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……とはいえ、ですよ。
プリメラさまのお耳に変な噂を入れたのは誰か、って問題が残りました。
いえ、王城内を歩いていれば誰かがひそひそ話している。それを耳にすることくらい誰にだってある……といえばそうなんですが、プリメラさまの行動範囲でそんな噂話を耳にする場所ってどこだ。
というか、私がいない間に耳にしたっぽい雰囲気ですよね。
もっと前からならとっくの昔にこの会話、発生していたと思うんですよ。イベントっぽい言い方がアレですが。
(うーん)
メイナとスカーレットという可能性? ないわけじゃない。
だけどあの二人が耳にしているのはそれこそ私とアルダールが付き合い始めてすぐからなんだし、スカーレットは低俗な連中の噂などと鼻で笑ってたし……まあその行動はちょっと令嬢としてはしたないですよって注意はしましたけど、そういう感じだったからわざわざ今更プリメラさまが不快になる情報を告げる理由がない。
メッタボンとは思えない。
彼は見た目に反して案外繊細だからカワイイ王女さまって彼なりに大事にしているプリメラさまを蝶よ花よとむしろ彼が一番甘やかしてるんじゃないかと思わなくもない。
この野菜が苦手、なんてプリメラさまが呟こうものなら栄養面を計算しまくった上で美味しい苦手克服メニューを作り上げていくような人ですからね……。
(となると、セバスチャンさん……? いや、まさかねえ)
ちら、と視線を向けるとあちらも私の言いたいことがわかったのでしょう、少しだけ考えるような仕草を見せてから頷いてきました。どうやら何か知っているようですね、セバスチャンさん。
これがセバスチャンさんだったら文句の一つも言いたいですが、逆に言えばセバスチャンさんだと何か意図があってのことかなとも思うから怖いのよねえ。
元々セバスチャンさんの配属は国王陛下がプリメラさまのそばに仕える執事としてって直々な指名があってのことですからね。
王女宮が今の形になるまで、私にとっても保護者のような人でしたので……って今もか。
少なくとも、私たちにとって不利益になるようなことはしないお方ですが国王陛下の意図がそこに絡むならば、私情の全てを排除してでもそちらを優先するであろう、というのはわかっています。
ただまあ、その国王陛下がプリメラさま溺愛なのでそこから考えるとその線も薄いけどね!!
プリメラさまの給仕をメイナに引き継いで、私とセバスチャンさんは廊下に出る。
そうして少し歩いたところで、セバスチャンさんが歩みを止めて私の方を振り返りました。
「さてさて、我らが筆頭侍女殿の仰いたいことは大体予想がついております。そのお話に関して説明をするためにもご足労願いたいのですが、お時間はよろしいですかな?」
「……勿論ですよセバスチャンさん。けれどあらましは教えていただけるのですか?」
「歩きながらお話しいたしましょう」
先程よりもゆったりとした歩調で、セバスチャンさんが私をリードするように歩き始めました。
私もそれを受けて歩き始めましたが、どうにもいつものセバスチャンさんらしくないような?
「プリメラさまが先程のことを耳にしたのは王太子殿下との勉学のお時間の時でしたな。王太子殿下はご存知の通り現時点では南の国からご婚約者を迎える方向で話が進んでおられるが、そのご婚約者を支えるという名目もあり国内から側室として他に后を出すべきだという意見も出ておりましてな」
「それも耳にしております。王太子殿下はそれに否定的であるとも聞いておりますけれど?」
「さよう。その点に関しては焦る必要もないだろうと両陛下も仰って保留となっておりますが、諸侯は熱が入っておられるようでしてな」
「まあ」
思わず眉間に皺が寄った。いけないいけない。
まあ、諸侯の意見もわからないでもないんだよね。他国からの王族が嫁いで来た時に慣例等わからないことや違うことっていうのは少なからず出てくるもの。特に王族の習慣とか慣習とかは事細かに相手方に知らせるようなものでもないから、嫁いできてから学んでもらうしかないっていうか。
そうなると苦労も多いしトラブルの予想もできるから、自国のそれなりの身分の后がいることで国王を支える形で補うっていうのは自然なことなんだと思う。
残念ながら歴史の中ではそこから寵愛を巡って泥沼になった結果もあるんだけど、ちゃんと互いに立場を理解して機能するとそれってすごく良いシステムではあるんだけどね。王族の結婚はどうしたって恋愛重視ってわけにはいかないから……大変だなあっていつも思ってます。
政治的な物が絡んでくるし、でもそこで信頼とか愛情を育んだっていう例も少なからずあるから幸せになれるといいね、としか……。
ただ、諸侯が熱を入れているとなるとそこに発生している宮廷内の権力争いが容易く想像出来て嫌な感じですよね!
