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「まあそう構えるな。大したことは話さん」
「……さようですか」
「あの娘の現状だが、学園への入学は変わらん。礼儀作法にはまだ疑問が残るが学力は十分だろうという判断が下されている。お前との接点はほぼなくなると思って良いだろう」
「……」
「そうなれば、学園と自宅を往復するだけであの娘の時間は潰れるであろうな。今のところ後見役を名乗り出ている貴族もいない。セレッセ伯爵とバウム伯爵がどちらも突っぱねているのだ、他の貴族たちもまともな家は警戒する」
「そう、ですか」
「かといってあまり良い噂を聞かぬ家に陛下が認めた英雄を預けるわけにもいかん。当面は公爵家の保護の下、生活を続けてもらいながら人脈を築いてもらおうというところか」
あからさまにほっとして見せるべきだったですかね。
ただ頷いてみせただけの私に、宰相閣下も別に気にした様子はありませんからそこはどうでもよいことなのか知れません。
「あの娘が、なぜそこまで注目されているのかお前はわかるか?」
「……巨大なモンスターを退治した功績以外に、彼女は幼い頃から神童であったという点でしょうか」
「ふむ、まあ模範解答だな。下手に誤魔化すこともなく知っている点で無難なところを選ぶ」
「なんのことか」
「良い。ここには我々しかおらん。ビアンカが信頼している貴様のことを、こちらでもそう軽んじることはない」
「……」
いやいや、なんだかそんな私が事情通で敵対しない程度に情報を知ってますよってやってるみたいな言い方しないでくれます!?
不幸中の幸いは、ビアンカさまっていう存在がいてくれたから宰相閣下は私が国に仇なす存在にはなりえないと庇ってくれるってことのようですが。
いやいやほんとそんな大それたこと何も考えてませんけど!?
プリメラさまと私の幸せライフが送れたらそれだけで十分なんですけれども。
でもまあミュリエッタさん関連で注目していたら、彼女に関連した人物と私、そこそこ繋がりがあるっていうね……そりゃこっちもマークされるわって思うんですよ。
言わずもがなでプリメラさま。
エーレンさん。
ハンス・エドワルドさま。
オルタンス嬢。
そしてアルダール。
勿論こちらから願ってどうこうってわけじゃないですし、どちらかというとアルダールの方が関係あるっていうか……。
プリメラさまの悪口を言っていたっていうのは別ですが、エーレンさんはアルダールに言い寄っていたところから私は知り合ったわけですし?
まあそれが私とアルダールの関係が進んだきっかけでしたが。
ハンス・エドワルドさまはアルダールと同室の騎士さまで、巨大モンスター退治で彼女と出会っているわけですし。
オルタンス嬢はアルダールとは関係なかったか。でも先輩であるセレッセ伯爵さまの妹さんでしょ? 私の弟にとっては未来のお嫁さんですが。
……いやうん、アルダールと私と、共通項が多いっていうのは確かにアレだね、ニコラスさんが色々探りを入れてこようとするわけですよ……。
アルダールの方に疑惑の目がいかないのは恐らくバウム家に関連してのことなんでしょうけれど。
なんでこんなに接点があるんだって改めて思うと笑っちゃいそうですよ……なんだよもう……。
いやわかってる。彼女がヒロインっていう道を歩んでいるから、だろうなあ。
あとアルダール狙い。思いっきりそこだ。
「あの娘には不可解な部分が多い」
宰相閣下はそう呟くように言ったかと思うと、ふっと笑った。
美形の微笑みって普通はきゅんとするべきなんですがなんていうか酷薄なあの笑い、悪役ですよ……どう見てもラスボス系の笑みでしたよ……!?
「かといって貴様との共通点もない。故に、そう不安がるな」
「は、はい」
「まあ、それらの点も含め今後も監視は消えまいよ。お前も接触されたからと変に策など弄さず、ニコラスを頼るがいい」
「えっ……」
「嫌そうな顔をする。そうか、そんなにアレが嫌か」
「ちょっと面白そうにしないでいただけませんか。……嫌というわけではありませんが、どうにも苦手な方です」
「そうであろうな。……話は以上だ、下がれ」
えっ、ほとんど何も説明とかされてませんけど。
相変わらず言いたいこと言って終わりですか。自分の中で完結する人だなあ本当に!!
