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増える野次馬、猛る酔っ払い、巻き込まれた私たち。
ああ、なんだってこんなことになってしまったんでしょう!?
ただ観光するだけじゃなかったのか、治安が良いんじゃなかったのか、自警団はどうした。
そんな思いが脳内を駆け巡るわけですけれどもそんなことを思ったところで今目の前で起こっている事象があっという間にハイ解決! になるわけもなく……。
「ど、どうするんです?」
「そうだなあ、どうしようか?」
私がこそっとアルダールに問いかければ、アルダールの方はにっこりと私に笑いかけてくるこの余裕!
なんですかねイケメンってのはどうしてこういう場面でもイケメンなんですかね!?
……私大丈夫かしら、冷や汗だかなんだか出てたりしませんかね。野暮ったいって知らない人に言われて地味にダメージ喰らっているうえにそんなことになっていたら立ち直りまで時間を要してしまいますけれど。
え? 落ち込まないのかよって?
落ち込みますとも! はっきり言って先程の言葉、グサッと来てますからね。なんせこんな観光地旅行するなんて思ってませんでしたもの。
実家でのんびりまったり家族と過ごす……って感じで普通の服しか持って来てませんでしたもの!!
いや、服が派手ならいいのかって問われればそれまでなんですけど。
いくら普段、後輩侍女たちに『何かあっても良いようにいつでも備えを忘れてはいけませんよ』とか言っている立場だとしてもこんなことになるなんて予想できるかってんですよ……!!
「とりあえず、これ以上騒ぎになってはキース・レッスさまにご迷惑が」
「あの人が治安が良いって自慢していたんだからちょっとくらい迷惑を被ってくれてもいいと思うけどね」
「でもどう考えてもこれは予想できませんよ」
「なにコソコソ喋ってやがんでぇ!」
「この期に及んでイチャイチャしやがって……!!」
おっと、酔っ払い――もとい、冒険者の方が痺れを切らしてしまいました。
しかもこの期に及んでイチャイチャって、違いますからね!? そりゃヒソヒソ小声で会話もしましたし、身長差がありますから私が背伸びしてアルダールの耳に顔を寄せて……って第三者から見たらそれっていちゃついてるように見えるんですかね、しかもこの状況に対して超余裕な素振りってやつですか?
(違う、そんなつもりではなかったんですよ……!?)
周囲の野次馬からも囃し立てる声はするし賭け事を始めている声まで聞こえてきました。
なんだなんだみんな暇人か! お祭りだからってそれはちょっとどうなのかな、そこはキース・レッスさまに苦情申し立てますからね。絶対にだ!!
さすがに冒険者たちも街中で魔法を使おうとはしません。この人たちが使えるかどうかはわかりませんが。
私たち貴族位にある者は元々魔力が強い人々が功を立てた結果、貴族として脈々と続く……なんて言われてますので魔力持ちが多いわけですが当然ミュリエッタさんのような特殊例はともかくとして平民にだって魔力はあります。
ただ貴族のように古くからの血筋ほど強くないというのが通説で、そこから稀に強い魔力を有する人が現れては国や貴族たちに取り立てられて……っていうのが一般的でしょうか。
メッタボンも重力系の魔法が使えると言っていましたし、冒険者の中で使える人がいるのはそこが判断基準ってあれ? 有名な冒険者とこの人たちを比べるのもおかしな話なのかしら?
卵が先なのか鶏が先なのか、それもなんか違うな、私は混乱している!!
