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1/11 転生しまして、現在は侍女でございます。3巻 が 電子書籍配信開始です!そちらもよろしくお願いいたします(*´ω`)
電子に特典もあるらしいよ!
にんまりと笑みを浮かべ、私の手を取ったままニコラスさんはゆっくりと姿勢を正しました。
全体的にひょろりとした印象……でしょうか。かと言ってもやしっ子という感じではなく、しなやかなという表現が似合う気がします。
細身でミステリアスな雰囲気がある、どこか艶めかしいというか色気がある男性です。
身長はアルダールの方が少し高いくらいかな? と思いますが決して低いわけでもなく。
国王陛下御自らの指示で王太子殿下の専属執事を任せられるということは、見た目によらず強いのかもしれません。或いは宰相閣下のように、頭脳に秀でているとか?
ちょっと得体の知れないところはありますが、そういうことでしたら身元は確かなのでしょう。
ところで。
にこにこと笑う彼ですが、あのですね?
「……ちょっと距離が近くありません? そして手をお離しいただきたいのですけれど」
「おやおやツレない! 王女宮の筆頭侍女さま。勿論知っているんですが、貴女の口からお名前を伺いたくて待っているのですよ?」
「ユリア・フォン・ファンディッドと申します。ニコラスさん、これでよろしい?」
「ええ。ええ。満足ですとも!」
ニコォ、と笑みを深めたその笑顔のわざとらしさったら!
人を苛立たせようとしているのがわかるのですが、悪意がある、というには少し違う気もするので私は何も言わず手を引きました。
ですがニコラスさんは離すことなく、軽く持ち上げてもう一度手の甲にキスを落としました。
「……なんのおつもりです?」
「いやいや、鉄仮面と噂されるレディですが王宮育ちというお話でしたのでとても初心なだけなのかと思ったんですよ。ですが、動揺の一つもなされないとは流石だなあと感服いたしました」
「そうですか。もう一度申し上げます。手を、お離しください」
「はいはい」
私がゆっくりと言えば、ようやく彼が手を解放してくれました。
不意に後ろに一歩、二歩と下がってまたニィ、と笑う姿はなんとも不気味ですがどうやらセバスチャンさんが威嚇してくれたようです。……なんだろう、悪戯をする野良猫に対してボス猫が威嚇するような?
大分違う気がする。
セバスチャンさんは胸元から真新しいハンカチを取り出して私の手を拭ってくれた。
うん、それもどうかな? ありがたくお借りします、あとでお洗濯しますね!
まったく……強ち彼の推測が外れていないというのが癪ですが、王宮育ちと言っても過言ではない私ですし初心なのも事実です。教えて差し上げる理由はありませんので、いつも通り顔には出さず、無駄な言葉も発さず、がよさそうだと判断いたしました。
「酷いなあ、まるでボクが汚れもののような扱いをするなんて! ね、おじいさま」
「虫唾が走りますな。……まあ、そういうわけでしてな、これでもこやつは私の身内のようなものでして。何かしでかすようでしたら遠慮なくお申し出ください。制裁はこちらで行いますからな」
「かしこまりました」
「とはいえ、こやつはこれより王太子殿下が即位された後も専属の執事として手足となる存在です。此度ユリアさんにわざわざ足を運んでいただいて紹介をしたことにも理由があってのこと」
「かの英雄父娘、あの取り扱いは非常に難しい。王太子殿下は特に妹姫が妙なことに巻き込まれることなく、バウム家への輿入れまで穏やかに過ごしていただきたいと願っておいでです」
ニコラスさんは笑みを崩すことなく、私の前ですらすらと何かの口上を述べる役者のように言葉を紡ぐ。
それがもうどうしようもなく胡散臭いっていうか、多分わざとなんでしょうが……こういう癖のある人物なんでしょう。
セバスチャンさんの孫なのか、その辺りは詳しく説明していただけませんでしたし話す気が二人ともなさそうっていうのは雰囲気でわかりますが、とにかくあんまり親しくしない方が良さそうな人物です。
「ですが、本来ならばそう縁もなさそうな英雄のご息女が王女宮の筆頭侍女サマにちょくちょく連絡を取りたがっておいでで、その理由がどうやら恋人の近衛騎士にあるとか? しかもその近衛騎士が王女殿下の婚約者、その兄だとか! これはもう運命の悪戯のようですよねえ!」
「ニコラス、いい加減にしろ。お前は回りくど過ぎる」
「ふふ、良いじゃあありませんか、こんな面白いコトそうはありませんでしたからねえ? まあ、ボクは基本的に王家の為に尽くす人材だと自負しております。それ故、かの英雄父娘の行動次第ではご協力いただくこともあるかなと思いまして、先にオジイサマを通じてご挨拶をしておきたいと思ったのでございますとも」
胸に手を当てて小首を傾げ、笑う美丈夫。
後ろにひとまとめにされた艶やかな黒髪はそこらの女子以上のさらっさらヘアですよ。
多分何も知らなければ、糸目のハンサムで笑顔を絶やさない執事さんだなぁっていう印象を受けるんでしょうね、私としてはこのファーストコンタクトのせいで奇人カテゴリーにこの人を刻みましたけど。
「それにしても英雄父娘の件を別にしても、ボクとしては個人的興味を貴女に感じますね! ええ、実は英雄のご息女、彼女についても興味が湧いていたところなんですよ、その彼女と縁深い様子の貴女にもお話を聞きたいと思っていたんですが、ああ、なんだか違う意味で興味を持ちました」
「……そうですか」
「いやぁ実に残念です。ボクは人のモノに手を出す趣味はないのでね。でも気が向いたらいつでも声をかけてください? 貴女のためならいくらでもこの身を空けますよ!」
「ニコラス、いい加減に」
「ハイハイ、良いじゃあありませんか、ちょっとくらいこうやって親睦を深めるというのも大事でしょう?」
「お前のそれは親睦を深めるというよりも相手の反応を見ているだけだろう」
セバスチャンさんの厳しい声音にも彼は何も動じることはないようでした。
おどけた様子で肩を竦め、私の方に笑いかけてくるのですからなかなかどうして変な人ですよね。
「手厳しい。そう思いません? ユリアさま」
「名前を呼ばれるほど親しくするつもりはございません」
「おやおや、ツレない方が燃える男もいるんですよ?」
艶を含んだ声音でそう言われれば、なんとなく口説かれたような気になって有頂天になる女の子が出るんだろうなあ。
そう思いましたが私は騙されませんよ! っていうか騙される要素がなさすぎる。
だってそうでしょう、この会話で「あら私モテてる……!?」って勘違いする要素どこにもないわ。利用しますよ、英雄父娘が下手を打ったら困りますからねって言われてる状況ですよ。
「……ご用件は理解いたしました。それではご挨拶も済みましたし、これで失礼することといたしましょう。セバスチャンさんもそれでよろしいですか?」
「勿論ですとも」
「それではごきげんよう。お会いすることがないことを祈っております」
「ボクはいつでもお会いしたいと思ってお待ちしておりますよ」
ひらり、と手が振られた。
にんまりと笑った顔が、きっとそうはならないよ、と言っているような気がして私は内心面白くありませんでしたがそれを顔に出すことも、言葉に出すことも憚られて――何もなかったことにして、前を向いて歩き出しました。
笑いを含んだ声が聞こえてきても、私は振り返りませんでした。
「でも、ボクから会いに行くかもしれませんよ。ユリアさま!」
来るんじゃない。
なんだか余計な揉めごとが起きる予感しかしないじゃないか!




