメラさまが頬を染めて恥ずかしそうに私の方を見ました。
ああカワイイーだめよその上目遣い!
どんなおねだりだって聞いちゃう、聞いちゃいますよ!!
「……ええとね、あのね。あの、お兄さまがね、ディーン・デインさまとゆっくりお話してみたいって仰って、折角だからわたしもおいでって……」
「まあ、そういうことでしたか」
ああそうですよね、王太子殿下だって未来の義弟と親睦を深めたいですよね!
今はまだ接点がプリメラさまだけのようですが、将来的にはバウム家を継いだディーン・デインさまが王太子殿下の右腕とかになる可能性があるんですし!!
今やゲームの設定なんてどっかいっちゃった王太子殿下とディーン・デインさまだったら文句なしの主従関係を築けると思います。いやあ将来が楽しみですよね。
とはいえそういうことでしたら否やはございませんとも!
いえ、勿論プリメラさまが「行きたい」と仰った時点で決定も同然なのですけれどね。
まだ寒いから暖かい外套でしょ、帽子でしょ、動きやすいドレスでしょ、椅子でしょ……おっと準備を色々しなくてはなりませんね!
「お任せくださいプリメラさま。いつ頃のご予定か、王太子殿下は仰っていましたか?」
「再来週ですって。ごめんなさいユリア、突然……」
「何を仰いますか、プリメラさまはどうぞ私にお任せになってディーン・デインさまにお会いになることだけをお考え下さい」
「も、もう、かあさま!」
顔を真っ赤にして照れてしまうプリメラさま、プライスレス。
どうか再来週、天気が良くありますように。
……ディーン・デインさまがいらっしゃるということは、アルダールも来るとかありえる……?
うん? そして王太子殿下がいらっしゃるんだから当然ニコラスさんもいるってことよね……?
(よし、深く考えないようにしよう)
そうです、私がすべきはプリメラさまの準備ですからね!
……とはいえ、またニコラスさんが何か変なことを言ったりしないようセバスチャンさんにも同行をお願いすることにいたしましょう。セバスチャンさんが睨みを利かせてたら大人しくするでしょ!
(だとすると、お茶のセットにお茶菓子、それと軽食も準備できた方が良いのよね。どの程度の規模になるのかしら……王子宮の方でも準備を当然しているから、人員は何人? 確認すべきことはあと何があったかしら)
王太子殿下個人が行かれるのでしたらば、王子宮から執事や侍女が数人と護衛騎士といったところでしょうが今回はプリメラさまもご一緒、そしてバウム公子も……となるとそれなりの警護の数が予想されます。
こちらでもある程度の準備はしますが主導権は王子宮と思うべきでしょうから、王子宮筆頭に問い合わせておくのが筋ってものでしょうね。
どうせだったらマシュマロを用意しようかしら。
きっと王太子殿下もこの食感にはびっくりなさるのでは!?
……もう少し、季節が暖かいと良かったのだけれどね。でも狩りはスポーツの一種だし、良い運動になるのかもしれない。
暖かくなったら、今度王女宮でピクニックでも計画しようかなあ。きっと喜ぶと思うのよね、メイナとスカーレット。
勿論、プリメラさまもご一緒に。主従の垣根を越えてとかそういうことはできませんが、ディーン・デインさまが学園に行かれた後の寂しさを紛らわすには良いかもしれません!
それならメッタボンにも来てもらって野外バーベキューとかも可能だし。
……いいなそれ計画してみようかな。
「狩りそのものはね、わたしは楽しい部分がよくわからないの」
「さようですね。軍事練習を兼ねている、男らしさの象徴である等言われておりますので。殿方が我々が嗜む刺繍に対し、楽しさがよくわからないと首をひねるのと似ているかもしれません」
「そうね、そうだわ」
くすくすと私の例えに笑ったプリメラさまは、少し考えてから私の方を勢いよく振り返りました。
「決めたわ!」
「はい」
「ディーン・デインさまに、学園で長く使っていただけるようにハンカチと文具を贈ることにするわ! ハンカチにはわたしが刺繍するから、複数枚用意して!!」
「かしこまりました」
「本当はスカーフにしようかと思っていたのだけれど、ユリアがセレッセ領でお土産に買ってきてくれたのをきっとディーン・デインさまも大事にしてくれていると思うの」
恋のお守り。
そう言われていると告げてお渡ししたんだけれど、とても嬉しそうにしてくれたプリメラさま。
ディーン・デインさまの反応も似たようなものだったとアルダールから聞いているから、あああああこのカップル尊い。天使カップルよ……!!
私もアルダールと揃いのものを持っているので気持ちはよくわかりますが、ここまで純粋な、そして隠すことのない恋ってきらきらして眩しい……。
なんだろう、恋に関してはプリメラさまの方が私よりもずっと成長していってるなあ。
うんうん、このまま素直に二人で愛を育んでいただきたいものです。
私ですか?
ええと……はい、まあ翻弄されながらも上手くいっている、よね……?
アルダールが私の歩調に合わせてくれる優しい人で本当に良かったと思ってます。
いやまだもうちょっと視線は合わせられそうにないですが。
イッケメェェェンだからってだけじゃなくて、まだ脳裏に自分の恥ずかしい前世知識がある限り。




