195
「あー。じゃあメレク殿も来たところで今回の話を少しばかりさせてもらおうかと思う」
今一度、サロンに集まった私とメレク、そしてキース・レッスさま。
出入り口のドアにはメッタボンとレジーナさんがいてくれますが、若干キース・レッスさまが笑っていることが気になりますよね。ええ、気になりますね。
「さて、まず何処から話そうか。うぅんと。そうだなぁ、やはりパーバス伯爵の狙いから話そうか」
「狙い、ですか」
キース・レッスさまがメレクを見てそう言ったのを、メレクは気付いているでしょうか?
事情を話すというよりは、聞いておけというような雰囲気なのですが……こういう場ではやはり経験がモノを言うのでしょう、メレクはすっかり生徒のようです。うーんこの先生、今後弟に強い影響出ませんかね……? いえ、キース・レッスさまが悪いとは言いませんが。
メレクがこの方と同じような鬼才の持ち主とは思えません。堅実さと誠実さ、それで生きていくタイプのような……いえ、だからこそ見込まれたのかもしれませんし。
「あのご老体、もうわかっているとは思うが地位に固執するタイプでな。別段他を蹴落としてどうこう、という程の野心家ではなくその辺りは自分の身の丈を理解しているんだろうな?」
「地位に固執、ですか……?」
「そうさ。ユリア嬢はわかると思うが、あそこまで年齢が行って爵位を持っている爺さんってのは少なくもないが、多くもない。大体が子供に爵位を譲って偉そうにふんぞり返るのが大半だし、譲らない連中は譲らないなりに権力を次代に少しずつ渡していくもんなんだが……あの爺さんは違うのさ」
にやりと笑うキース・レッスさま、私の目から見るとこう……悪企みしている王弟殿下を思い出させるんですよね。ああ、こういう系統の人かぁ……って違うかもしれませんけど。
そしてまあ、仰ることはわかります。
王城に勤めていると色々噂とかは耳にしますからね、実際、プリメラさまが陛下といらっしゃる際にご機嫌伺いと称して顔を見せていた方々はお若いとはお世辞にも言えないくらいにお年を召していらしたし、あぁいう方々は少しずつ少しずつ譲っていくことで権力の取りこぼしが無いようにしているのだと私も聞いたことがあります。
すべてを一気に受け継ぐと、当然ですがその情報は膨大ですから……普通は引継ぎとして少しずつ、というのが当然で、そして高位貴族になればなる程人脈も領地内の情報も多くなりますからね、その辺りはまあ察して余りあるというものでしょうが……。
「パーバス伯爵は、息子になにも引き継いでいないわけじゃぁない。だが、自分こそが“パーバス家”の頂点であり続けたい。そういうお人なのさ」
肩を竦めたキース・レッスさまは、苦い笑いを浮かべて冗談めかして「亡霊みたいだろう?」なんて仰いましたが、私は笑っていいのか正直わかりませんでした。
妖怪みたい、なんて思った身からしますと……ちょっとね?
「それじゃあ、メレクに会いに来たというのは口実ということでしょうか?」
「まあ、どこかでエイリップの坊やがうっかりしてくれるのを期待ついででファンディッド家も掌握出来たらしめたものだってところかな」
説明によれば、エイリップ・カリアンさまは次期伯爵の息子ということでパーバス伯爵さまが父について学べばよいという鶴の一声でどこかに所属し社会経験を積むこともなく、お坊ちゃんとして領内の仕事をほんの少し手伝う日々。
その次期伯爵も少しずつ引継ぎをしてもらっているはずなのに一向に進まない引継ぎに、パーバス伯爵さまが地位を譲る気がないのだということに気が付いて最近では険悪な雰囲気だったのだとか。
そこに来たのがメレクの婚約話。劣等感を刺激されまくった彼らが何か失敗してくれることを願うだなんて、身内でそんな醜い争いをするのに我が家を巻き込むの、やめていただけませんかね!!
