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雪の降る中、目的の街には予定通り夜に着きました。
キース・レッスさまによるとそこはセレッセ領内でも賑わう宿場町ということで、特にこの季節は目的地で行われる祭りを見物する客で賑わうのだそうです。
私たちはすでに事前に手配済みということでスムーズに宿まで移動できましたが……手配済みって辺りがもうね!? いえ、突っ込まないって決めたんでした。
「本当は明日、すぐに出発する予定だったんだが……雪で道が厳しいようでね、明後日になることになった。まあ明日は明日でこの街を楽しんでくれると嬉しい。祭会場となっている街ほどではないがね、宿場町ということでここも常から賑わう街だからね!」
宿場町でも一番質が良いという宿に私たち全員分の部屋を取り、ここ本当に宿屋なの? ってくらい豪奢なサロンで予定を聞かされたわけですけども。
ファンディッド領の宿屋でこんな立派なのって耳にしたことないですよ……メレクも唖然としてますよ……下手したら我が家の応接室より立派じゃない?
これが、交易とかで栄えている街の力ってやつなのですね……実感しますね……!!
城下にそういう店があることは重々承知してますけど……領地によってこれほどまでにやはり違いはあるんだなぁと、実際に目の当たりにするとこう、びっくりしますよね。
部屋割りとかどうのじゃなくて、キース・レッスさま、アルダール、メレク、私と全員個室でしたよ。
うわぁ、すごいなあ。いや、うん基本的に高級な宿屋は個室が多いと聞いてますし、料金の安い店とかで相部屋とかになるのだとメイナも言ってましたしね。
ちなみに食事はもう済んでいますが、これもまた豪勢で……ってびっくりし通しですよホント……。
旅ってしてみるものですね……。貴重な体験です。
「それじゃあ今夜はもう遅い、ゆっくり休んで是非セレッセ領を楽しんでくれたまえ!」
メレクはもう少しキース・レッスさまとお話をするようで二人で出て行きましたが、私とアルダールはどうしようかと小さく笑い合いました。
なにせ夜の散策というには天候も悪いですし、かといってお酒を飲む……というのもなんだか少し、疲れていてその気になれません。
じゃあ寝ればいいじゃないかという流れになるとは思いますけど、それはそれで勿体ないっていうかね?
「……どうしましょうか」
「どうせなら、このままここでお喋りでもしようか?」
「アルダールは、疲れてるんじゃないですか」
「馬車に揺られてばかりだからね、大したことはないよ。……こんな機会は滅多にないしね」
くすっと笑ったアルダールは、もう近衛隊の制服ではありません。
そんな無粋なものをいつまで着てるんだーってキース・レッスさまが笑って替えの服を用意していたんですよね、さすがですよホントにもう……。
栄誉ある近衛隊の制服をそんな風に言っても嫌味に聞こえないのは、キース・レッスさまご自身が所属しておられて愛着があるということ、そしてアルダールに対しての後輩に対する気遣いが見えるから、なんでしょうね。
サロンと言ってもキース・レッスさまが貸し切りにしているのか、他の宿泊客がやってくる気配はありません。
少し離れたところに見える、控えの女中や給仕の男性、バーカウンターの奥でグラスを磨くバーテン。
しっかり教育がなされているであろう彼らはピシッとした姿勢で、いつ用事を言いつけられても良いようにそこに佇んでいます。室内にいる客人の数が減ったからと言って少しもだらけないところが、一流なのでしょう。
程良い距離感も、こちらの会話に聞き耳が立てられていないという安心感を与えますし……っていけない、私は侍女の観点でそういうものを見に来たんじゃないんですよ……。
「明日はどうしますか? 街中を見て回りましょうか」
「そうだね、ユリアはあまりファンディッド領以外だと城下から外には出たことはないんだっけ?」
「ええ、お恥ずかしながら」
まあ、まるまるないってことはないんですよ。
実家への帰省の際とか、プリメラさまが陛下のご公務について行かれる際の給仕役としてですとか。
……そりゃまあ、帰省の時は隙間を縫っての行動なので周りを見ている余裕がないっていうか、プリメラさまのお付きとしてだとお仕事ですからやっぱりよそ見なんてしているわけにはいかないっていうか。
うん、結局それはほぼ知らないと同義ですね!!
