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「わた、わたしが……しょだん、する、で、すか……」
お父さまの声が、ものすごく震えています。
レジーナさんに支えられている私から見てもお父さまの顔色が一層青ざめて、震えているのがわかるほどに。
そして対するキース・レッスさまは先ほどまでの楽し気な笑みを消し、真面目な表情でお父さまに向かって頷いておられました。
階下から、お義母さまとメレクも騒ぎを聞きつけてやってきたのでしょう。この奇妙な場にみんなが困惑した顔を見せました。
「そう、貴方が決めるのですよ、ファンディッド子爵。ここは貴方の領地であり、館であり、そして被害者はご息女だ」
「しか、し、……エイリップ殿、は」
「そう、パーバス伯爵の孫にあたる。だが、それだけだろう?」
「私、私が裁くなど……この館には今、パーバス伯爵さまもセレッセ伯爵さまも、おいでなのに……!」
「だがこの場で仕切るべきは君だ。お嬢さんを守ろうとした父親としても、領主としても、責任は果たすべきだろう?」
諭されるように静かな声に、お父さまが私をじっと見つめた。
震えながら、きゅっと唇を噛んでいるお父さまは悩んでおられるようで、私はどうしたらいいのかわからない。でも、お父さまはお父さまなりに答えを見つけたのだろうか、今もメッタボンによって手首を掴まれているエイリップ・カリアンさまに向かって、口を開いた。
開いて、閉じて、を少しだけ繰り返して。
「……明朝、お帰り頂きたい旨をパーバス伯爵さまにお伝えいたします。エイリップ殿は今後、我が家への出入りを禁じさせていただく」
「な、んだと、貴様ァ……ッ」
「……ひっ……! き、貴君は確かに、パーバス伯爵さまのお孫さんだ。だ、だからこそ、出入り禁止を申し渡すだけで済ませたい」
「貴様ッ、貴様……おじいさまの、部下の分際でェ……!!」
「……メレクの婚儀も控えている我が家では、親戚であるパーバス家と断絶のような真似はしたくないんだ……」
思わずメッタボンが押さえているのにエイリップ・カリアンさまが唸り声をあげればお父さまは短く悲鳴をあげていましたが、ぼそぼそとご自分の考えを述べられました。
お義母さまが、そんなお父さまを見つめて同じように青ざめておいででしたが、そちらはメレクが支えてくれているので大丈夫でしょう。大丈夫かなぁ……?
「……お前も、私の、決めたことに、不服なら……」
お父さまが、お義母さまの方を見て、悲しそうな顔をしました。どうしてそんな顔をするのと思わず言いそうになりましたが、キース・レッスさまが私の方を見ていたので大人しく黙りましたが……どこからどこまでがこの方の手のひらの上なのでしょうか!?
「ファンディッド子爵の決定が不服なら、お前も、パーバス家に戻っても良いから……ね?」
「……」
「勿論、異論は聞くよ。きみは、ファンディッド子爵夫人として今までも私を支えてくれた女性だし、私の妻であるし」
「異論は、ございません」
お父さまのどこまでも弱々しい発言に、お義母さまがはっきりと答えました。
むしろお父さまよりも力強いような気がします。顔色は、……それはもう、酷い様子ですけれど。
「異論はございません、ファンディッド子爵夫人として、その判断を支持いたします」
「そ、そうか!」
ぱっと顔を明るくさせるお父さま、できましたらもう少しこの場の空気を……いえ、なんと言いますか、味方が欲しかったんでしょうね。きっと荷が重いと思っておいでだったでしょうし。
それでも一生懸命考えて、きちんとなぁなぁにせずに答えを出してくれたのは、キース・レッスさまがいたからなのか、私が怖い思いをしたからなのか……。
人によってはお父さまのやりようは甘いと思うでしょうが、キース・レッスさまが満足そうにしておいででしたのできっとお父さまは及第点を取れたんじゃないでしょうか?