私のその感想は口に出しませんでしたけど、多分理解はしてくれているのでしょう。キース・レッスさまがうん、と頷いてくれました。
「パーバス伯爵がファンディッド家に向かったと王城で耳にしてな、そんな面倒なことに巻き込んでもらっては困ると思って私も馬を走らせてきた、というわけさ」
「そうだったんですか」
メレクが感嘆の声を上げましたけど、私はそう簡単に納得できませんよ?
ええ、だって私が酔っ払いのエイリップ・カリアンさまに絡まれて泣きそうになってたってのにメッタボンとレジーナさんを止めていたのはキース・レッスさまですよね。
そこには何か裏があったってことですよね。……好意的にとらえるならば、あの二人がエイリップ・カリアンさまを斬り捨てようとする勢いだったのを抑えてくれていたのかもしれませんけど。
「で、まあセレッセ家とパーバス家との仲だが、基本的には別にどうという関係はない。どうでもいい間柄と言ったところかな」
「その割にはあまり友好的とは思えませんでしたけれど」
「ああ、まあそりゃ……あちらの次期伯爵殿がな? 元軍人なんだが……昔私に剣の勝負で負けたのを根に持っていてなぁ! いやぁ、私も若気の至りというやつだ」
「まあ」
からからと笑うキース・レッスさまに思わず目を丸くしていると、今度は楽し気な目を私の方に向けました。えっ、私そういう方向一切関係ないと思うんですけど?
そう思って小首を傾げたところに、爆弾が投げつけられた思いですよ!
「さらに、そこに加えてその息子のエイリップ・カリアンは目をつけていた女が悉くアルダールのやつを選ぶもんだから業が深いとはまさにこのことだと思わないかな?」
「えっ」
「むかーし、それこそアイツが近衛隊に入ったばかりの頃にね。押しの強いご令嬢がいて、のらりくらりとかわし切れない……から付き合う、というようなことがあったんだ。そのご令嬢にエイリップ・カリアンの坊やがご執心だった、ということがあったんだよ。ああ、一応アイツの名誉のために言わせてもらうが、結局心が動かされなかったのかご令嬢の方から飽きられて早々に別れていたよ!」
「は、はあ」
えっ、うーん聞きたくなかったような……知っておいてよかったような!?
じゃああれほどにエイリップ・カリアンさまが私を貶してきたのは、アルダールを貶したかったからってことなんだろうけど……ええーそんな理由が……!?
私、今後アルダールに会った時にこのこと思い出してどんな顔をしたらいいんだろう!?
いや、隠し通そうとかそういうわけじゃないんだけど、あえて話すほどのことでもないかなって思ってたんだけど……聞いてしまったからにはアルダールを前にしたら私の挙動不審っぷりでアルダールに問い詰められる未来しか見えない。なんで私が問い詰められている未来なんだ……?
「まあ、ちょっと予想外だったのがレジーナとメッタボン殿が思いの外ユリア嬢を案じていて、剣の柄に容赦なく手を伸ばしたものだから私としても抑えたわけだが……パーバス伯爵の思いのままにさせた方がファンディッド家にとっても安寧が得られると判断したんだ。ユリア嬢には少々怖い思いをさせてしまったと思うが、アフターケアもさせてもらうからどうか許してくれないかな?」
「……アフターケア、ですか?」
「ああ、明日の朝あたりに到着すると思うんだが……なにせ吹雪いたりと天候にばかりは勝てないからね」
「何が届くのですか?」
「それは到着してみてのお楽しみ、というやつだ」
楽し気に笑うキース・レッスさまに、私とメレクは顔を見合わせる。
それでも、確かにこの方が仰ったように、パーバス伯爵さまが目的を果たされたことで去ってくれるというのが今のファンディッド家にとっては大きなことでもあったのできっとこれで良かったんじゃないかな……ということで、私とメレクは納得することにしたのでした。