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公開直後に最後の方の文章を少し変えました。
きらきら、きらきら――。まさしく煌めきの世界だ。
美しく奏でられる楽団の演奏に、磨き上げられた透明度の高い水晶で作り上げられたシャンデリアも、壁に高名な画家が描く花々も、高いアーチ状の天井の先、ガラス窓は全てステンドグラス。
飾られる花々は豪奢で、並べられる料理も豪華としか言いようがない。
そしてその周囲で笑う人々はドレスや礼服に身を包み美しい所作で笑いあう――まさしく、夢にまで見た宮廷というやつだ。
まあ、その会話内容がえげつないほどの腹の探り合いだったりもするらしいから関わり合いにならないのが一番だろう。
「姉上、大丈夫ですか?」
「ええ……ねえメレク、私の恰好変じゃないかしら?」
「大丈夫です、とてもお綺麗ですよ! この分ならば結婚相手も今日見つかってしまうかもしれませんね!」
「そんなわけないでしょう。それよりも大事なことを成し遂げないと」
「はい。……でも姉上、声を掛けてくるような輩がいても早々お嫁に行くとか決めないでいいですからね! いいですか、まずは僕が見定めますからね?! 勿論それに姫君のお眼鏡に適う男性でなければならないでしょうし、姉上の同僚の方々にも勿論見定めていただいて」
「はいはい、緊張をほぐそうと馬鹿な話をしてくれるのは嬉しいけれど、そろそろ気を引き締めないと」
「……姉上、こういうことはちゃんと話し合った方が」
「私は当分そういう気持ちにならないわ。プリメラさまが嫁がれるその日まで安心はできないもの」
「いえ、まあ、姉上がそのお気持ちならば僕は構いません」
メレクったら何が言いたいのかしらと思いつつ、私は目の前をまっすぐに見据えた。
今まで遠目に見てそれでいい、と決めつけていた貴族の戦場とも言われる社交場に、とうとう足を踏み入れる――そう思うと逃げたくなる気持ちは今でもある。
でもさあ、プリメラさまの誕生パーティなのに私全く関われなかったんだよね!
どんなドレスとかは他のメイドとか執事長とかに「当日わかりますから。貴女はダンスのレッスンでもしてらっしゃい」とか言われてさ!
なのでこの会場から逃げだしたらそれが見れないのよね……下手な仕事してたらあいつら鍛え直しなんだからね……。
恐らくドレスに関しては他の侍女とメイドたちの方で決めて、執事長が手配をしたはずだからね、大丈夫だと思うんだけどさ……。
しかし今回いただいた私のドレス、上質の布を使ってるのが凄いわかって逆に怖いんだけどこれお値段どのくらいなのかしら……王太后さまからの贈り物ってことになってるけどアクセサリー含めたらものすんごいことにならないかしら、ねえ私借金を知らないうちに背負わされたりしてないわよね?
いやあの王太后さまに限ってそんなあくどい真似はなさらないでしょうし、きっとこれからもプリメラさまに尽くせってことなんだと思っておこう、そうだこれはきっと特別手当とかボーナスなんだ。
それにしてもこのデザイン、大丈夫かなあ。
マーメイドラインとかは確かに好みなんだけど……この国での流行はほっそりした人を更にほっそり見せるためにふんわりとしたプリンセスラインとかシフォン素材が人気なんだけど、私のこれは届いてびっくりすらっとデザインだった。
私の体型に合わせたマーメイドラインのドレスは一見何の変哲もないシンプルな、上から下にかけて緩いグラデーションの入ったものかと思いきや、生地に銀糸が加えられていて動きに合わせて時折煌めく。
白から紺になるグラデーションも珍しい色合いだと思う。
パーティにはパステルカラーとかがやっぱり人気だし……しかも私のは背中が大きく開いていて、袖はぴったりと長めだ。
流行のドレスはどれもふわふわとしたシフォンやレースを多量に使っているもので、色合いはピンクや黄色、赤いもの、暖色が多いから余計に目立つ気がした。
それに彼女たちの袖はその下にほっそりした腕を隠しているんですよと言うような薄いレースでできていたりするのも多いから、私のように腕の形を隠しているのに隠していない形はやっぱり珍しいものだと断言できる。
あの針子のおばあちゃん、実は革新的なデザイナーなのか……?!
ドレス負けしてるんじゃないかと内心ドキドキしながら、私は弟に手を引かれて一歩前に出る。
王宮勤めの侍従の一人が仰々しく羊皮紙を広げ、息を吸い込んでパーティ会場全体に聞こえるように朗々と私たちの名を読み上げた。
「ファンディッド子爵家よりメレク・ラヴィ次期子爵さま及びご令嬢ユリアさま、ご到着にございます!」
さわさわと話を弾ませている宮廷の蝶たちも、顔見知りの貴族たちも、ちらりと視線を向けたもののそれ以上のことはない。
もう主要な人物たちには根回しがされているのだからそれも当然だったし、子爵家ごときという感覚もまた珍しくはない。
寧ろ私たちの後に続いた辺境伯の代理とか、そういう方が物珍しいのか注目を浴びていた。
ただ女性陣にはやはり私の装いが珍しいのか、ちらちらと視線を向けられることも多くて正直疲れる。
いや、もしかして“社交界デビューをしていなかった”年増女として有名なだけかもしれないけど。
適当に挨拶をしつつ、そっと壁によれば弟は苦笑して自分だけでも回ってくると笑って許してくれた。
ありがとう弟よ……私こういう場所には慣れそうにないよ……!!
