198 離宮より、愛を込めて。
「そろそろ、届く頃合いかしらねえ……」
「え? なぁに? 何が届くの? おばあさま」
一緒に離宮でお茶をしていたら、おばあさまが外を眺めてぽつりと呟くから、わたしも気になったの。
だって何が届くのかなって思うじゃない?
新しいアクセサリーかなとか、美味しいお菓子とか、綺麗なガラス細工とか。
おばあさまはお洒落だから、わたしも是非教えてもらいたいもの!
そう思って聞いてみると、おばあさまは優しく笑ってくれたの。
「ああ、いえね。大したものじゃないのよプリメラ」
「えぇー教えて欲しいわ!」
「ふふふ、しょうのない子ねえ。セレッセ伯爵キース・レッスが、ファンディッド子爵領に行くというから後で贈り物を届けると子爵に伝えてもらっているの。その贈り物がそろそろ届く頃じゃないかと思ってね?」
「ファンディッド子爵領? ユリアのところ?」
「そうよ」
おばあさまがフフフと笑う。
なんだろう? ユリアに何か贈り物? わたしが気になって仕方なくて、でも聞いちゃいけないのかなって聞けないでいるとおばあさまはわたしの頭を撫でてくれた。
「わたくしの所有する馬車であの子を送ってあげたのはお前にも教えてあげた通り、先だっての園遊会、わたくしからの褒美のつもりです。ですけれど、あの子の誕生日をお祝いしてあげてなかったと気が付いたものだから」
「おばあさまもお祝いしてくださるの?」
「ええ、ええ。今までは社交界デビューもせずお前のそばに仕える侍女としての立場を貫いていたから言葉だけを贈らせてもらっていたけれど、今年からはわたくしが懇意にしている令嬢としてお祝いをしてもかまわないものねえ」
「あっ、そうかぁ……!」
侍女に贈り物をするのはちょっと変だけど、確かに懇意にしているご令嬢に対してならおばあさまが個人的に贈り物をしてもおかしな話じゃないものね!
わたしが納得したのを見ておばあさまはまた微笑んでくれたの。
でも一体何をあげたのかしら。
「ねえおばあさまは何をあげるの?」
「ふふふ、折角ですからね。ゆっくりとした時間をあげることにしたの。大丈夫よ、護衛も手配してありますからね」
「? ユリア、喜んでくれるかしら」
「ええ、きっとね。ほらプリメラのところの料理人と、その恋人である護衛騎士。彼らも護衛任務を途中で解いて休暇を楽しめるようにするっておばあさま、ちゃんとお約束したでしょう?」
そう、ユリアの帰省に伴って護衛を買って出てくれたメッタボンだけど、レジーナと折角休暇を合わせていたって他の人に聞いて悪いなあってプリメラも思ってたの!
折角恋人なのだもの、一緒の時間を自由に過ごしたいんじゃないかなぁって。
二人がユリアのことを心配したり、好きだと思ってくれるのは嬉しいけど、わたしはメッタボンたちのことも好きなんだもの。
「だから代わりの護衛を送ることにしたのよ。安心して頂戴ね?」
「ありがとう、おばあさま!!」
「キースの坊やもユリアには恩があることだしねえ」
「え? そうなの?」
「ええ、そうよ。セレッセ領の布地が流行したのもあの子がドレスとして着たおかげだものねえ」
くすくす笑うおばあさまに、わたしもそう言えばそうだったなぁって思うの。
あの夏の日、わたしの誕生パーティで社交界デビューしたユリアかあさま。あのドレス、素敵だったなぁ……!!
おばあさまは、そばにいたおばあちゃん侍女と目配せして笑ってる。なんだろう?
でも楽しそうだから、きっとわたしとユリアみたいに、おばあさまにとって『特別』な関係の侍女なんだろうなあ。
聞いたら二人がどんな関係なのか、教えてくれるのかな?
でも聞いたら勿体ない気がする。
だってわたしも、かあさまとの関係を誰かに自慢したいけど……なんだかそれを話しちゃうのが、勿体ないなって気もするんだもの!
わたしと、かあさまの二人の秘密!
王女宮のみんなは知ってるかもしれないけど……でもいいの。秘密なんだから!!
(でも、おばあさまから贈り物が届いたらユリアったら驚いちゃわないかしら)
おばあさまから褒美だよって馬車を出してもらえるって話が出た時も、かなり遠慮していたものね。
そりゃまぁ、王室から馬車が使用人の帰省のために出るだなんて特例もいいところだとわたしでも思うもの! でもユリアはそれに値するくらい、あの園遊会での騒動で褒められていたんだから良いと思うの。
表立って表彰とかは特にないんだって聞いて、わたしはちょっぴり悔しいくらいだったんだから!
お隣の国の、大臣の奥さまを一生懸命庇って助けたのよ?
でも侍女としてそこにいたんだから、それをするのは当たり前なんだよって。
もしそこに令嬢としていて、身を挺して庇ったのならきっと表彰されていたんだろうって。
そうお兄さまは仰っていたけど、……それは、わかるのだけど。
でもプリメラは、わたし個人としては悔しかったんだもん!
「さあ、プリメラ? お茶が冷めてしまうわよ?」
「あっ、はぁい!」
おばあさまに勧められるままにお茶を飲む。
うん、美味しい。
美味しいけど。お茶菓子も、美味しいけど。
メッタボンの、お茶とお菓子の方が、美味しい。
ユリアが淹れてくれたお茶の方が、わたしは好き。大好き。
今頃、何をしているだろう?
ご家族と、色々お話ししているのかしら。セレッセ伯爵の妹さんが嫁いでくるって話だから、きっと色々あるのよね。
プリメラにできることは、なにもない。
もしユリアが、『家族っていいなあ』ってプリメラから離れちゃったらどうしよう?
(そんなことないもん!)
かあさまは、プリメラのこと大好きって言ってくれたもの。
家族も大事だけど、きっとプリメラのことも同じくらい大事だって言ってくれると思うの。
だってわたしも、そうだから。
おばあさまも、お父さまも、お兄さまも、もちろん……お義母さまも。
家族のみんなが、大好き。
かあさまも、大好き。
「どうしたの? プリメラ」
「ううん、プリメラ、おばあさま大好きだなぁって!」
「あらあら。ありがとう、わたくしも大好きよ」
優しく目を細めて笑ってくれるおばあさまは、素敵なレディ。
わたしもいつか、こんな風に大人な振る舞いができるレディとしてディーンさまの横に立てるかしら?
その頃には、わたしとユリアはどうなってるんだろう?
今みたいに、王女と侍女? それともバウム家のレディと、その侍女?
輿入れしてもついてきてくれるって言ってくれてたけど……先にユリアがバウム家に嫁ぐのかしら?
うーん、わからないことだらけだけど、そう考えたらずっとずっと一緒よね!
「えへへ」
「あら、今度はご機嫌ね?」
「ユリアはきっとおばあさまの贈り物を喜ぶんだろうなって思ったらプリメラも嬉しくなっちゃった。おばあさまがなさることですもの、きっと素敵だと思うから!」
「……プリメラは、良い子ね」
おばあさまが、笑って頭を撫でてくれるその手が、大好き!
帰ってきたらきっとユリアが色々話してくれる。プリメラの所に戻って来て、わたしに『ただいま』って言ってくれるから。
だからわたしも、『おかえりなさい。楽しかった?』って笑顔で迎えてあげるんだ!