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「ようこそお越しいただきありがとうございます、パーバス伯爵さま」
「なんのなんの、久しぶりだね。ファンディッド子爵も元気そうで何よりだ」
午後になり、馬車が到着した。
色々準備は済ませたけれど、お父さまとお義母さまの緊張が半端ない。左右の手足が同時に進む人ってそう見ないよ……どんだけ緊張してるの? 一応親戚関係でしょうと言いたいけれど我慢です。
現れたのは、三人の男性でした。
お父さまとお義母さまが頭を下げた先に、小太りの老人が杖をついて笑っている。あれがパーバス伯爵さまかぁ……うん、やっぱり見覚えはない。仕事柄、関係ある人間の顔は覚えているものです。
まあ、お父さまの職場というのもあまり王城内で行われるようなものではありませんし仕方ないですね。
そしてパーバス伯爵さまの一歩後ろに立つ中肉中背の男性、お義母さまと面差しが似ていらっしゃることからあの方が次期当主でしょう。この方も見覚えはございません。
そしてその後ろ。あの人は見覚えがあります。
王城で私に何度か声を掛けてきた『伯爵家所縁の方』ですね! 案外近い血縁だったのかぁ。
年の頃は私と同じかそれより少し上といったところだと思うんですが、小馬鹿にした表情でお父さまを見ていることに若干、こう……苛立ちを覚えます。
伯爵の直系にあたる孫、ってとこでしょうかね。だとしたら爵位持ちの人間に対してあの不遜な態度はないと思うし何故それを父親なのかわかりませんが、次期当主が咎めないのか理解できません!!
まあ、そんなはらわた煮えくりかえるような気持ちだって顔には出しませんし?
まだ当主同士のご挨拶の途中ですし? 一見パーバス伯爵さまも友好的にお話をしてますが、うん、まあお父さまは完全に相槌打つだけになっちゃってますけども。
「失礼いたします、お父さま」
「ゆ、ユリア?」
「ご歓談中申し訳ございません。お父さま、よろしければ私をご紹介いただけませんでしょうか?」
私が声を掛けると、パーバス伯爵さまが目を細めて私に向けました。値踏みされているようですが、あちらは即座に柔和な笑みを浮かべ手を差し出してくる辺りお父さまとはやっぱりちょっと違いますね……!
「おお、こちらがファンディッド子爵の娘御か! お噂はかねがね聞いておりますぞ、なんでも王女宮で筆頭侍女として勤めるだけでなく、数多の貴人に顔が利くという。是非に我が家とも、仲良くしてもらいたいものだ! わしはパーバス伯爵家当主、マキシア・ニマムと申す。隣にいるのは次期当主でわしの息子、マルム・フリガスでその後ろにいるのは孫のエイリップ・カリアンじゃ。メレクとは従兄じゃでな、良き友というよりは兄のようなものになれるかと急遽連れてきたのじゃが……まさか追い返したりはせんじゃろう?」
にぃ、と笑った老人は、私を試すつもりなんだろうか? それとも急なことにあたふたするお父さまを見て嗤いたいのだろうか。どちらにせよ意地が悪い気がするが、私は微笑んで見せた。
「御自ら丁寧なご挨拶、いたみいりますパーバス伯爵さま。ファンディッド子爵家長女、ユリアと申します。ご存知の通り、王城にて王女宮筆頭侍女を務めておりますのでどうぞ今後ともよろしくお願いいたします」
優雅に一礼して見せて、私が振り向いた所にいるレジーナさんを目で呼ぶ。
本当なら彼女を紹介する必要はないのかもしれないけれど、念には念を入れて。何かあってからでは色々、問題が生じてしまうからね!
