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お父さまとなんだか少しだけ分かり合えた気がする。
それだけでほくほくした気分になるんだから我ながら単純だなあと思うんだけど、しょうがないよね! 素直になるってこんなに大事!!
とはいえ、私もお父さまもお互いになんだか恥ずかしくって、お互いにちょっと笑い合ってからぎくしゃくしたままサロンを後にしたんですけど。良い大人が拗らせるとこうなるって学びました。
だからってまあ即座に変われるわけじゃないけど、まあ一歩前進です。一歩前進です!!
こうして考えると、アルダールが家族と向き合ったってすごいことだなって思うんですよ。
私の為に色々考えて、ご家族と話してみた、なんて軽く言ってくれてましたけど……あの人は、本当にすごいなあと実感します。私なんてこの体たらくですからね!!
お父さまと会話するのでさえこんなに大変だったんだからアルダールの複雑さを考えたら、ね?
(お義母さまとメレクは……きっとまだ時間が必要よね、パーバス伯爵さまたちは客室でお休みでしょうし、あまりウロウロしても良いことはなさそう)
「ユリアさま」
「レジーナさん?」
「先程はお疲れさまでございました」
「いいえ。レジーナさんもお役目とはいえ、休暇中にごめんなさい。もう今日は夕食まで何もないから私も自室で過ごそうと思うので、貴女もゆっくりしてくださいね」
「ありがとうございます。では、お部屋までお送りさせていただきます」
「……ありがとうございます」
さすがに実家だからだいじょうぶですよ、とは言いかけて素直にお礼を言いました。
なんせパーバス伯爵さまもいらっしゃるわけですし、レジーナさんはなんと言ってもお役目な訳ですし、私が妙な遠慮をする方が失礼なんだなと思い直しましたんです。だって私が自分の職務として付き従っている時に必要ないって言われたとしてですよ。そういうわけにはいかないでしょう?
それに、レジーナさんは職務であることだけでなく、私を気遣ってくれているその好意が私にも感じ取れるんです。だからそれは、お礼を言うべきです。
「ユリアさま、どうぞ遠慮などなさらないでくださいね。私も、メッタボンも、貴女さまがお望みでしたらば今日直ぐにでも馬車を出していただけるよう御者殿にお願いして準備を整えてみせますから」
「レジーナさん?」
「ここがユリアさまのご部屋でございましたね。何か必要なものをお持ちしましょうか、それとも侍女の誰かを寄越しましょうか」
「いいえ、大丈夫です。……レジーナさん、大丈夫ですよ。私は案外図太いのです」
多分、だけど。
直接的な物言いをしないけれど、きっとレジーナさんは先ほどの茶会で、エイリップ・カリアンさまが私を貶したことから心配してくれているんだろう。あの人が何か言ってきて、私が傷つかないように。怒ったり悲しむくらいなら、とっとと目的を果たしてどこかに行こうって言ってくれているんだと思う。
どこで誰が聞いているかわからないから、ものすごく曖昧に、だけどいつでも出て行けるよって。
ちょっと過激だけど、レジーナさんも武人だからね。
これがメッタボンだったら『あの坊主が……』とか超直接的なこと言い出しそうだけどね!?
まあ、あの場にメッタボンがいたらまずエイリップ・カリアンさまが噛みついてそれをものともせずにメッタボンが張り倒して終わりそうで、あ、それダメなパターン。
思わずそれを想像して笑ってしまって、レジーナさんが不思議そうな顔をしました。
「いいえ、レジーナさんが一緒で良かったと思って。もしあの場にメッタボンがいたらどうなるかなとちょっと想像したんです」
「ああ、メッタボンでしたら……碌なことになりませんね!」
「それも、涼しい顔をして、でしょう?」
「それで私が怒るんでしょう、ユリアさまに迷惑をかけるんじゃないって」
「ええ」
レジーナさんも想像したんでしょう、くすくす笑ったその顔は、とても楽しそうでした。
二人揃って部屋の前でくすくす笑って、私がドアを開けるとレジーナさんはすっとお辞儀をしました。
「いつでもお呼びください」
「……ええ、ありがとうレジーナさん」
「いいえ。私はきっと恐ろしい顔をしていたのでしょう。ユリアさま」
「そんなことはないですよ」
「メッタボンではありませんが、私も相当気が短い方です。貴女に何かあるのでしたらば、剣を抜くこともやぶさかではございません。どうぞそれを覚えておいてくださいませ」
「えっ」
「それでは失礼いたします」
「いやちょっと」
「夕食の時間には侍女と共にお迎えに上がります。どこかにお出かけになる際はお声をおかけくださいませ」
「レジーナさん?」
ちょっとかなり物騒な言葉が出ましたけど!? 私のために剣を抜くってなんだ!?
まるでなにか起こるみたいなことは言わないで欲しいんだけど……こういうのってあれですよ、前世で言うフラグを立てるようなことは止めようね!?
っていうツッコミができるはずもなく、ドアが閉められて残されたのは呆然とする私だけですよ!
なんだこのオチ。
さてさて、だからってただ突っ立ってるのもなんですよね。
だからって自室に戻ったところでなにかすることがあるわけじゃないんですけど……あっ、そうですよ折角ですから王女宮のみんなに手紙でも書いてみようかな。
よくよく考えたらプリメラさまにお手紙って初めてかも! あっ、これ良いアイデアじゃないですか?
侍女を呼んで便箋を用意してもらって、私は早速真新しいインクのツボを開けて考えます。
(どんな内容がいいかな)
こちらは雪が深いです、みんな風邪はひいていませんか……とか?
いやいやもうちょっとしたら帰るからそこまでじゃなくてもいいか。
雪が降る中でもレジーナさんとメッタボンがいて退屈しなかったこと。
王太后さまとプリメラさまに感謝していること。
ファンディッド家の家族はみな元気であること。
親戚が挨拶に来てくれたこと。
それらを手紙に書いていると、なんだか気持ちがあったかくなりました。
……そうですね、ちょっと神経質になっていたかもしれません。パーバス伯爵さまのことだけでなく、私は色々と考えすぎたりすることが多いですから。
反省していこう。
アルダールにも、手紙を書いてみようかな……?
いや確か彼のお休みは私とちょっとしかずれてなかったんだよなあ。
手紙の封をしながらのんびりとそんなことを考えて、あぁお茶が欲しいなと思って呼び鈴に手を伸ばしたところでやや乱暴なノック音が聞こえてきました。
「お入りなさい」
「し、失礼いたしますお嬢さま! あの、お嬢さまに来て欲しいと旦那さまが……!」
「お父さまが? どうしたの?」
「あの、きゅ、急な来客がございまして」
「来客?」
「は、はい!」
「一体、どなたが?」
正直なところ、ここファンディッド家は大した貴族ではないのでそんなに来客ってないんですよ。
近所の村でチェス好きの村長さんがお父さまと勝負するために来てたのを子供時代に見た記憶はありますけど、この焦りようではそういうのではないですよね? 絶対違う。
私の問いに、侍女は緊張しているのかやや青い顔で言葉を続けました。
「せ、セレッセ伯爵さまにございます……!!」
「え?」
なんで?
私の頭に浮かんだのはたったその三文字でしたよ。
な ん で ?