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「お、お前たち、ちょっと落ち着かないか……?」
お父さまが、動いた……!
と言っても声、ちっちゃい……!!
頑張ってお父さま。
思わずテーブルの下でぐっと手を握ってお父さまの様子を見ます。なんか冷や汗かいてる気がしますが、私の呼びかけに行動を起こしてくれた、それがものすごく嬉しい……!!
改めて私はお父さまとコミュニケーション、足りてないんだなあと思いましたよ。
父娘なんだから、とか。お父さまの方が大人なんだから、とか。
でも私だって大人になったけど、全然うまくできてないんだからお父さまができなくたって文句なんか言えるはずもないのよね。寧ろお父さまは今まで頑張って来てたんじゃないのかしら。
見た目が悪い娘はよくわからないけど無愛想で大人びた行動ばっかりして、頼みにするはずの妻は若くしてこの世を去り、そうしたら今度は上司から娘を押し付けられて。
そもそもお父さまは、貴族としての責任というものが、好きじゃないんだろうなって思う。
大公妃殿下との事件の時に、そう感じたのよね。
私自身、見えないふりをしていたけれど、お父さまは……きっと、下手をしたら私よりもずっとずっと、不器用で、きっと貴族に似合わない人だったんだ。
子爵って立場にあるんだし、大人なんだし、父親なんだし……ってそうやって私はお父さまを見てきた。
でも、それ自体が間違っていたのかもしれない。お父さまっていう、個人は。とても弱くて、優しくて、頼りなくて、誰よりも多分静かに生きていけたら良いとか、そんな感じだったんじゃないのかなあ。
それが悪いとは思わない。私だってそんな風に、モブとして埋もれて生きていくんだろうなあって常々思ってるし。
(うん? なんかそう考えると私、随分モブのはずなのにモブっぽくない生活してるなあなんて……)
いやいや、今思う所じゃなかったね!
私は変わらずモブですよ! プリメラさまの後ろにいつも控えている筆頭侍女ですとも。
さて、そんな風に私が考えている中でお父さまが声を掛けた二人と言えば……おっと、反応がどっちもびっくりしてるってどういうことだろう。どんだけお父さまがいつもこういう時声を上げないかが察せられてなんだかかなり、うん、かーなーり、切ないんだけど!? 娘として超切ない。
「ち、父上。いかがなさいましたか?」
「あなた、今は私とメレクが話しておりますので、少しお待ちくだされば……」
「い、いや……その、お前たち、少し落ち着いて話をしようじゃ、ないか……。ええと、ええとだね」
(お父さま、ファイト!!)
当主らしく、とは今更ですが。
それでもお父さまの言葉を二人がびっくりして聞いているので、とりあえずヒートアップした二人が落ち着いたようです。なんかちょっと思ってたのと違うけど結果オーライ……?
とりあえず、お父さまも色々思う所はあったのでしょう。かなり躊躇ってから、彷徨わせていた視線を二人にもう一度しっかりと向けて、でもちょっと泣きそうな情けないお顔を見せました。
なんでしょう、大丈夫でしょうか。
メレクはハラハラしてるし、お義母さまはちょっと怪訝な顔をしてるし。
あれっ、うちの家族なんでこんなにも色々おかしな感じなんでしょう!?
おかしい、っていうのは表現として変かもしれませんけども。おかしいなあ、割とごく一般的な貴族家庭だと思ってたんですが、私とお父さまの問題だけじゃない……?
お父さまとお義母さまが愛情に満ち溢れた夫婦とは思ってませんでしたし、大公妃殿下との問題があってからは頭が上がらないってのはなんとなく察してましたけど、メレクまであの視線ってどういうこと?
いやまあ、お父さまはちょっぴり……いや、正直かなり頼りにならないところが多いけれど決して非道な領主ではなかったし、領民から案じられることはあっても好かれている方だったと思う。だから新年祭にどくだみの花束……ああ、うん……。
ともかく! 確かに家庭人としてはちょっとアレかなって思うことを仕出かしましたし、私もそこのところは思うところがないわけではありません。が、あそこまで二人がお父さまの態度に対してあんな感じになるなんて?
疑問符しか頭に浮かびませんよ?