「今回、王城から護衛騎士隊のレジーナ殿が私の護衛についておられましてご紹介をさせていただけますでしょうか。特別今回の話し合いなどには参加することはございませんが、彼女が同席することも多いかと思いますのでよろしくお願いいたします」
「レジーナと申します、ユリアさまの護衛としておりますので私のことはお気になさらずご歓談くださいますよう」
レジーナさんの優雅な一礼も流石ですが、とにかくこれでまずは私の方へ意識を向けさせることには成功したようです。メレクはまだ緊張していますが、お父さまとお義母さまはちょっとほっとしてますよね? もう、そういうところ顔に出しちゃだめじゃないですか。
「お客さまをいつまでも立ち話させては失礼です、お茶の用意をさせてありますのでまずはそちらでお寛ぎいただけますでしょうか。お孫さまもお越しいただけたとのこと、お部屋の準備も直ぐに済ませますので」
「おお、おお、ありがたい。王女宮で侍女たちを束ねるその手腕、是非とも見せていただきたいものですな!」
「まあ、お恥ずかしい。ここではただの子爵家の娘に過ぎませんが、のんびりとお過ごしいただけるよう尽力いたします。折角メレクの祖父として今回のこと、お祝いに来てくださったとのお話ですから」
あからさますぎる挑発だな!?
まあ、私もその程度なら気になんかしませんよ。慣れっこですからね!
侍女を呼んでお客さま方のお荷物を預かり、あちらの侍従たちと共に客間の案内。
もうお一方増えたところでその可能性は考えてましたからね! もう準備済みさ!!
まあ、まさか連絡もせずに人を増やしてるとか。どんだけ下に見られているのかしっかり感じ取らせていただきましたとも。
とはいえ、喧嘩腰になってはいけません。
今回はそう、ただの親戚付き合いですから。
準備させておいたサロンには、メッタボン特製の菓子のほかにミッチェラン製菓店で買ったお土産、ファンディッド家にある中では最高峰の茶器。
侍女たちに振る舞いの教育は最低限しましたが、付け焼き刃にしては上手くいったんじゃないでしょうか! 時間があんまりなかったからしょうがないんだけどね!!
「どうぞお座りくださいませ。外は大層お寒かったことでしょう、暖が足りないようでしたら薪をくべさせますのでご遠慮なく申し付けてください」
「……感謝しよう、流石は王城で侍女をなさっていることはある。ファンディッド子爵もさぞかし鼻が高かろう!」
「い、いやいやははは……」
お父さま、笑い方がものすごくわざとらしいです。
思ったよりも本格的なもてなしをされたことにパーバス伯爵さまが一拍置いてから満足そうに笑った。
パーバス伯爵さまのお好みは、温かいお茶にブランデーたっぷりだと思われる。
お義母さまの兄である次期当主は好みが不明。あまり仲が良くなかったから、とのことだけど……。
うん、あれ。あんまり情報ないなと思ったでしょう、私も思いました。
とりあえずお父さまもあれだけ平身低頭な割に職場でもそこまでパーバス伯爵さまと接触があったわけではない、というか好みを知るほど近くにはいなかったようで……。単純に上司ってのは偉いもの、逆らっちゃいけないものみたいな考え方だったようです。
それはどうなのかな……? って思わなくもないですけれども、まあ今言ってもしょうがありません。
とりあえずメッタボンと料理人にも協力をお願いしたところ、二つ返事でオーケーをもらってあれだけの茶菓子を用意したんですが……。わあ、なんだろう。ファンディッド家の料理人たちの顔が輝いて見えたのはともかくっていうか地元のお菓子ですら輝いて見えるってどういうこと? ……とても良い交流が持ててたんでしょうか、後でそこも聞こうか!?
丸テーブルに全員が着席したことを合図に、執事と侍女が茶を淹れる。うん、手筈通り。指先まで注意を、と何度も言ったことがきいているのかみんな上手にできました! 後で何か労ってあげたいですがなにがいいかなあ、ボーナスとかはさすがに無理なんで……王城に戻ったらまたミッチェラン製菓店のお菓子送るとかでもいいですかね。
私の給仕についた侍女が、『できてますか』と言わんばかりの不安そうな目を私に向けていたので小さく頷いてみせると、彼女は嬉しそうに笑いました。
うん、そうです。
侍女だって、すごい仕事ができるんですよ。小さいことですけど。だから自信を持って、私もこの場に臨みましょう!