220 彼女の『令嬢』生活
「あ痛っ!」
やりすぎた。痛みを感じてようやく口から手を離す。ああーあ、爪がボロボロになっちゃった……。
そう反省する時は大体、やっちゃってからなんだっていつも思う。
ほら、よく聞くでしょう? 後悔っていうのは後に悔いるから後悔なんだって。
自分の部屋って気楽でいい!
だけど、これはやっちゃいけなかった。
誰もいないから、ついやっちゃったけど……嫌なことがあると爪を噛んでしまうのは前世のあたしのクセだ。
「あーあ、最近綺麗になってたのに」
冒険者をしなくなって、貴族のご令嬢なんだからってお手入れをしっかりするように言われて渡された道具を使って磨き上げた指先がまたやり直し!
教育係の人に気付かれたら手入れをサボってたのかってまた言われちゃう。めんどくさいなあ、もう。
最近ほんと、ツイてないなあ。
王城内の情報を聞こうにもエーレンは辺境にお嫁に行くとかワケわかんないこと言い出したし、ハンスさんは相変わらずあたしのこと可愛いって褒めてくれるけど王城には招待してくれなくなっちゃったし……。
学園生活がスタートするまでの我慢とは思っていたけど、こうもめんどくさい階級社会と勉強勉強勉強の生活にはもううんざり!!
……とはいえ、これはあたしが選んだ道。
ヒロイン・ミュリエッタとして選ぶべき道で、多分これが正解なはずなんだよね。幸せになるための最短ルートのはずなんだよね。
でもおかしいんだよなあ。
うん、自分でも失敗を重ねちゃったのは理解している。
特に、生誕祭の時のプリメラへの言葉。あれはまずかった。本当にまずかった。
まさか悪役令嬢が悪役令嬢になってなかったから救われるっておかしな話だけど、ほんと参っちゃうよね……なんかもう、だってもう別人じゃんアレって瞬間的に確認するようなこと口にしちゃったんだよね。
もう直前の、アルダールさまにパーティのエスコート役して欲しいってお願いしてそれははしたない行為だとかなんとか叱られて女性から男性をパーティに誘うのがダメとか叱られてどんだけ! とかイライラしてたのとか吹っ飛ぶ自分のミスだった。
だから勉強ずくめの生活も、そのミスしちゃった部分を少しでもカバーするために必要なことって割り切ってはいるんだけどさあ。
やっぱりあたしだって少しは遊びたいじゃない!!
折角貴族のご令嬢ってやつになったのに、やれ礼儀作法がまだだからお茶会なんてとんでもない、お買い物とかだって貴族のご令嬢が一人で出歩こうだなんてとか!
あたしはそこらの冒険者よりもずっと強いのに。……身分ってめんどくさい!
どうせだったらそれこそあたしより強くてカッコ良い人を護衛に寄越せって話なんだけど、貴族ってそういうの自分で雇うんだって。
そういうの国が斡旋してくれたっていいと思わない? ツテなんてあるはずもないのに。
まあ、結局うちはお父さんもあたしも強いから、護衛は改めて選別して雇うって形にはなってるんだけど……。
そんな中であたしは学園の入学手続きで、ちょっとだけ見学に行った。
ゲームの画面で見るよりもずっと大きくて華やかで、ああ、学校だ!! って思った。
お揃いの制服とかはなかったし、貴族の人や裕福な人と、ただ優秀っていうことで選ばれた人たちで着る服とかが違うのがやっぱり違和感もあったけど、ゲームと同じっていうのがすごく嬉しい。
ようやく、ここまでキタァ!!
そう思うと感慨深いじゃない!?
しかもよ、そこでなんとゲームで協力してくれるキャラの一人、オルタンス・フォン・セレッセ伯爵令嬢にも会えたのよ。
偶然、職員室みたいなとこで待たされてたら、提出物? みたいの持ってきたオルタンスちゃんが来てさ。
思わず声かけちゃったんだけど、ちょっとびっくりした顔しただけでにっこり対応してくれた。
先輩として出来る限り相談に乗るからねって言ってくれたの。
オルタンスちゃんはお兄さんに憧れて外交官になりたいけどなれなくてって悩んでた、親切だけど大人しい先輩だったからなあ。あたしが幸せにしてあげる人の中に入れてあげたいけど、外交官ってどうやったらなれるんだろうね?