(だとしても……パーバス伯爵さまが、納得してくださるかどうか)
勿論、キース・レッスさまがお父さまの意見を聞いた、支持すると仰ればこの場では多数決となるでしょう。遺恨が残らない、それが大事ですけど……。
そもそもの、パーバス伯爵さまの目的がよくわからないままこんな状況になってしまって、私の足も生まれたての小鹿のようなままですし? レジーナさんに支えられてなかったらへたり込んじゃいますからね!
多分お義母さまも同じような状況なのでは?
メレクがものすごく何とも言えない表情で、とても強張った顔のままエイリップ・カリアンさまを睨んでましたけどそれは見えなかったことにしてもいいですか。
もうね、私もいっぱいいっぱいなので。
でも絶対後でキース・レッスさまに色々お聞きしないと気が済みません。
どこまでわかってて、どこまでが計算の内で、我が家は利用されたのかどうかとか、聞いたら後悔するんでしょうか。はぐらかされる可能性だってあると思います。
でも怖い思いをしたのは私で、お父さまが助けてくれたしメッタボンとかレジーナさんもこうして側にいてくれますけど、……あぁーなんか納得できない!!
いやいや待つんだ私。キース・レッスさまが余裕ぶってるからそう勘違いしているだけで、本当の本当にただの偶然ってやつだったかもしれないじゃないですか。ええ、その可能性だってあるんです。
なんでもかんでも外交官だから、鬼のような才覚をお持ちの方だから何かしら暗躍しているんじゃないかなんてフィルターをかけて人を見てはいけませんよね!
「それでよろしいかな? パーバス殿」
「……そうですなあ、どう見てもどうやらうちの孫がやらかしたようですからなあ」
「酔ってファンディッド子爵令嬢に絡むなど、少々ヤンチャが過ぎるようですな」
「ふっ、ふっ、孫の教育まではわしの管轄外でなぁ。親の仕事じゃからのう……とはいえ、このような不始末を仕出かすようではまだまだわしは引退できそうもないわ」
階下から聞こえてきたのはパーバス伯爵さまのお声でした。
この顛末を、ご覧になっておられたのでしょうか? それにしては楽し気な声ですし、キース・レッスさまは唇の端だけをこう持ち上げて笑うっていう、なんだか悪役のようですけれど。
「……明朝、準備が整い次第わしらは領地に帰るようにしよう。改めて謝罪と、詫びの品を贈らせていただくのでそれを受け取ってくれるかな? ファンディッド子爵」
「は、はい!!」
「当然パーバス伯爵家当主として、子爵の温情に感謝もした上で厳しく教育し直すと約束しよう。そして出入り禁止も当然のこととして受け入れよう。社交界でもしもお会いした際には近づかぬように、これも加えさせていただく」
「おじいさま!?」
私が階下に視線を向ければ、パーバス伯爵さまが笑ったお顔が見えました。
皺を深くして、それはもう、それはもう楽し気に……! 音にするならにまぁって感じでしょうか。
ヒィ、妖怪がいるよ!?
思わずそう思っちゃいましたけれども勿論声にも顔にも出しませんでしたよ!?
私は空気が読める女、そうでしょう?
いや、ちょっとビビって思わずレジーナさんにしがみつく手に力が入りましたけどね!
「引退も考えておったが、孫の教育もろくにできん息子にはまだまだ任せられんしのう……この老骨がきちんと、二人を、教育し直すとしよう……!!」
パーバス伯爵さまの宣言に、エイリップ・カリアンさまが大きく目を見開かれました。
キース・レッスさまが、小声で「やれやれ」なんて言っていたのできっとこうなるとわかっておられたのでしょうね?
その後はキース・レッスさまがお父さまに声を掛けて、この場は解散となりましたが……私はレジーナさんに支えられたまま、去ろうとするキース・レッスさまに声を掛けさせていただきました。
あちゃーみたいな顔をしてましたが、しょうがないよね、みたいなお顔も同時になさったので説明する気はあると思っていいんですよね……!?
さあ! キリキリ! 話していただきましょうか!