「失礼いたします」
とりあえずこれ以上粘る必要性も感じないし、まあいいんだけどね。
淑女の礼を執って宰相閣下の執務室を下がれば、それを見計らって秘書官さんたちが入っていく。
……もしかして廊下でずっと待ってたの?
宰相閣下の部下の人も、やっぱりちょっと変わってるのかもしれない……?
いや、休憩室に行かせてあげるとかしないとそのうちブラック上司にならないのかしら宰相閣下。
その辺はビアンカさまが上手くやってるのかしらね……。今度聞いてみようかな。
それにしても、ミュリエッタさん関連で何かあったらニコラスさんに、か。
……正直行きたくない。行かないで済むことを祈ろう……!!
だって絶対あの人に会いに行くと、まあそれ相応に対応はしてくれるんだろうけどなんかちょっかいかけてきそうな予感しかしない。
「はぁ、疲れた……」
しまった。思わず声に出ちゃいましたよ。
思わずはっとして口元を押さえて周りを見ると、誰もいません。ああよかった!
筆頭侍女のお勤め中に、こんな気が抜けたようではいけませんからね。下の子たちの模範とならねば……。
「おやおや、そこにいらっしゃるのはユリアさまではございませんか」
「……ニコラス、殿」
「いやぁこのようなところでお会いできるなんて運命ですね。おや? 内宮の方からお越しでしたが何かございましたか?」
(白々しい……!!)
タイミングが良すぎるじゃん!?
どう考えたって私の行動、どっかで観察してたとしか思えないタイミングで出てきましたよ。
えぇーこの人なんで私のこと監視してるんだろう。これは後程セバスチャンさん案件ですね。
「宰相閣下に、奥方さまへ王女宮での新作菓子を贈れないかとご相談いただいたのでお持ちした帰りです」
「おや、そうでしたか。ちょうど私もこれから王子宮に戻るところでして。宜しければご一緒しても?」
「……どうぞご勝手に」
私の答えに、ニコラスさんはにっこりと笑いました。
その笑顔におや、と思いました。
だってなんていうんでしょう?
今までの笑顔が張り付けた胡散臭さだとしたら、今回の笑顔は邪気のない、普通の笑顔みたいで……いや胡散臭いのは変わらないんですけどね?
「いやだなあ、あまり警戒なさらないでくださいよ。ボクは貴女の味方ですから、ネ?」
「それは存じております。単に私は面識が殆どない殿方と、親しくする女ではないというだけのことですよ」
「良いですねえ、身持ちのよい女性は素敵だと思いますよ。特に真面目で、面倒見が良くて、そんな人がそばにいてくれたらどれほど男としては嬉しいことでしょうねエ」
「……あなたは、時々おかしなことを言いますね? 何が目的なんです?」
「いいえー。世間一般に、妻として求められる条件ってやつをユリアさまはお持ちだなあと思っただけですよ!」
「……」
「あ、ちなみに世間一般でいう恋人に求める条件は見目が良いとか自慢ができるとかそういうことが多いそうですけれどねエ、ボクはあまりそういうのに興味がなくて」
ぺらぺらと男女の話を続けるニコラスさんの真意は見えませんが……というか、本当にただおしゃべりしたかっただけなのかなと思うくらいよくしゃべるなあ。
「……貴方、随分おしゃべりなのね」
「ああ、そうですね。そう言われればそうかもしれません」
「私はここで。それじゃあ、お互い職務に励みましょうね」
「はい、ではまた」
にっこり笑ってお辞儀したニコラスさんは、やっぱり糸目も手伝って表情から何かを読み取るのは無理だった。
でもなんだろう、胡散臭い、だけの印象だったのに今日のはまた違う。
……混乱、するなあ……!?