睨み合い、と言いますかなんというか。
この状況に私はちょっと緊張感から若干の震えを自分でも感じます。
顔には出しませんけど、ええ、顔には出ませんけれども足元震えてると思いますよ。多分、アルダールだってそれはわかっているのでしょう。肩を抱く力は、優しいけれど、とても強い。
アルダールなら、野次馬に私を投げて彼らを取り押さえるなんて造作もないこと。
それをしないのは、私を慮って、ですよね。
「アルダール、私は後ろのギャラリーまで下がりますよ。自分の足で、下がれますとも。ええ」
「それはあまり嬉しくない提案だ」
「ですが」
「きみを守るのは、私じゃないとね。大丈夫、信じて」
「……信じてます」
「なら、いい」
ふっと笑ったアルダールが、そのままに冒険者たちをまた見る。
その目は静かで、睨むとかそういうんじゃなくて、ただ静かなもので……それが、逆に怖いくらい。
私が感じた印象と同じようなものをあちらも感じたのでしょう、酔いが回り始めて気が大きくなっていたらしい彼らの目が、一瞬にして正気を取り戻したと言いますか。
それでも構えを解かない辺りまだ酔っているのか、多勢に無勢ならやれると思っているのか、周囲の空気から引くに引けなくなったのか。とにかくやっぱり剣呑な空気は変わりませんね!?
それにしても、アルダールが自信たっぷりなのはいいんだけど本当に私足手まといじゃないですかね……せめて、彼が両手を使えた方が良いんじゃないの? とは思うんですがそれを許してくれない程にがっちり捕まえられているっていうか。
(なにか、策があるのかな)
とりあえずアルダールに剣を抜く気がないというのはなんとなく察しましたけど。
しかしこうやって避けた雪の壁と野次馬がいては自警団もかき分けて入ってこれないんじゃ……?
なんか酒場のおねーさんたちはお酒をお盆に載せて販売始めたし。この商売上手!!
って違ぁぁぁう。
「今すぐ止めるなら、互いにとって穏便だと思うがどうかな?」
「今更引けるかってぇんだよ、坊主」
「酒が入ったからって優男一人にいいようにされちゃぁこちとら商売あがったりだ」
(いや、酔っぱらって喧嘩売っている状況がすでに商売にならない気がするけど)
こっそり内心でツッコミを入れつつ、アルダールの提案が呑んでもらえなかったことにため息一つ。
アルダールは断られることを見越していたのでしょう、表情一つ変えることはありませんでした。
お互いにじりじりと距離を測りながら動くこの緊迫感。いやアルダールはほとんど動きませんけど。
むしろ現場真っただ中の私、本当もうちょっとなんていうか、限界ですよ?
あの園遊会でのモンスター事件に比べればいいんですけど。マシっちゃマシですけど。
それでも荒事はどうしたって不慣れですから!?
早く自警団とかキース・レッスさま辺りが来てくれないかなってちょっと神様に祈っちゃいますよね!
楽しいお祭り旅行はどこいった!?
「この騒ぎはなんなの!」
「えっ」
救いの主が来たって思ったけど、なんだかすごく高い声。
私の背後の方から聞こえたってことは野次馬の集団からなんだろうけど、なんとそこにいたのは女の子。
しかもエプロンドレスにふわふわもこもこのケープを身に着けて、片手に大きな兎のぬいぐるみ、もう片手を腰に当ててふっくらほっぺをさらに膨らませて『わたしおこってるんだから!』なポーズの、プリメラさまよりも、もう少し下の年齢であろう少女じゃないですか。
呆気にとられる私たちを他所に、どうやら少女は人混みの足の間を抜けてきたらしく、保護者らしき人物が人垣の向こうで大慌てしている……ように見えた?
私もびっくりですが、冒険者たちもびっくりのようです。
そんなことお構いなしに、少女はてくてく私たちの方に寄ってきて酔っ払いに向かって堂々と指をさし大きな声で言いました。
「お祭りはバカ騒ぎする場所じゃないんだから!」
いやまあ、もっともな意見ですね。私もそこは賛同しますが、人を指さしちゃいけません!
転生侍女3巻、お手元に届いた方もいらっしゃることかと思います。
楽しんでいただけているでしょうか? これからも転生侍女、WEB版の連載も続いていきますのでよろしくおねがいしまぁぁす!




