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結局、目的の街までは少し距離があるので速やかにファンディッド家を出発、途中セレッセ領内にある目的地手前の街で一泊、という計画だそうです。
計画って辺りでもうね、いつから考えてたのよ? って突っ込みたくなりましたけど聞いたら聞いたで後悔しそうなのでそこはなにも聞かないことにいたしました。
キース・レッスさまがにっこり笑ったらもうなんだか勝てない予感しかしないじゃないですか。
私はわざわざ聞かなくていいこと、知らなくても良いことに対して勇猛果敢に挑むようなタイプではありません。ええ、なんでもかんでも穏便に。これ大事!!
お父さまとは話しましたよ。なんとなく、こう……ぎこちなくなりましたけど。
それでも、また遠くないうちに、まあメレクの婚約顔合わせって理由ですけど、帰省するしその時にまたゆっくり時間をとっていろんな話をしようって約束もしました。
メレクの婚約式はもうセレッセ領で得た情報から手紙のやり取りでどうするか決めるということも含めて話をして、笑顔で再会を約束できたと思います!
お義母さまは……ちょっと私、目を逸らされてショックがないわけじゃないですけど、お義母さまの複雑な心の内を今回は聞けて良かったと思います。次回はもう少し、うん。
もう少し、お互い本音で話し合うようにできたらいいなって思います!
で、ですけどね?
「ええと、アルダール?」
「なんだい?」
「なんで隣なんですか」
「あれ? だめだった?」
「いえ、だめとかそういうわけじゃないんですけど……」
それで両親に見送られていざ出発!
となったわけですが、出発した馬車の中、キース・レッスさまとメレクがセレッセ家の馬車。
アルダールと私が王太后さまがお貸しくださった馬車と分かれ、セレッセ家の家人の方々が周囲を護衛する、となったんですが……。
「ちょっと、あの、距離がですね?」
「うん?」
「ち、近くないですか?」
そうなんですよ!
いえ、馬車の中なんだから狭いんだし距離が近いのってしょうがないよねって話なんですけどそういうの以上に近いっていうかね? これわざとですよ絶対!!
だってこの馬車、魔法の馬車だけあって見た目よりも内部広くてですね、狭いなりにそれなりに余裕があるんですよ。来るときに私とメッタボン、レジーナさんと三人が乗っても余裕の広さですからね。まあ来るときは私の隣には誰も座ってませんでしたけど。
ですけどね、アルダールったら私の様子を見てにこにこ笑ってるんですよこれが。
からかわれてる? うん、からかわれてるのかなコレ! 反応が面白いなあって思っているでしょう。
くっ、よくわかっているじゃないですか……!!
「いいじゃないか、私たちの関係を考えたら」
「いえ、あの。ほら! アルダールは今任務中でしょう」
「まあ、そう、だね」
「で、ですからほら、そこに私情を挟むのはどうかなぁって思うんですよ。ねっ?」
「でもそれは建前……ってキース殿も仰ってたろう? それに、もうじき私は休暇の時間だけど?」
「だけどこの距離は……」
「いや?」
「いやってわけじゃなくて……!」
ああーいつも通りアルダールのペースで物事が進んでいく……。
いつか私、勝てるんでしょうかねこれ。いつまでもこうやってアルダールのペースで進んでいくんでしょうか? いやってわけじゃないんですけど、私これに慣れることができるんでしょうか。心臓がいくつあっても足りない気がしてなりません!!
なんかさりげなく手を握ってますけど。
アルダールって手を握るの、好きですよね? いえ、私も嫌いじゃないですけど。
このニコニコ顔見たら何も言えるはずもないですけど。
「まあそれはともかく、それじゃあ少し真面目な話をしようか? 到着まで時間はたっぷりあるからね」
「えっ」
なんでしょうその死刑宣告みたいな物言い!!
いやなかったことにするつもりはなかったですよ? ほんのちょっぴり? このまま楽しい旅行になるといいねって会話で終わらないかなーなんて思ったりなんかしたりしなかったりとかほらやっぱり人間楽な方に楽な方に思考が行くってものであって……はい、ごめんなさい、自分からは言い出す勇気はありませんでした!
「え、ええと……何を、お話ししましょう?」
「そうだなあ」
私の質問に、アルダールは少しだけ考えるそぶりを見せてからまた笑顔を見せてくれました。
そして握っていた私の手を軽く持ち上げるようにして、軽く手の甲にキスを落として……って、あああああ、そういうことしちゃだめだってー!!
どうしてこうこの人甘い所作が似合っちゃうのかなあ、わかってますよイケメンだからですよね!?
でも何でしょう、真面目なお話するんだって言ったのもアルダールなのに!
「……先程の彼の話をしようか。パーバス伯爵さまの孫、だったかな?」
「え、エイリップ・カリアンさまのこと、ですよね? メレクの婚約に際してパーバス伯爵さまがお祝いの言葉を直接届けに来てくださったのです。それで、年が最も近いから友人になれるのではということでご一緒にお越しに……」
「ふぅん?」
「勿論、建て前のことであって……まぁ、そこは……」
「わかった、そこは聞かない。で、何を言われたんだっけ?」
あっ、笑顔が怖い。
そう思いましたけど、ここで言葉を濁す方が危険な気がする……。
「……アルダールが、私を選んだのはディーン・デインさまの為、だと……」
「ユリアはそれを信じる?」
「えっ?」
アルダールの質問に、私は思わずびっくりして彼の顔を見つめてしまいましたね!
あっ、真っ直ぐに彼もこっちを見ていたから目を直視しちゃいましたよ。あーあー慣れたとはいえまだ美形直視はダメージが……って言ってられない空気ですが。
「信じてません」
不安に思ったことはないとは言いませんけど。
でも、私は私のことを信じてはいませんが、アルダールのことは信じています。
だからそこはきっぱりと答えることができました。
すると、アルダールの方がほっとしたような表情を見せたので、もしかして私は彼に不安を感じさせるようなことをしたのだろうかとちょっと心配になりました。
「アルダール?」
「いや、うん。私は真摯に気持ちを伝えたし、その上でユリアの心を得たのだと思っているし、それらは事実だとわかってる。わかっているけど」
困ったように笑ったアルダールは私の手を離すと今度はそのまま両手で私の頬を挟むようにして……えっ、ただでさえ狭いこの空間でそれはちょっと……!
いや、御者さんだって勿論見てないし恥ずかしいけど別に変なことしてるわけじゃないし、人目を忍ぶ仲ってわけでもないし、問題ないっちゃ問題ない!?
いや、ただ単に私が恥ずかしいってだけでね? それが一番重要なんだけどね!!
「周りの言葉で、きみが揺らぐようなら、それは私が不安にさせているのと同じじゃないのかと思ったら気が気じゃなくて」
「そんなこと、ないですよ」
「それにあの男に腕を掴まれたとか言ってなかった?」
「それは……まあ、その時、エイリップ・カリアンさまはお酒を嗜まれていて少しばかり気が大きくなっておいでだったのだと思います」
「うん。だとしても、怖い思いをした?」
「……。……少しだけ」
そんなことないですよ、って言おうかと思ったんです。
心配をかけたくなかったから。
でも、どうしてでしょう。
アルダールが真っ直ぐに私を見てくれるまなざしが、私を案じてくれているんだと思うと。
弱音を言っても、許される気がしたんです。