(……ああ、じゃあそういうことか)
そこまで聞いて、プリメラさまに変なことを吹き込んだ連中は諸侯の誰かで、国王陛下の信頼篤いバウム伯爵さま絡みってところかな。
庶子な長子と身分の低い侍女の恋愛話なんて利権絡みでバウム伯爵さまって酷いですねエ、プリメラさまの大切な侍女に酷いこと!
とかそんな感じかな? いや流石にそれは直接的過ぎるからないか。
でも純真な少女がそんな感じのことを耳にすれば嫌悪感を覚えるだろう、みたいな感じじゃないかな。
「大体ご理解いただけたようで」
「そうですね、相手はわかっているのですか?」
「ええ。まあ、そちらは王太子殿下が対応なさるとのことですので、この件はこれでしまいにしていただきたく」
「……王太子殿下が」
「さて、ご足労いただいたのは、紹介したい者がおりましてな」
「……」
王女宮から少し歩いて到着したのは、王子宮。
その使用人区画の廊下で、セバスチャンさんが足を止める。
私に紹介したい、というのはそうなると王太子殿下の使用人の誰か、ということになるんだろうか?
「正直、紹介などしたくないんですがなあ」
「おやおや、それはちょっとひどくありませんか?」
ぼやくように言ったセバスチャンさんの言葉を引き継ぐように、ふわふわと笑うような声が応じた。
廊下の先から歩いてきたのは、執事服を着た青年でした。黒髪に、糸目の青年。その姿を私は今まで見たことがありません。
王子宮の人間を全員知っているわけではありませんが、少なくとも侍女と執事、その程度は把握しております。他の宮に属するとはいえ、まるで知らないということはありませんからね。
何かあった時には互いに協力し合うのですから、ある程度のことは互いに理解していなければならないのですから。
召使クラスまでランクが下がると人数が多くなりますし出入りも激しいですから流石に覚えきれませんが、彼の衣服はセバスチャンさんと同クラスの執事服。
そのランクの執事を、私が知らないとなると……新しく配属された人間ということでしょうか?
だけれどそれを王子宮の筆頭侍女、または執事長ではなく何故セバスチャンさんが紹介するのか。
私がその男性を見ると、彼はにっこりと笑うと優雅にお辞儀をしてきました。
黒く真っ直ぐな髪を後ろで無造作に赤いリボンで一つに結んだ男性は、年齢的にはアルダールと同じくらい……と言ったところでしょうか。にこにこと笑う姿は人畜無害なようですが、糸目のせいで余計に表情の意図が読めないタイプの、要するにちょっと胡散臭い感じのする美形でした。
……うん、美形です。またもや美形か。ほんとこの国どうなってんだろうね、美形しかいないのか!
まあちょっと的外れな感想を抱いたものの、私は彼が何者であるのか聞くためにゆるく筆頭侍女として礼を返すだけです。
そのやり取りを見てセバスチャンさんが、小さく咳ばらいをして口を開きました。
「この者はニコラスと申しましてな。国王陛下の命にて王子宮に配属された、王太子殿下専属の執事にございます」
紹介されたニコラスさんが、一歩私に近づいてものすごく自然な仕草で手を取り、淑女に対する礼をしてそのまま笑う。
「ご紹介にあずかりましたニコラスと申します。どうぞよろしくお願いいたします、王女宮の筆頭侍女サマ」
「……よろしくお願いいたします、ニコラスさん」
あっ。直感ですけど。
この人、絶対……性格悪い系の人だ、と何故か私は確信めいたことを感じたのでした。




