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12/12、本日書籍版3巻の発売となります。
そしてなんと、なんと……! 発売日ながらも即重版決定! でございますーーーー!!
応援してくださる皆様のおかげです、ありがとうございます!!
「あんた……アルダール・サウル・フォン・バウムだな? 次期剣聖って噂の男だろ?」
おっと、一体厳ついこの男性が我々に何の用だろうと思ったらアルダール絡みだった!?
私を庇うようにするアルダールは、何も答えることもなく男性に視線を向けただけです。
ですが向こうもそれを気にする様子もなく今度は私のこともしげしげと眺めてくるではありませんか。
どうやらこの声を掛けてきた男性。
よく見ると、胸元からぶら下がるドッグタグのようなものに私は見覚えがありました。
あれはメッタボンにも見せてもらったので間違いありません、冒険者の身分証明書です。
と、なるとあの方は冒険者ということになりますが、一体アルダールに何の用でしょうか?
そして、その上あちらの方の連れ……というか、この場合は冒険者仲間? いわゆるパーティ? ってやつですかね、そんなような方々がゾロゾロと出てきたではありませんか……!
「おう、どうした?」
「いや、どうやらこっちの二人がよ、つい聞こえちまっただけなんだがどうやら例の二人らしくてよ」
「あ?」
なんだ例の二人って!!
冒険者たちに絡まれるようなことなんて何一つ記憶にないんだけど!?
思わずぎょっとする私に、アルダールが肩を抱くようにして私を引き寄せました。
貴族としての簡易的な旅行服に身を包んでいるとはいえアルダールは帯剣をしているので、私を守ってくれるつもりなのだとわかって私は力を意識して抜きました。
ええ、思いのほか突然の事態に体を強張らせていたのだとその時ようやくわかったんです。
いや、こんな事態とか普通慣れてないでしょ? 程良く緊張を保っていつでも脱兎の如く逃げれるとかそんなスキル私は持ち合わせておりませんので……はい。
まあ変に騒いだり煽ったり、無駄なことを口にしてしまわない、とかそういう点では落ち着いて見せることができているんだと思いますが。
でも冒険者たちにまで『次期剣聖』と知られているなんて、アルダールは凄いなあ。
それと同時に、またモヤモヤッとしたものを感じました。
以前、エーレンさんと共に訓練場を見ていて感じたのと同じものです。なんでだ?
(でも、今はそれを考えてちゃだめだ)
この街の治安は良いという話なのですから、きっと自警団が現れるでしょう。
まさかと思うけどこの冒険者たちがその自警団と協力体制にある地元の冒険者なんてオチじゃないですよね? ちょっとそれが不安ですが、まあいきなり喧嘩を売られているわけではないのできっと大丈夫。
「こんなヒョロっちぃアンちゃんが次期剣聖? しかもお嬢のお気に入り、だとぅ?」
「で、そうなるとそっちの野暮ったいねえちゃんがそのアンちゃんのオンナってことで……」
(えっ、どういう)
お嬢って誰だ。
そう思いましたけどここは大人しく声に出しませんでした。ああ、こんな時にメッタボンがいてくれたらこの人たちと顔見知りかもしれないのに!
そうしたらもっとこう、穏やかにっていうか、和やかに? 会話らしい会話をしてハイ終わり!! で済んだかもしれませんがどうも不穏な空気が流れ始めた気がするんです。これ、気のせいじゃないです。
「……おう、改めて確認するぜ。アンタがアルダール・サウル・フォン・バウムか?」
「……」
アルダールは、答えません。
私はちょっとだけこの空気にどうして良いのかわかりませんが、私がおたおたしては余計な足手まといになりかねませんので表面上だけでいいから冷静を装うのがベストだと判断して、大人しくしております。
いやまあ様子がわからなくて戸惑いはしておりますが。ええ、本当。
なんとなく、察せるものがありますけども。
この人たちはミュリエッタさん、というかウィナー男爵の、冒険者時代のお知り合いってやつじゃないのかな、なんて……。
「答えねぇのか」
「答える必要があるのか」
(アルダール!?)