そこんとこはまた考える!
なにせ、オルタンスちゃんは伯爵令嬢なの。
そう、アルダールさまと同じ伯爵家の血筋だもの。
親しくしといて損はないよね。ゲームだと、王太子ルートで礼儀作法とかのチェックをしてくれる立場だけどここはゲームじゃないんだし。
もう今の私は『令嬢』!
仲良くなれればお茶会に招待してもらえて、そこから人脈ができるかもしれないじゃない!
伯爵家の繋がりってなれば、バウム家ともどこかで繋がりができるかもしれないって考えるのは当然よね。
どこか別のお茶会で知り合うなんてことだってあり得る。
今まで失敗しちゃった分、向こうはあたしのことをあんまりよく思っていないだろうから、あんまりあたしから会いたいとか繋がりを作りたいって行動をしたらいけないけど、トモダチがお茶会に誘ってくれるんならなんにも不自然じゃないもの。ねえ?
しかも学園の手続きから帰るところにセレッセ領で有名なお祭りがあるから良かったらご家族で楽しんでねって言ってくれたのよ?
あたしはもちろんにっこり笑ってお礼を言ったわ。親切な先輩に会えて本当に嬉しい、ありがとう!! ってね。
だからお祭りに行って、オルタンスちゃんと会えたらそこでまた挨拶して親密度上げて、会えなくても後日お礼のお手紙を書くとか学園で会った時の話題として、って思ってお父さんと出かけたのよね。
実際、勉強勉強で自宅に缶詰にされるのも飽きちゃったし!
新年祭ってことで家庭教師も来ない日があったからそこで出かけようってなったのよね。
本当は貴族っていうのになると挨拶回りとか色々あるらしいんだけど、あたしたちはなりたてだから免除されたらしい?
詳しいことはよくわかんない! まあ家族で過ごすっていうのはともかく、毎年それまでお祭りに出ていたあたしたちにとっては窮屈なままで過ごすのは無理だもの。
実際、お祭りに行ってオルタンスちゃんに会うまではすごく順調だった。お祭りだってすんごい楽しかったし。
でもさ、でもさ。
まさかお父さんがあんなこと昔の仲間に話してたとは思わないじゃない!
まったく失礼な話よね、あたしの知らないところで勝手に酒の肴にして! 年頃の娘をなんだと思ってるのかしら、デリカシー足りないと思わないのかな!!
しかもタイミング悪くアルダールさまたちもお祭りに来てただなんて……それが原因でトラブルになったって聞いて偶然会えたって喜んだ気持ちも申し訳なさでいっぱいになっちゃったよ。
ああでも、もうちょっとあたしたちも出発遅らせてれば一緒にお祭り見物もできたしこんな騒ぎにもきっとならなかったのに!
でもあの侍女さんも一緒だったってのはちょっと妬けちゃう。まあ、今はしょうがないし今回はこっちが悪いっていうか、いやお父さんが悪いんであってあたしは悪くないのに。
セレッセ伯爵さまもいて、もうなんかお父さんが要らない話をしたせいで冒険者のおっちゃんたちも酔っぱらって乱暴して……ってホントいい迷惑なんだからね!?
なんか色々言われたけど、あたしこんなとこでメゲてらんないんだから!!
ほんとにもう、お父さんのタイミングの悪さったら昔っから神がかってるんだよね。
気を付けてくれないといくらなんでもフォローしきれないよ。
あたし自身も学園に通い始めたらきっと今以上に忙しくなるだろうし、もっと周りに気をつけなくちゃなあ。
それにはやっぱり、味方が欲しい。オルタンスちゃんは、今は焦っちゃだめだ。
彼女は学園に行ってから、後輩として仲良くなっていこう。
そうなると、エーレンだよね。ハンスさんは、アルダールさまや周りに変な誤解されたくないし!
あたし、ヒロインだからってだけじゃなくて一途な乙女なんだから。
辺境に行ってしまう前に、エーレンから色々話が聞けないかなあ。
インフルエンザから復帰いたしましたー!
まだまだ本調子とは言い切れませんが、無理することなく頑張りたいと思います!




