21
慣れないダンスに目が回るかと思った。
離脱しようにも「おや、曲が変わりましたね。じゃあもう一曲行きましょう」とか爽やかに言うアルダール・サウルさまの所為だ!!!
「……随分ダンスがお好きなんですのね」
「いいえ? ただあまり貴女に多く人が寄らぬように、という王太后さまのご配慮とだけお伝えしておきます」
「……?」
「社交界デビューしたての女性に絡む男は少なくありません。増してや貴女は社交界には目立つドレスということで女性陣にも囲まれるかもしれません。そして何より、プリメラさまの筆頭侍女を長年勤めていらっしゃることは周知の事実。これらを考えれば、」
「もう結構です」
つらつらとあげられる理由に私は眉を顰めざるを得ない。
いやああああ、どうしてわかんなかったかなああ!!!
そりゃ女避けでもなんでもないわ、私を守るためだわあ!
アルダール・サウルさまが私と熱愛してるなんて誤解されちゃいますよなんて言わなくて良かった!
まあそんな噂されてもこの国は恋愛には大らかだから、別れちゃいましたーとか言っておけばなんとでもなるんだろうけど。
「ですが、慣れぬ場所でのダンスはお疲れでしょう。テラスの方へ参りましょうか」
「……お任せいたします」
ここは大人しく従っておこう。
王太后さまはディーン・デインさまとプリメラさまの関係は良い方で関心をお持ちだし、アルダール・サウルさまはどうやらそちらからの指示を受けているようだし。
何より社交界という魔窟に於いては私よりずっと知っているだろうし!
テラスも勿論ものすごい豪華だった。なんだろう、たかがテラスされどテラス。
当然だけど王城と比べたら我が家のアレは、そう……ただの外通路だわー。
「それにしても本当に驚きました」
「私が踊れたことに対してのことですか?」
「まあ、それも含まれてはおりますが。ああ、侮っていたわけではありません。ただ貴女は社交場から遠のいておられたし、ファンディッド子爵家に居た頃もさほどダンスは好きでなかったと仰っていましたからね」
「ええ、その通りです。正直苦手な方でした」
「ですが私が驚いたのは何よりも貴女のそのお姿ですよ」
「まあ」
まあそうだろうね!
自分だって驚きだったしね。っていうか届いたドレスを見て驚いたけどね。
あまりにも流行と違うスタイル、私から流行は始まるのよ……とかは言えるわけないじゃん。
生地はものっすごく素敵なのでセレッセ伯爵に頑張って宣伝していただくとして、ドレスは珍しいデザインだけど素敵だし、是非あの針子のおばあさんの名前を広めていただきたいところだが小市民なんで自分から売り込むのはちょっと……。
着てるモデルがこれで申し訳ない!
いや、骨太の私だけど太ってはいないから(ここ強調)マーメイドラインだとゴツくは見えないんだね!
胸は特別大きくもないけど華奢でもないからウェストからヒップラインを滑らかに見せるマーメイドラインは救世主だった模様。
切れ長の一重をより際立たせるような、涼やかなアイメイクを施されて……人生初だわー目元に青いライン引いたの。派手派手しくはなくて、下瞼に沿ってそうっとついてる感じだけどこんなにも普段の化粧と印象が違うと思わなかった!
口紅はそれに対してぽってりと見せるような赤。
これらすべて、実は私の後輩侍女がやってくれたわけですけどね! 髪型もね!!
ワンサイドポニーみたいな形にして淡い青の花の髪飾りをしてるんだけど……人にやるのは良くても自分がやられるのって相当大変だったわあ……。ほんともう……淑女の皆さんよくこんなの毎回やってられるなって思いました。
「似合ってますよ」
「え?」
「美しい姿、と表現したのは何もお世辞ではない、ということです」
「ええ……っ?」
「貴女は自信がないようですが、十分魅力的です。ダンスをしている間は優越感がありましたね!」
「あら」
笑ったアルダール・サウルさまの表情に、これは揶揄われたなと気付いて動揺した自分に喝を入れる。
私の反応にすぐに気が付いたらしい彼はまた笑って「嘘ではないですよ」と重ねて言ってくれたので、まあ……見れないことはなかったんだろう。
「さて、そろそろと思うんですが……」
「え?」
「プリメラさまのご退出に合わせて貴女とメレク・ラヴィ殿はご退出を。後はセレッセ伯爵が上手くまとめてくださいますよ」
「ええ?」
「では失礼して。あまりこの場でお話しすることではないから……ね?」
背後から抱き寄せて、耳元でそう囁かれれば周囲から見れば私たちはテラスでいちゃつく男女の仲に見えるに違いない。
バウム伯爵家の跡取りになれない男と、ファンディッド子爵家の変わり者長女という組み合わせなら毒にはなるまいと周囲は好意的なのかもしれない。
で、まあ勿論我々はそんな色っぽい関係ではないけれど。
イケメンにも男女関係にも免疫のない私は顔が赤くなるのをどうしようもなくて俯くばかりだ!
