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私が慌てて玄関ホールに行くと、そこには確かにセレッセ伯爵さまがおいででした。
また雪の降る勢いが増していたのでしょうか、羽織っているコートの肩に白く積もる雪を払っておいでで……そのお姿の前に、おろおろしながらコートを預かるよう指示しているお父さまの姿も見えます。
「せ、セレッセ伯爵さま……!」
「おお、ユリア殿お久しぶりだ!」
にっかりと人好きのする顔で笑ったセレッセ伯爵さまは私に対してとても友好的な態度を見せたものだから、お父さまがまた奇妙なものを見る目で見てきたよね!!
いやだってお父さまのお仕事で面識があるかはわからないけど私は社交界デビューの折にご挨拶してるんだって手紙で伝えたはずだったけど……お父さまったら忘れてるのかしら。いや、お父さまのことだから覚えているけど実際に目にするまで信じられないとかそういうオチか。そういうオチなのか!
「お久しぶりでございます、お越しになったと聞いて驚いて……!!」
「ああ、職務で通りかかったところ、ユリア殿が帰省しておられると耳にしていたから寄ってみたんだ」
「セレッセ伯爵さまが私に? 御用が?」
「いや、用はない。と、いうか私のことはキースで良いのだよ?」
「えっ」
「ふふふ、私の可愛い後輩の、愛しい恋人であることだし! それに社交界だけでなく園遊会でも実に有意義な時間を過ごさせてもらった貴女を友人として思っているのだよ。だからこそこうして挨拶にも来たという次第だ」
「は、はあ」
え。友人認定ですかそうですか。
いつの間に? いえ、ありがたいというか……そうか、アルダールの先輩なのよね。そういえばお世話になったとかなんとか言ってたものね! 規格外な先輩だったっていうのは覚えてます!!
ニコニコ笑っているセレッセ伯爵さまが、鬼のように強い方だというのはちょっと想像できませんけどね……?
「それにしても客人がおられたのかな、ファンディッド子爵殿」
「は、はあ、その、パーバス伯爵さまがメレクに会いに来てくださいまして。あの、セレッセ伯爵さまもご家人の方もよろしければ粗茶となりますが暖まって行かれてはいかがですか、吹雪いてきたようですから」
「む、良いのかな? それはありがたいことだ!」
お父さまの申し出に、にっこり笑ったセレッセ伯爵さまがいる。
え、ええー……いやお茶くらいお出しするし吹雪の中出て行けとか勿論言いませんよ? メレクにとって未来の義兄になられるお方ですし。というか、この人本当にただ寄っただけなの? このタイミングで!?
色々思わないわけがない!
が、聞けるわけもない……!!
「キースさま!」
「おお、メレク殿。お元気そうで何よりだ」
「はい、キースさまも。お越しになるとはついぞ知りませんでお出迎えが遅くなりました。申し訳ございません!」
「ははは、いやいや。急に訪ねてきた私が悪いのだよ!」
穏やかな笑みを見せるセレッセ伯爵さまと、メレクが握手を交わす。
思っていた以上に二人は仲が良いのかな? ええと、その前にお茶の準備か。と思ったけれどそれはもうお父さまが指示しているから……。
「ユリア、……私はパーバス伯爵さまたちに来客があったことをお伝えせねばならないからね、セレッセ伯爵さまをご案内しておくれ」
「は、はい!」
「メレクもだ」
「はい、かしこまりました」
お父さまは困ったような顔をして、いや実際困ってるんだろうけど、まあパーバス伯爵さまに内緒にするのも変な話だし……とはいえこのままセレッセ伯爵さまを立ちっぱなしにさせるなんてとんでもないしね。
家人の方々を侍女たちに任せて、私はメレクと共に再びサロンの方へと案内することにしました。
幸いにもお茶菓子はさっきのお茶会の為に大量に作ったはずだから、大丈夫だしね。
騒ぎを聞きつけたレジーナさんも慌ててやってきて、セレッセ伯爵さまを見てびっくりしていました。
「セレッセ伯爵さま……!?」
「おう、レジーナじゃないか。久しぶりだな!」
「お久しぶりでございます」
丁寧にお辞儀したレジーナさんも、そうかぁ騎士時代のセレッセ伯爵さまに声を掛けてもらったことがあるって言ってたしね。
なんだか混乱してしまいますよ……!!
「ははは、突然来たからすっかりユリア殿も驚かれてしまわれたようだなあ」
「それは、はい。その通りです」
「いやなに、本当にただ寄っただけなのさ。……折角お近づきになったのだから、できれば良い関係でありたいだろう?」
朗らかに、だけれど目つき鋭く廊下の方へとセレッセ伯爵さまが視線を向けられたその先にはエイリップ・カリアンさまがいるのが見えましたが、直ぐにどこかへ行ってしまわれました。
まあ領主館とはいえそこまで広い邸宅ではありませんので、遠くへということはないでしょうが。
……もしかして、パーバス伯爵さまがちょっかい出しているのを直接牽制しに来られたとか?
まさかね……? いやでもセレッセ伯爵さまってとても優秀な方なわけで、そんな人が自分の妹が結婚する相手の家で起きている問題とかに気付かない方があれか、あれなのか!!
いや、まあある程度は予測してましたけど。そんなに我が家では対処しきれないって思われてたのかなあ、それはそれで落ち込みますよ……?
「どうぞ、今お茶をお持ちいたしますので」
「ああ、ありがとう」
「メレクも座っていて」
「ありがとうございます姉上」
二人に座ってもらって、私は給仕の侍女たちにもう少し暖炉へ薪をくべてくるように指示をしました。
吹雪いてきたからでしょうね、先程よりも少し寒いなと思ったので……。暖炉は一階にあるから熱が届くのに時間がかかるんですよ、まあしょうがない。ここは王城じゃないから熱の伝わり方とか魔法が使われているとかそういうのがないんだもの!
王城ってやっぱりすごいわあ、いわゆる先端技術がふんだんに使われている場所なんだから! それこそ当然だけど。
「……セレッセ伯爵さま」
「キースでいいじゃないか、ユリア殿もメレク殿がうちのお転婆妹と結婚したら縁戚となるんだし」
「……」
うん? なんかこの名前を呼ぶやり取り、どっかでやった覚えがあるけど。
まあそれは置いておくとして。
「では失礼いたします、キース・レッスさま。挨拶にわざわざお越しくださいまして、ありがとうございます。お急ぎでお帰りなのでしょうか」
「いいや? もしこのまま吹雪くようならば、泊めていただけたらありがたいんだが。なぁ、メレク殿」
「えっ? いえ、当家としては勿論、喜んで歓迎させていただきますが……」
「ありがとう!」
……なんだろう?
揉めごとの気配がするんだけども!?
そう思う私の考えに気付いているんだろう。セレッセ伯爵さま……じゃなかった、キース・レッスさまが、にやりと笑った。
「なぁ、ユリア殿。どうせだったらアルダールのやつが近衛隊に入ったばかりの頃の話、聞きたくないか?」
「えっ!」
「色々あるぞ、なにせ私が彼の指導係だったから」
「まあ……それは、ええと、はい。是非とも……」
あっさり釣られたとか言わないで。
だって聞きたいじゃない。聞きたいじゃない!!
ちょっと裏がありそうとか揉めごとが、とか。
まあ、どっちにしろもう家の中に入れちゃった段階で、避けようがないんだけどね……!
「じゃあまあ、何を話そうかな……」
アルダールには、内緒、かな?