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アルダールが、一歩前に出る。
エイリップ・カリアンさまが一歩下がる。
思わず私も後ろに下がったから、アルダールの表情は見えませんけどこれは確実に怒っている。怒っている……!!
さっきまであんなに小さな子供を相手取るかのように返事をしていたのに、一気に周りの温度まで下がったかと思いました。ってそんなこと思ってる場合じゃない。
何に怒ってるんだって言われたら、多分まあ私との関係を揶揄したことだと思います。自惚れとかじゃなくて。色んな意味で。
ほら、バウム家としての立場とか、その長男としての立場とか。
私っていう恋人への配慮とか、言っていいこと悪いことやつがある中でエイリップ・カリアンさまが発言したことは良くないことばかり!
……ミュリエッタさんを口説くぞっていう部分に引っかかったとは思いたくありませんし、そんなことないってわかってますからね。信じてますからね。そこんとこは大丈夫です。
「アルダール……!」
「大丈夫、抜刀するような真似はしない」
「良かった、ってそうじゃなくて……」
いやまあ冷静に返事してくれた辺りでちょっとほっとしましたけどね?
抜刀しないってことで物騒さが減ったんでほっとしましたが、いやいやそうじゃないだろう。いえ、勿論向こうが悪いんですからそこをどうこうじゃなくてですね、それでもこの人パーバス伯爵家の直系男児ですから。アルダールになにか面倒が降りかかったらどうしようって思うじゃないですか……!!
「私に関して文句を言ってくる分には構わない。気にすることもない。だが」
「……、な、なんだっ」
「ユリアに対する態度は、いただけないな」
「なに……!?」
「……アルダール……!」
ああ、やっぱり私のことで怒ってくれたのか!
自分に文句を言ったり突っかかったりしてくる分には気にしないって辺り、……あれ? なんか私も似たようなことを思ったりなんかしませんでしたっけね?
アルダールのことをどうこう言われるのにはすごく腹が立ったあれと同じですね。
なんだろう、なんか照れるな!?
(ときめいてる場合じゃなかった)
思わずきゅんとしましたが、そんな場合じゃありませんでした。
アルダールに睨まれているのでしょう、ええ、彼の後ろにいる私でさえビビってちょっと動けない状態ですからエイリップ・カリアンさまはもっと怖いでしょうね。自業自得ですが。
「訂正してもらおう。私は彼女を弟のために口説いた、なんて事実はない」
「なっ、なっ」
「私が、私自身の正直な気持ちで彼女を得ただけの話だ」
「ちょっ、あ、アルダール!!」
言い方! 言い方すごい熱烈過ぎて聞いてるこっちが恥ずかしい! 恥ずか死ねるからぁぁぁ!!
こっちから顔見えませんけどアルダールはそういえばこういうのを恥ずかしげもなく言える人だった! きっといつも通りのイケメンが真面目な顔してこの恥ずかしいセリフ言ってたよね!?
これは止めないと私の方がダメージ食らうパターンですよ、危険極まりない!
「そこまでにしておいてもらおうか、アルダール。メッタボンも見ていたなら止めてあげたら良いのに」
「まぁ、抜刀沙汰にゃぁならねえようだったからな。うちの筆頭侍女さまの方がダメージでかそうだけど、良いモン見せてもらったと思うことにしとく」
「メ、メッタボン? いたならなんで……!!」
「抜刀沙汰なら俺も本気でいかにゃぁならんからですよユリアさま」
「え、どういう……」
「まぁそんだけバウムの旦那はヤバいくらい強いってことでとりあえず呑み込んでくれりゃぁいいです」
まったく呑み込めないよ!?
っていうかあのアルダールの恥ずかしい発言を聞かれていたってことですか。うわあああああ!!
いや、なんだかキース・レッスさまもメッタボンもなんてことない顔してますけどね!?
なぁに、男の人たちにとってあの程度の言葉は恥ずかしさなんて欠片もない、ごくごく当たり前の発言なの? 違うよね? 世の中もっと私の考えに近いはずだよね!?