「なら、少し見て回ろうか。私もこの街に詳しいわけじゃないけどね。キース殿が自信たっぷりにああ言っておられたのだから何かしら見て楽しめるものがあるんだろう」
「そうですね! ……天候次第ですけど」
「ああ、それはね」
暖かい部屋から見える窓の外側には、雪がびっしりとついてますからね……。
向こうが見渡せない感じで吹雪き始めていますから、きっと今夜は誰も出歩かないか、どこか暖かな店で過ごしていることでしょう。
今頃プリメラさまはどうしていらっしゃるだろう?
寒くはないだろうけど、寂しく思われていないだろうか?
私はこうしてアルダールと一緒にいられることに、ちょっとだけ申し訳なさを感じています。
だって、ほら。プリメラさまがいくらディーン・デインさまとお時間を共にと願われても現状そうはご一緒できません。婚約者といえども、プリメラさまはこの国の王女殿下。
そしてとても聡い方なので、無理にお引止めになることもしませんし、あちらの都合を考えずに呼びつける……などの暴挙もない、完璧な、そして優しくて思いやりに溢れる女の子ですもの。
きっと本音は、もっと一緒に居たいんですよね。
城内の庭を散策したり、他愛ない会話をしたり、……普段私がしているような、そういうものに憧れておられることをこのユリア、存じておりますとも!!
(プリメラさまは、私の恋を応援してくださると仰った。……だけど、私もあの子の恋を、応援したい)
なにができるんだろう?
二人が会える時には精一杯、楽しんでもらえるようにって給仕はしてきたしこれからもするつもりだけどね?
だけど、それだけで足りるんだろうか?
私ばかり、最近幸せなんじゃないだろうか。
そりゃまぁ、ちょっと不安なことがあったりまだよくわからない胸の内にあるモヤモヤとした気持ちとか、まあ整理できてない部分もたくさんあるけど。
私は、私の周りの人にたくさん優しくしてもらって、こうして応援もしてもらえて……ってそれはそれでうん? アルダールとの恋を公認で応援されるってちょっと、いや、かなり? 恥ずかしくないかな?
「ユリア、また何か難しいことでも考えてるだろう」
「えっ、別にそんなことないですよ?」
「私と旅行に来ることになって、困ってる?」
「そんなこともないです。一緒に居られて嬉しいですし」
「……どうしてそういう時は照れないのかな」
「え?」
「いいや、私も君と居られて嬉しいけどね」
うーん、アルダールに、プリメラさまに対してちょっと申し訳ない気持ちが……なんて言ったら彼も気にしてしまうでしょうか? そういう風に言うとまた気を遣うなとか言われそうだけどやっぱりアルダールにも普通にお祭りを楽しんで欲しいって思っているっていうか……。
いや、ここは素直に相談しましょう!
後でちくちく突っつかれてもさらにその後が怖いですしね! 私、ちゃんと学習してますから!!
「アルダール、私は貴方と一緒に居られて嬉しいけれど、本音を言うとプリメラさまとディーン・デインさまに少し申し訳ない気がするんです」
「……え、ああ……なるほど」
「それで、何かできないかなと思っていたんです。別に一緒に居られることに不満はありませんよ?」
「そういう時はユリアって直球だよね」
「え? あっ!?」
素直に、ちゃんと気持ちを。
そう思ったら繕うべきところを繕うの忘れてるっていうね!
自分で言ったセリフながら、相当甘ったれたセリフでしたね!
アルダールに突っ込まれてどんだけのこと言っちゃったのか自覚すると、蹲りたい気持ちになりました……!!
勿論、耐えましたよ。
ええ、耐えましたとも。
アルダールったら、顔を真っ赤にして突っ伏した私に笑いを堪えるのが大変そうでしたけどね!