なんか聞きようによってはその返答、喧嘩を売っているようにも聞こえますけど!?
いえ、どう答えようともあちらが逃がしてくれる感じでないのは確かなんですけど……だからってそんな対応。
そう思いましたが、こちらは貴族、あちらは平民。
その身分差について私もようやく思い当たりました。聞かれたから答える、そんな単純明快な世界じゃありませんから……そして冒険者が、自由を尊ぶので身分差があろうと気にしない人々が多いということもメッタボンを通じて私は知っています。
勿論、アルダールはお師匠さまを通じて知っているのでしょうが、あえて『バウム家の子息』であるのかと直に聞かれてフレンドリーにそうですよなんて答えるわけにはいかないんですよね。
ああ、面倒くさい!
そう思ってはいけませんが、貴族というのはそういうものですから。
あちらもそうだと知っているのでしょうが、思いっきり気に入らない、と顔に書いてあるのがまるで見えてきそうです。
「……ああ、そうかい。お貴族さまらしい反応をどうも……ってなぁ」
「くそ、こんな優男にお嬢が袖にされたってぇのかよ、俺らの可愛いお嬢が!」
剣呑な雰囲気に、私はアルダールから離れた方がいいんだろうかと彼の方を見上げたけれど、アルダールは涼しい顔だ。寧ろ私の視線に気がついて、安心させるようににこりと笑うくらいに余裕だ。
対する男の人たちは、ああ、そうか。酔っぱらっているんだね、随分しゃんとしていたから気が付くのが遅くなったけれど。
多分祭りの中で楽しく過ごしていて、まだ朝だけど朝から飲んでいたようだ。
彼の仲間が来た方向には酒場があって、そこの人たちが野次馬として出てきたから合点がいった。
いやだからって酔っ払いに絡まれるのはちょっと困るんだけどね!
「ど、どうしますか? アルダール」
「どうもこうも、私たちには関係のない人たちだしね。とっとと退散するに限ると思う」
そうだろうとは私も思うけどね。
だけど向こうがそれを良しとしてしてくれるかな!?
「ちょっくら、剣聖候補さんよ……お相手願おうか!」
「お嬢のお相手に相応しいか、改めて俺らも確認させてもらおうか!」
「ついでにそっちの嬢ちゃんもだコラァ!!」
「私も!?」
それなんてとばっちり!?
私戦うとかできませんけど!
っていうか全然事情を説明してくれないで一方的に怒って武器を抜こうとする辺り、これだから酔っ払いはって言われるんですよ!!
「ユリア、掴まってて」
「え?」
「しっかり、ね?」
ふっと笑ったアルダールが私を片手で抱き込むようにして殴りかかってきた男をひらりと避け、空いている手で軽くとんっと押して雪の山へと転がして。
そして次いで私をまるでダンスのリードをするみたいにぐいっと引っ張って、腰の剣を掴んだかと思うとそのまま持ち上げるようにして武器を振り被った男の腹部に叩きつけました。
うわ、カッコいい……じゃなかった、私片手によくそんなに戦えるね!?
思わず感心して惚れ直……違う、そうじゃないから。違うから!!
あちらは五人、その内二人が雪に突っ伏したわけですがまだ後三人いるんですよ。
ああ、ああ、実力差だのなんだのはよくわかりませんがアルダールが強いのはよくわかりました。
そりゃモンスターをあんな感じに退治する人ですものね、改めて納得ですよ!!
「まだやるのかな」
「く、くそ」
「優男と侮ったこっちの分が悪ィな……」
男たちの剣呑さが増した気がします。
どう考えても逆効果!
「だがなぁ、俺たちの天使、ミュリエッタちゃんを袖にするようなフテェ輩はぶちのめさなきゃぁ気が済まねえ!!」
どぉん、と気合を入れた冒険者たちの啖呵に野次馬から歓声が上がりました。
なんとなく予想していた通り、どうやらウィナー父娘の知り合いですね。
でもさ、でもさ。
正直に思っちゃうじゃない。
(超とばっちりじゃないのさーーーー!?)