「ユリア!」
「……叔母さま」
「社交界デビュー、おめでとう……と言うべきかしら?」
「そうおっしゃっていただけたら嬉しいわ」
「そう、兄の所為で可愛い姪っ子と甥っ子が大変そうだと聞いてはいたけれど……私の力になれることがあったら遠慮なく言うのよ」
「ありがとうございます。ではメレクの方に目をかけてやってくださいませ」
「……ええ、勿論」
ふわり、と笑う口元を扇子で上品に隠しても、目が笑っていませんよ叔母さま。
きっとそちらにもどなたかから情報が行っているんでしょうけれどそれをここで確かめるような真似はできない。
にっこり笑ってとにかく社交界デビューしろとしかあの口数の少ない宰相閣下からは言われていないのだ。
王太后さまも同じような事言ってたし。
「王女殿下はプレゼントをご覧になったのかしら?」
「いいえ、ですが王女宮に後程目録と共に届けられるはずです。それと、他国の方もいらっしゃるので一部の伯爵家を除いて、伯爵位から下は目録の読み上げも今回はないと下知がございました」
「まったく、形式と言うのは面倒なものねエ。国王陛下も姫君が退屈なさらないようにご考慮くださってもよろしいでしょうに」
王族の誕生パーティとなれば一つ一つ贈り物が贈られたとしてもものすごい数となるのは想定内だ。
しかも他国の王族も招待されたとなればさらにその数は増すばかり。
目録を読み上げるだけでどれほど時間がかかるのかということだ。
目録の読み上げすらしないというのはそれだけプリメラへの贈り物の数が多いともとれる。
彼女が夫に誰を選ぶのか、すでに選ばれているのか、ここから新たに選定が入るのか、他国との関係で変わるのか否か――それすら政治のひとつだというのだからため息だって出るだろう。
あの方は、11歳になっただけの女の子なのに。
だけれど、プリンセスに生まれたというだけでその存在自体が政治の駆け引き材料だというのだから小市民の私からすると唖然としてしまう。
「皆さまお待たせいたしました、クーラウム国王アレクサ・サンブルさま、並びに王妃メタリナさま、王太子アラルバート・ダウムさま、第一王女プリメラさまご入場にございます!!」
「!」
「あら噂をすれば! 王家の方々がいらっしゃったわ!」
一斉に拍手が起こる。
先ほどまで美しい音楽を聞かせていた楽団の演奏はいつの間にか止んでいて、多くの貴族が一段高い王族の場所を見つめている。
国王陛下は威厳たっぷりに色々挨拶していたけれど、要するに国は豊かだし娘可愛いし他国にあげる予定はないよ、国内はこれからだね! みたいな感じだった。
ディーン・デインさまは暫定の婚約者。まだまだ国内の貴族子息にチャンスはあるよ、ということかな。
流石に情報通の貴族たちの間でもうディーン・デインさまの存在は囁かれているらしいからね。
で、そのディーン・デインさまはちょっと国王陛下の言葉が難しかったのか小首を傾げていたけど、青系統の礼服に身を包みシンプルな仮面をつけて、お兄さんの方を見ていた。
多分後でなんのことか聞くんだろう。
壇上のプリメラさまはただ口元を扇子で隠しているだけだ。
社交界デビューしていない以上、ご挨拶の口上を述べることははしたないということなんだと思われる。
白を基調としたプリンセスラインには違いなかったけれど、スカート部分そのものが大量のシフォン素材を使用して、更にシフォン素材のカラフルな薔薇がいくつも咲いているのは愛らしさ抜群だ!
用意された仮面は黒のレースでできているかのような、仮面舞踏会に使われる仮面だ。そこにはいくつかの花がやはり添えられているし、プリメラさまの絹糸のような髪は美しくまとめ上げられていて真珠と花が飾られている。
ああーまさにこの世に現れた花の妖精!!!!
可憐なのにどこか危うい色気も感じさせちゃう!! あれっ、プリメラさまの持ってる扇子って前に私がお勧めした一品じゃん?!
やだープリメラさまああああ!!!!
あっ、私に気が付いた! 目元! 目元で笑ってる!! 嬉しそうにしてくれてる!
あああああ可愛い!!!! 本当はそばに行ってそのお姿を褒めて褒めて褒め倒したい!!
「ちょっとユリア、王女殿下が気付いてくれて嬉しいのはわかるけど……その所為で貴女、今ちょっと注目浴びたわね」
「はっ?!」
「一部の貴族は貴女に視線がいったことに気が付いてよ」
「な、なんですと……さすが社交界のプロの方々は違いますね!」
「社交界のプロってなによ」
呆れた叔母さまに、私も自分で何と答えていいかわからず苦笑を返すのだった。