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 国王陛下の口上の後、目録の読み上げの間にプリメラさまが私の方を見たということで私は注目を浴びたのだけれど。

 まあ直ぐにそれは目録の読み上げのほうに皆の注目は戻った。まずは他国のプレゼント、こちらは流石に豪奢だ。色とりどりの紗の反物、宝石類、希少な動物、美しい芸術品、特別な芸を身に付けた芸人まで贈り物になっていた。

 芸人とかお抱えにしろってことかね? いやぁ、プリメラさまの好みじゃないからちょっと扱いに困るプレゼントだわそれ。


「では皆、パーティを楽しんでくれるよう」


 一通りの目録の読み上げが終わるとそう陛下が結んで、楽団が再び演奏を始めた。

 途端にざわめきを取り戻した会場で、王家一家の傍には人だかりだ。

 国王陛下の近くに席をとっているのは近隣の王族の方で、プリメラさまとは直接話したいようだけれどそれを陛下が認めていないようだ。

 まあ、社交界デビュー前の子供だから余計なことを口に出して厄介なことになっては困る、というのが建前で本音は“可愛い娘の声を聞かせてやるもんか”でしょうね!


「ユリア殿」


「アルダール・サウルさま」


「今宵はお美しいお姿を拝見できて、喜ばしい限りです」


「まあ、お上手ですこと。けれどそうですね、このドレスの生地はセレッセ伯爵領で最近開発されたばかりのものだそうですよ」


「おや、見たこともない美しい生地だと思いましたが……なるほど、それがセレッセ伯がご自慢の一品でしたか」


「おお、その通りですぞ! アルダール・サウル殿、お久しゅう。社交場に出て来られるのはいつぞぶりであったかな? ファンディッド子爵令嬢もお初にお目にかかる、私はセレッセ伯爵キース・レッスだ」


「これはセレッセ伯。お久しゅうございます」


「お初にお目にかかります、ファンディッド子爵家のユリアと申します」


 ちなみにこれ、王太后さまが書いたシナリオによる私という大根役者による大根役者の為の小芝居ですよ! セレッセ伯とはすでに離宮にて顔合わせ済みです。

 このやりとりは、ひとつの貴族社会でのルールを私が守れているということと社交的で有名なセレッセ伯と私が友好的になったと見せるための一芝居なのだ。

 社交界では地位の高い人間から話しかけられて、ようやく地位の下の人間は答えることが許される。

 そして名乗られて初めて相手の名前を呼ぶことが許される……というのが嗜みで、できないと恥をかく。

 私はセレッセ伯爵から今名乗りをいただけたので同じように名乗りを返してこれで成立、ということ。

 これで私たちが友好的に話してもなんら違和感がなくなるっていうシナリオね。


 なんとも面倒くさい儀式だけれど、こうやって序列というのが保たれてるんだなあと思うとやっぱり私は社交界と関わらずに生きていきたいと思った……。っていうかこういうシナリオを書いてもらわないとうまく立ち回れる気がしないよ……。


「王太后さまから生地の依頼を受けた時は何事かと思いましたが、なるほどなるほど、このように仕立て上げていただけたのであればこちらとしても嬉しい限りですな!」


「王太后さまが?」


「おや、アルダール・サウル殿はご存じなかったか。ファンディッド子爵が娘の社交界デビューに奔走してな、誤解などが生じたのを哀れに思われたので王太后さまが後ろ盾になられたのだよ。なにせユリア嬢はプリメラさまのお気に入りの侍女でもあるしな」


