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弱音というか。
ちゃんとした大人でなくては、といつも私は思っているんだと感じています。
大人って何だろう? から始まって、弱音を吐かないで頑張る姿っていうのが理想なんじゃないかな。
実際にはそんな人間いやしないと思うんだけどね。だって人間だもの。
前世の記憶があるのも関係しているのかなと思ってはいますが、そこまでちゃんと考えたことはなくて……なんて言うんだろう?
日々を生きるのが精一杯っていうか。
ご側室さまに出会えて、プリメラさまに仕えて、幸せで。
だからその幸せを手放さないように、でも私は平凡だから、人一倍努力をしてなくちゃいけなくて、それは弱音を吐いている余裕なんてなかったし、強がりだって必要だったんだと今は思います。
そんな私に対して、アルダールは困ったように笑っていました。
「……でも、怖い思いをしたんだったなら、私にもっと甘えてくれていいんだよ?」
「だって」
だって、それは。あの時、アルダールはそばにいなかったんだから、どうしようもなくて。
実際に、私は無事で、確かにエイリップ・カリアンさまに腕を掴まれて怖いと思ったのは事実で、アルダールがいてくれたらってちらりとも思わなかったといったら嘘になるけど。
怖かったの。そう甘えて、良いのだろうか?
何もなかったのに、彼のせいじゃないのに。
だけど。もし、許されるなら。
「……少しだけ、怖かった」
「うん」
「少しだけ」
「うん」
でも、言葉にしてみたら。それはすとんと私の中で、落ち着きました。
怖かった、助けて欲しかった、ほっとした、そんな感情は言葉にはなりませんでしたがきっと彼にはわかったんでしょう。
そのまま引き寄せてくれて、抱き留めてくれました。
恥ずかしいはずなのに、温かくて、優しくて、ああやっぱりすごいなぁって思っちゃって。
「……アルダールを、すごい、って私言ったでしょう?」
「え? あぁ、そうだね」
「私、……家族と仲が悪いわけじゃないですけど、すごく良かったわけでもないんだなってようやく向き合うようにしようって思ったんです。アルダールが、家族と向き合ったのを見て、私もできるんじゃないかって勇気をもらったんです」
「私が? ユリアに勇気を?」
「ええ」
私の為に、と家族と話をして手を借りるまでしてくれたアルダールに、家族と向き合ってちゃんとできている彼の姿に。
知らない間に、私も、なんて思ったんです。
「お父さまが私のことを愛してくれていても『不器量だ、働くしか道がないなんて可哀想だ』って言うたびにそんなことはない、幸せだって……手紙とかで伝えてきました。でもそれは、ちゃんとお父さまの目を見て、私の気持ちを正直に伝えたとは言い切れなくて。心のどこかで、親なんだから理解してくれて当然だって思っている部分があって」
「……うん」
「お父さまが仰ることは、何もおかしなことはないんです。領地持ち貴族の長女ですもの、一般的に言えば早々に婚約者を見つけて嫁ぐのが当たり前で、……だから、お父さまは間違ってはいない。私の方が、珍しいんですもの」
そう、私の考え方が前世に影響されているんだろうなっていうのは自覚している。
働く女の何が悪い、って開き直って。プリメラさまのおそばにいることが楽しくて!
でもそれは、あくまで私の都合。
一般的な考えと違う娘を持つ父親の苦悩を、見ないふりをして『親なんだから』って考えを押し付けていた私の逃げ。
「それで、ちゃんと話せばきっとなんとかなるって思ってて。でも上手くいかなくて……結果としては、パーバス伯爵さまたちがいたから逆に話し合えたり見えたりした部分があって」
「うん」
「ごめんなさい、……変な話をしてる」
「いいよ」
「アルダールが、私に、きっかけをくれたの」
それは、ちょっぴり苦しいことだったけれど。
お父さまの気持ちも、お義母さまの気持ちも、知れて良かったと思えています。
なんでこんな複雑なことを、簡単に解決できるって思ったんだろう?
そう思うと、ますますアルダールが家族と向き合うってちゃんとしたのが凄いなって思うんですよ。
「エイリップ・カリアンさまが仰っていたことは、城内でも噂になっていたから知っているの。だから、今更傷ついたりなんてしない。もし、とか考えなかったわけじゃないけど……」
「けど?」
「私は、……アルダールのことを、私が好きなんだっていう気持ちがあるから」
疑うというよりは、自分に自信が持てなくて最初の内は傷ついた。
だけど、それはあくまで自分に対しての問題であって、アルダールに疑心を……とかはなかった。
どうしてこの人は私のことをこんなに大事にしてくれるんだろうって、ドキドキすることはあるけどね!
「そりゃ、すごい美人にはなれないし照れてばっかりで恋愛初心者すぎるし、名前を呼ぶのだって随分と時間をかけてしまって……その、迷惑をかけてばっかりだけど」
あれ? 何を話そうと思ったんだっけ。
段々と纏まらなくなってきた思考に困ってしまった私を見て、アルダールがふっと笑った。
「アルダール?」
「私も、ユリアが好きだよ。ありがとう」
好きだ、と改めて言葉にされた上で掠めるようにキスされて、その流れるような動作に思わず見惚れてしまいますけど今されたの私だ!
熱が上がってくる感覚に思わず離れようと身を引こうとしても、それはできなかった。
「やっぱりアルダールは、すごいですよ」
「そう?」
「……こんな私を、甘やかしちゃうんですからね」
「恋人を甘やかしたいっていうのは、普通だと思うけどね」
「それはそうかもしれませんけど。……やっぱり手慣れてる?」
「へぇ、そんなことこの状況で言い出すんだ?」
「あっ、やっぱり今の無しで」
にっこり笑顔が怖くなる!
やらかした!! そう思った瞬間に、アルダールがぎゅぅ、と抱きしめてきて、あっこれマズいと思った時には弁明の機会もなく唇が重ねられる。
あっ、ほんとこれダメな奴だ!
私が何も考えられなくなっちゃうやつだ……!!
身の危険を感じて突っぱねようにもアルダールと私じゃ力の差が歴然としているわけで、下がろうとすれば抱きしめる力が強くなるしだからって身をゆだねてとかそんなのちょっと無理無理無理!!
「またすぐ逃げようとする」
「と、当然です……! こ、ここどこだと思ってるの!」
「馬車の中」
「それはそうだけど、そうじゃなくて!」
「……うん、まあ。キース殿にも紳士の振る舞いを、とは言われてるからなあ。自重しようか」
「是非!!」
「嬉しそうなところが問題かなあ」
苦笑するアルダールですが、私にとっては身の危険をこういかに安全に回避するかって話なんですよわかりますか!
必死になる私に、呆れたように笑うアルダールでしたけどちゃんと引いてくれました。こういうところが紳士ですよね、ありがとうございます!!
「ね、アルダール」
「なんだい」
「私の為に、怒ってくれて、ありがとう」
そっと、この気持ちは伝えておかないと。
今更、遅くなってしまったけど私がそうやって言葉にすれば、彼はちょっとだけ驚いたように瞬きをしてからまた笑ってくれました。
「……どういたしまして」