これは私の知らないところでなんか色々やってたってことですかね……!?
「まずはね、我々は今、揉めている場合じゃあないんだと思うんだよ。こうしている間にもパーバス伯爵さまはこちらに向かっているのだろうから、お客さまをお迎えする準備は私たち当主夫妻の役目だ。そして子爵夫人であるお前が、ユリアにそれを連絡しなかったことについては、その……どういうつもりだったかは、今は、聞かない」
「あなた……!!」
「メレク、もう一度確認しておくよ。パーバス伯爵さまが、祖父としてアドバイスをしてくださる分には聞くけれど、パーバス伯爵家としての意見であれば受け入れる気はないのだね?」
「は、はい!」
「ああ、なんということだ……うん、いや、……しかし、なんということだ……」
お父さまは呻くようにそう呟いて、天井を見上げています。
その顔色はあまり良くないように見えますが、それでもお父さまは泣きそうな顔のまま姿勢を正して私たちを見渡しました。
「パーバス伯爵さまがどのように態度を見せられるかはわからない。私などでは政治的にも貴族的にも敵わない、経験豊富な方だ。当然、もし先方がそのおつもりであればまだ若いメレクでは言いくるめられてしまうかもしれない。それならそれで最初から、パーバス伯爵家の後ろ盾を得る、そう考えた方がずっと楽かもしれないよ?」
「父上、僕は……!!」
「うんわかっているよ、メレクはメレクとしてファンディッド子爵家を思ってくれていることも。だけれどね、人には分相応という言葉がある。我々は器用で、そして優れた人間であるとは考えずに地に足をつけて生きるべきだと私は私の父から教わった。それをお前にも伝えていたつもりだよ」
「……僕は、セレッセ伯爵さまが僕をお認めくださったのは、父上が仰る『地に足をつけて生きている』ことに加えて姉上という生き方を見ていたからだと思っています。僕は特別なことをしようとしているわけではありません。きちんと、筋を通したいだけなのです!」
「……そうか……」
「父上は、ファンディッド子爵であられます。同時に、僕は次期当主としてこのお話をいただきました。本来であるならば、八方丸く収まるようにするのが優れた領主たる資質かと思います。ですが……」
メレクが、ちらりとお義母さまを見ました。
お義母さまはどんな顔をしていいのかわからない、という感じでしょうか。
私としてはまだ口を挟むタイミングではないなと思うので、黙っておりますが……うん、あの。お父さま、ちょっと弱腰すぎるっていうか、私の記憶にないお祖父さまの仰る『地に足をつけて生きる』は多分意味が違うような気がするんですがどうなんですかね……?
でもお父さまが、当主らしく私たちの話を聞いてそれで判断をしようとする姿に、若干の感動を覚えています。だって最近見たお父さまの姿が、大公妃殿下にメロメロだったり私に同情するあまり泣き崩れる姿だったりとかだったものですから……。
「母上は、どのようなお立場でものをお考えになっているか、僕もここではっきりさせたいと思います。できれば、パーバス伯爵さま一行がご到着する前に」
「おお、メレク……! 私は、私の行動はファンディッド子爵家のためのものなのよ!?」
「母上!」
「メレク、メレク。落ち着きなさい。……お前も、声を荒げるものではないよ。パーバス伯爵さまがお前に目をかけてくれるのが嬉しいのだとしても、今回はメレク主導の話でいこうねと私からも言ったじゃないか。お前もそれで良いって言ってくれたのは、あれは偽りだったのかい?」
「いいえ、いいえ。あなた。でもメレクは私たちの息子で、ファンディッド子爵家の跡取りなんですよ! 誤ったことが起きて、セレッセ伯爵さまから婚約を反古されるようなことがあったら……!!」
「あ、あのう」
ああ、もう。このままじゃあ話が進まない。
メレクも冷静なようでかっかしているし、お義母さまはこの調子だし、お父さまはどちらかというと長いものに巻かれた方が楽なのにっていう態度を隠しきれてないし!
カッコ悪い喧嘩をしよう。そう決めてはいたけれど、先ずは私、家族に嫌われる覚悟でこの問題解決から頑張りたいと思います!
話が進まない、ととうとう主人公覚悟を決めた!!