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転生しまして、現在は侍女でございます。  作者: 玉響なつめ


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 キース・レッスさまの柔らかな口調に含まれる重い内容に、息をのんだのは誰だったでしょうか。

 私としては静観するしかないと言いますか、下手にここは口を挟んではならないということくらい勤め人として理解しています。


 ウィナー男爵父娘がしでかす失敗というのは、貴族になりたて(・・・・)故であると思いますがそれだからこそ、今まで内輪で留められる内容のうちは留めてもらえていたんです。少なくとも王城内の出来事でしたから。

 ところが今回はそうもいかないでしょう。

 かつてトップクラスの冒険者であったという事実、王城の外で冒険者たちと楽しくお酒を飲んだ結果がこれ、とまあ色々要因がデカすぎてこんなの誰がフォローできるのって感じです。


 まあ……フォローできるとしたら、この場で言えばキース・レッスさまだけでしょう。

 する気なさげですけど。まあ流石に爵位取り消しとか、ものすごく重いペナルティを言い渡したりはしないと思います。

 というのも、さすがになりたて貴族を厳しく罰したとあればそれを揚げ足取りする妖怪も出るでしょうし。かといって軽くしすぎては甘いと叱咤してくる妖怪も出てくるっていうね。


 ただ、キース・レッスさまでしたらきっとその辺りをよくご存じでしょうから。


(まあ、ミュリエッタさんに同情してしまうところもあるんですが)


 まさかの親に『うちの娘が良い人見つけたんだけどフラれちゃってさー』って酒の肴にされてたとか恥ずかしいよね! しかもそこから大事になってるってことは実際のところはどうだっていうのは置いてけぼりで色んな人にそれを聞かれたっていうね。

 彼女からしたらとんでもない羞恥プレイでしょうね。私だったらお父さま後で覚えてろ案件です。

 まあそれどころじゃないんだけど、実際問題の方。


 ちらっとアルダールを見れば、つまらなそうに結局出されたお茶を飲んでいましたが私の視線を受けて小さく笑みを返してくれるとかこの罪作りなイケメンめ!! まあアルダールに非はないんですけども。

 ……この場において、キース・レッスさまとメレク、アルダールと私。

 この四人にだけお茶とお茶菓子が用意されている、そのことについてウィナー父娘は果たして気が付いているんでしょうか。


 乱暴な行動をとってしまった冒険者たちは縛られた上でなにもない。

 ギルド職員たちもその責任問題でなにもない。

 そこに同列、という扱いをされるというのがどれほどのことなのか。


「まず、そこの冒険者たちについてはギルドにおける地位の格下げを要求する。その他の罰則についてはギルドの規定に沿ったものとしてもらおう。酔った挙句に旅行者に絡むなど言語道断だ。武器を持つ立場の者としての自覚が足りずそれではならず者となんら変わらない」


「な、なんだとぅ……」


「彼らがウィナー男爵が言う存在かどうか、どのようにして確かめたのかね?」


「そりゃ名前を言い合っていたし、そうなのかと確認して」


「確認して、そうだと言われたから襲ったと?」


「……」


 私は思わずアルダールを見ました。

 そうです、答える必要があるかとだけ返してその後一切自分が、私が何者であるのか、ということには言及しませんでした。否定もしなかったけれど。

 それはつまり、同意したとは言い切れない。


 冒険者たちもキース・レッスさまのその言葉に思い当たる節があったのでしょう、怪訝な顔つきから段々と顔色を悪くしているように見えます。

 ……単純に酔いが醒めてきたのかなとも思いますけど。あと飲み過ぎで暴れたせいっていうか。


「さて、ウィナー男爵はどのような名前を挙げたのかな?」


「そ、それは……バウム家の、長子さまと、……その、王女宮筆頭侍女さまのお名前を。しかし、娘のミュリエッタがご迷惑をかけたという話題で……!」


「だが結果としてアルダール・サウル・フォン・バウムの名が挙がっている。彼らにわざわざ彼らの名前を教えたということかな? そして彼らは周囲を憚ることなくそれを確認したと?」


「……」


「だとすれば世間的にはとある(・・・)貴族が冒険者を煽り他家の人間を攻撃させたと取られてもおかしくない状況だと理解しているかな?」


「……申し開きのしようもございません……」


「貴殿とご息女が功績により急なる身分の違う世界に飛び込むこととなったことで多くの人間が注目している、その重責たるや窮屈であり重荷であろうとは私も察するに余りある。だからといって軽率な行動をしていい訳ではないということを貴族として考えてもらいたい」