「ほう、なるほど……」


 誤解が生じた。

 王太后がそれを哀れに思った。

 ユリア・フォン・ファンディッドはプリメラさまのお気に入りである。


 これだけのキーワードがあっさりと伯爵の口から上るということは、もう相当事前に情報が浸透しているんだろう、と周囲に思わせることができる……らしい。

 なんだか疲れてしまって、メレクの方はどうなのかしらと視線を彷徨わせたけれど、弟の姿は見えなかった。


「どうかしたのかな?」


「ああいえ伯爵さま、弟が……弟の姿が見えなくて」


「ああ、メレク・ラヴィ殿か。彼はとても優秀だし、如才ない。大丈夫だ」


「まあ、あの子は伯爵さまとご面識が?」


「うむ。君の叔母上のご紹介でな、とても優秀な甥だとは聞いていたがまさしくだ。ファンディッド子爵家の未来が明るくて羨ましい限りだよ!」


「ありがたいお言葉でございます」


「さて、私は退散するとしよう……アルダール・サウル殿、あまり悋気を起こしては女性の興も削がれるというものだよ?」


「ふふ、心得ておきます。ご忠告ありがとうございました」


「え?」


「それでは、また」


 こんな会話シナリオになかったぞ? まあ普通に世間話も込みになってないとおかしいからいいんだろうけど……。

 なんのことを2人は言っているのかしらと隣のアルダール・サウルさまを見上げたけれど、柔和な笑みで誤魔化された。


「それにしても貴族の噂とは恐ろしく早いのですね」


「ええ、正しいものも偽りのものも、流れればあっという間ですよ」


「正しいものと偽りのもの、見分けはどうなさいますの?」


「それこそ、数ある噂を耳にすればおのずと」


「まあ」


「それに踊らされたならば、己の力量不足というものですよ」


「……恐ろしいですわね」


 大きくため息を吐き出したいものの、それすら許されない。

 普段の侍女の姿なら飲み込むことができる情報も、飲み込めない。

 令嬢って難しいなあ……何度も脳内シミュレーションしたんだけど。


 それにしても噂ひとつで社交界は浮き沈みするのよ! って公爵夫人(ビアンカさま)からは聞いてたけど本当だな!

 怖いわ! 人間不信になりそうだわ。

 いや今回はそれを大いに利用してるわけだし、利用されてる人たちもわかってて利用されてる感じがひしひしするんだけどねえ……。


 まあいい。それも含めての“社交界デビュー”だ。


 アルダール・サウルさまは私の疲れている様子に小さく笑みを浮かべると、「ダンスを一曲いかがです? 流石に壁の花で終わっては王太后さまに顔向けできませんでしょう」と手を差し伸べてくださった。

 大きくて、ごつごつしている手だと前から思っていたけれど。そりゃそうか、剣を握る手なんだから。


 私はそれに言葉では応えず、ただ自分の手を重ねた。

 当然、目を見てオハナシなんて高度なことはできない。いくら勉強したってね! 美形とお話するってね! すごく難易度高いんだからね?!


「ちなみに弟君の了承は得ておりますよ」


「いつの間に?」


「今はきっとメレク・ラヴィ殿がディーンの相手をしてくれているはずです」


「そうですか……」


「ええ、バウム伯爵家とファンディッド子爵家、これからはよき友であれれば良いですね」


「……」


 それってつまり、次期バウム伯爵と次期ファンディッド子爵で友情を育んでますよ、を見せているわけか。

 ファンディッド子爵家はバウム伯爵家の庇護下にあると。

 まあバウム伯爵家は生粋の軍人家系、建国からの王家に仕える家系だから派閥がどうとかないしね。

 ファンディッド子爵家は弱くて何処の派閥にも迎え入れられてないっていうかなんていうか……あ、悲しい現実。


「誘っておいてなんですが、私はあまりダンスは得意ではありません」


「まあそうでしたの? レディたちの視線をあれだけ集めておいて」


「だからユリア殿にご協力いただいて、ダンスを踊って疲れたフリをさせてください」


「……1曲やそこらで騎士の体力がなくなるわけないじゃありませんか」


「では何曲でも。ご協力いただけると受け取って宜しいですか?」


「えっ、ちょっと!」


「さあ、ワルツですよ」


 あっ、この人もやっぱりちょっと性格悪い!

 私だってダンス得意じゃないんだからね?!

 あと女性陣の嫉妬ってのがどれだけ怖いと思ってんのよ!!!


 とは口が裂けても言えない小心者の私だった……。

 そしてヒールの高い靴でのダンス、怖い。改めてそう思ったのでした。

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