やばい、どきどきしてるし顔が赤いどころか耳まで熱くなってきた。
「セレッセ伯爵は王太后さまのご信頼をいただいている方ですが、派閥には属していません。とても陽気で友好的な方ですからね、社交界で彼が話題にしたことはあっという間に噂になります。貴女たち姉弟の美談も、子爵の苦労話と共に流れればその後引退の話題が出ても皆好意的に受け取る、という流れになるのです」
「え、ええ……わかっております」
「また王太后さまの後ろ盾ある貴女と私が親しくするというのは非公式ながらもディーン・デインとプリメラさまの関係を王太后さまが公認なさっている、と思わせることにも繋がります」
(近い近い近いっ)
何? なんでこの人こんな平気なの? いや必要事項を聞かれないように教えてるんだしおかしな話じゃないんだけどいや意識してる私の方が破廉恥なのかそうなのか!
心臓も耳も壊れそうだしやばいなんでこの人いい匂いしてるんだろうおかしいな私だって香水つけてたはずなんだけど!
あれっそうだよさっきまでダンスしまくって私汗っぽくないかな? 臭くないかな?
なんだか色々教えてもらってるんだけど右から左に抜けていくっていうか残らないっていうかどうしようこれどうしよう!!
「ユリア殿?」
クスクス笑うみたいなその声は私が困っているのを知っている、そんな声だ。
思わずイラッとして仰ぎ見れば私が思っている以上に彼の顔が近くて、また慌てて俯いた。
ヤバイ超イケメン過ぎて直視できないわー。眼鏡あっても次から直視できないわーどうしよう!
「……お怒りになりましたか?」
「いっ、いいえ! そうではなく、いえ、そうなんですけれど。あまり揶揄わないでください。私は、その……お恥ずかしながら普段はあのような女ですので、こういったことにはまるで免疫がなく……」
「そうでしたか。ではダンスの相手も私が初めてだと?」
「えっ? まあ実家で習っていた頃は練習する際に父や弟に相手を務めてもらいましたけれど。そういう意味で身内以外では確かに、ええ、そうですね」
「そうですか。なにやら嬉しいものですね」
「え?」
「さあ、噂をすればメレク・ラヴィ殿がお迎えにいらしました。お部屋までは彼に送ってもらって、そうしたら王女殿下の所へ行って差し上げてください。望んでおられると思いますので」
「え、ええ……あの、アルダール・サウルさまはどうなさるんです?」
「私は弟と共にもう少し挨拶回りをして抜け出す予定です。それでは、また後日」
当然だけど、あっさりと身を離して私をエスコートしなおしたアルダール・サウルさまはこちらに向かっていたメレクとディーン・デインさまの方へと歩み寄る。
お互いに社交辞令を述べ合って、どこか確認するかのように目配せをして、ああ、もう色々とやり取りが重ねられていたに違いない。
おかしいな、私も当事者なんだけど……ってまあ、リジル商会のこととかは私に任せられているのだから逆に弟はよく知らないのだし、弟は当主になる、それに集中するための社交場情報の交換などがあったに違いない。
弟の人脈で一体ディーン・デインさまにどなたを紹介して回ったのかはわからないけれど、仲良くはなれたようだ。
……うん、ビーグルと柴犬が仲良くしてるようにしか見えない!
落ち着いた!! 超落ち着いた!!!
寧ろ思っていた以上に仲良しになったのか、帰り際の弟の言葉によると今度一緒に遠乗りに行くとか、うちの領地に泊りがけで遊びに来るとかそんな計画が立ったらしい。
え? 挨拶回りしてたんだよね? 大丈夫か少年たちよ。
まあほんのちょっとだけ年上な弟が、おにいちゃんぶりたい様子は見てて微笑ましいけどね!!
「姉上、次はちゃんと姉上も帰省してくださいね」
「え、あーうん。善処します」
「今回の件もきちんと戻って互いに話をしませんと」
「ええ、それは勿論……でももう少し時間を頂戴ね」
「はい、僕の方も仔細整いましたら直ぐにでもご連絡しますので」
「ありがとう……あなたは本当に立派になったのねメレク」
「ふふっ、そう言われると嬉しいですね。でもまだまだ姉を喜んで嫁に送り出せるほど立派な人間じゃないんで、そのおつもりでいてください!」
「私がどうこうよりも貴方が良いお相手を見つけないとダメでしょう?」
「それは今度叔母上がご紹介くださるそうですよ」
ぬ、弟がどんどんと大人に……。
「でもその前にディーン・デインと遠乗りに行きたいなあ。今件が片付きましたら泊まりに来てもらうつもりなんですが、友達を泊める時の注意点とかってありますか? 姉上」
「……食物アレルギーとかに注意することと、夜更かしは止めた方がいいと思うわ」
どうしよう、大人になったと思ったのにやっぱり弟超可愛い。