どうしていいのかわからない、このアルダールを止めようと持ち上げた手!
見られてたっていう羞恥も加わって今きっと私の顔は真っ赤ですよ……メッタボン、後でレジーナさんに泣きついてやるんだから……! きっとレジーナさんは私の味方をしてくれるはず!!
とりあえず、アルダールの剣は元・凄腕冒険者のメッタボンでも相当気合を入れないと防げない、っていう解釈でいいのかな?
キース・レッスさまは相変わらずニコニコと笑っている辺り、ちょっと腹の内が読めませんが……。
「アルダール、確かに彼の物言いは良くない。だがその辺りも今後騎士隊の方で色々学ぶだろうし、同じような言でファンディッド子爵から彼はここに出入りを禁じられたのだ。ファンディッド子爵の目の届くところで彼を罰するようでは、立つ瀬がないだろう?」
「……しかし、彼の言葉を許すというには少々甘い気もいたしますが。一度すでに咎められていながら繰り返すということは彼には何も響いていないということでしょう」
「まあそうだろうね」
にっこり笑ったキース・レッスさまが、エイリップ・カリアンさまを見ました。
その後ろでメレクがちょっと困った顔をしているのが何とも言えませんが……多分、お父さまたちがお見送りの場でパーバス伯爵さまたちを相手にして、メレクが一向に来る気配のないエイリップ・カリアンさまを迎えに来たってところでしょうか。
「ユリア嬢も。包み隠さず、アルダールに言ってくれていいんだよ?」
「えっ」
「……ユリア? 何かあったのかい?」
「えっ。いえ。あの……先程の発言に似たような言葉を投げかけられただけで……それは、お父さまが咎めてくださいましたから!」
「……それだけ?」
「えっ」
アルダールが、私の方に向き直る。
エイリップ・カリアンさまが、アルダールの視線から逃れてほっとしたのかよろめいたのが見えましたが、すぐにメレクによって外に案内されている姿が……あれ? 猛獣から注意をそらしている間に救出作戦をするような映像を思い出しますね?
となると、アルダールが猛獣で、私が猛獣用の餌とか囮ですかね?
あれあれ? なんの冗談ですかね。でもなんだかちょっと私まで変な汗が出てきそうな感じなんですが、いや別に私悪いこととかは一切していないので後ろ暗いことなんて何もないんですけどね?
キース・レッスさまがあんな言い方するからいけないんだと思います!
責任をもって助けてもらおうと視線をそっちに向けた瞬間にはもうキース・レッスさまがウィンクしてメレクと去って行く姿が見えました。あっ、見捨てられた!?
(いやいや、こういうのを動揺してるから疑問に思われるんですよ。落ち着け私!!)
キース・レッスさま、後で覚えとけとちょっと思いました。言いくるめられそうですけど。
私は心の中でそう決めてから、アルダールを見ました。真面目な顔で私を見下ろす姿は相変わらずイケメンですが、若干眉間に皺が寄っていて……うっ、心配されてる。
「大丈夫です、アルダール。私はあんな言葉、まぁいい気はしませんけどその程度でなんて挫けません。王城暮らしが長いんですもの、多少の悪口とかそういうものには慣れっこです!」
「……慣れてるってどういう意味だい……?」
「あっ、いえ。地味とかそういうのですよ!? で、えっと、エイリップ・カリアンさまに関してはちょっと腕を掴まれたりもしましたけど先程も言った通り、お父さまが助けてくれましたから! レジーナさんと、メッタボンもです。だから何も問題ありません」
「……。……後で少し、馬車の中できちんと話をしようか」
「えっ」
こんなにも大丈夫って言ってるのに!?
アルダールがにっこりと笑みを浮かべたのを見て、私はこれはもう逃げられないのだ、と悟りました。
キース・レッスさま。
あとでおぼえといてくださいませ。
そう、追加で心に誓ったのでした。