 キース・レッスさまは穏やかな声音で諭すように、厳しい言葉と優しい言葉を交互にかけていきます。

 もうなんかウィナー男爵、恐縮するばかりです。いや、もうやらかしちゃったことはどうしようもないんだよね……王城内でやらかした時もかなりひやひやものだったのに、外でもやらかしちゃうとか。

 お酒ってコワイ、で済まないことってあるんですよね。目の当たりにすると思いませんでしたが。


「では、こうしよう。ここにいる者たちにも納得できるよう、次の言葉を誓約書として書いてもらおうか」


「誓約書、ですか」


 アルダールがキース・レッスさまの言葉、その意味を探るような声音でそちらに視線を向けました。

 ミュリエッタさんは何かを言いかけて、ウィナー男爵に制されて俯いてしまいました。

 私は、何も言うべきことは思いつかずただ成り行きを見守るだけです。この中で私は被害者的立ち位置で、非武装者である私は加害者に対して物申すことができる立場でしょうが、この場を預けられたのはキース・レッスさまである以上求められてもいないのに何かを言うことはできません。


 勿論、冒険者たちを庇う気もありませんしウィナー父娘に対しても、私が庇ったりするのはお門違いでしょう。そしてそれをする理由も私にはないわけですが。

 年上として、ともすればまだ幼いとも感じてしまうミュリエッタさんに、心配な気持ちにはなってしまうのをぐっと我慢です。彼女だって来年から学園に通う立派な淑女。

 子供扱いはよくありませんからね、まあアルダールのことを諦めてないっていう点は相変わらずいただけませんが、表立って敵愾心を出すほど私も幼稚じゃありません。

 ええ、表面上は冷静に、ここでの話し合いなんてお茶の子さいさいくらいの佇まいをご覧に入れましょう!


(……ってまぁ要するにこの場の流れなんて全部知ってますよって顔でお茶を飲むくらいしかできないんだけど。キース・レッスさまが必要以上に酷い裁定をするとは思えないから、こうしていられるとはいえ……)


「誓約書の中身はこうだ。ウィナー男爵家長女ミュリエッタは噂にある異性関係にまったく関与していないことをこの場の人間に誓い、また必要以上に該当の異性に近づかないことをここに明言する。それだけだよ。これは君のレディとしての外聞を守るものでもあるから良い案だと思うけれどね」


「……そんな」


「このままでは君はとある異性に袖にされて親がそれを案じて冒険者たちを動かした、などという不名誉な話が広まってしまいかねない状況なのだよ? ここでこれを明言することによって、旧知の冒険者たちはそれが誤解であると知ることとなり、ギルド職員たちが耳にした噂は噂でしかないと打ち消してくれるし貴族としての体面を守ることもできる。すべてにおいてよい手だと思うがね」


 にっこりと笑ったキース・レッスさまが手を軽く振ると、ギルド職員がインク壺と巻物のようなものをさっと持ってきました。用意していたわけではなく、備え付けのもののようですが……それを前に置かれたミュリエッタさんは、ぎゅぅ、と胸の前で手を握りしめて難しい顔をしています。


「まあ勿論、御父上には別途咎めがあることは理解してもらいたい。貴族としての、当主としての責務というものがあるのだから」


「……どうしても、その文面で書かねばなりませんか。未来はわかりません、どうなるのか。誰にも。だから、あたしが、誰とどうなるかなんて……」


「そうだね、わからない。だが今のままでは君はレディとしての名誉を失う瀬戸際だということも理解しているかな?」


「……、……それ、は。それは、わかります。わかります、けど……!!」


 ミュリエッタさんは、助けを求めるようにアルダールを見ました。

 この中で、他の誰でもない、アルダールに。


 だけれど、アルダールは彼女の方を見ることは、ありませんでした。

 そのことに、彼女が泣きそうな顔をしたことでこの部屋の空気がとても重くなりましたが……ミュリエッタさんは、何も言わずにペンをとって紙に向かって文字を書き記していきました。


「文面はそのままにはできません。あたしの名誉です、お父さんがしたことはうっかりどころじゃないけど。……でも、あたしは、今回のことに関与はしていない。それだけは確かです。そのことを、ここに誓います。必要ならば、魔法の誓いも立てます」


 凛として、それを告げてミュリエッタさんは記した紙をキース・レッスさまに差し出して挑むように視線を向けたまましばらくそうしていたかと思うと立ち上がり、何も言わずに部屋を出て行ってしまいました。

 慌ててギルド職員が追っていきましたが、ウィナー男爵はただ青い顔をして呆然とするだけで……ああ、なんてことでしょう。


 侍女という経験則から私にわかること、と言ったらこの部屋の空気の重さが半端ないということと。

 それと、出されたお茶はもう少し温度が熱くても良かったんだろうな、ということくらいでした。


 ……ただ旅行に来ただけのはずだったのに、なぁ……。

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