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180 強くなれない、けれども……

今回は初めての『お父さま』目線です!

 娘の眼差しが、辛い。

 目の前で息子と妻が言い合いをする姿にもげんなりするし、確かに自分が動くのが本来ならば正しいのだとわかってはいる。わかってはいるんだけども、どうしてこう……静かに、穏やかにいられないんだろう。

 私はファンディッド子爵家を継いで、真面目にやってきた。


 初めの妻は親戚筋からの紹介だった。美しく聡明で、明るい性格で私の手を取って共に歩いてくれるその姿にいつだって私は笑顔でいられた。

 娘が生まれて、あまり美人じゃないのは男親に似たためかとしょんぼりしてしまった時にも、妻は笑って慰めてくれた。

 可愛い娘だ、自分たちの娘だと……それもそうだ、見た目の器量だけが女性の魅力ではないなぁと反省したのが懐かしい。


 けれど、その妻を亡くして絶望した私に残されたのは、幼い娘。まだ母親の死を理解していないであろうほど小さな娘を己が一人で育てていくのかと思うと、不憫でならなかった。仕事をしながら、どう接していいのかわからない日々に使用人たちへ娘を預けるばかり。時折妻が大事にしていた花壇の花に、水をやる程度の父親をあの子がどう思っているのかとちょっとばかり恐ろしくすらあった。

 良い父親ではない、という自覚はあったから。

 成長する娘は亡き妻にやっぱり似ていなくて、それでもきっと幸せになれるよ、大丈夫だよと応援してみると娘は何とも言えない表情を見せてくる。ああ、やっぱり私は父親として上手くできてないんだなあ、と落ち込みもした。

 決して娘との関係が悪かったとは思わない。

 聞き分けが良い娘に甘えていたのが悪かったのかもしれない。


 後妻として紹介されるままに迎えた、パーバス伯爵家の娘さんは世間知らずなところが可愛いと思ったけれど、彼女も私のような男やもめに嫁ぎたかったわけではなかったんだろう。私はまだ、亡き妻を想っていたし、後妻であるフランは恋を知らない女性だったから。少なくとも私に対しては義務と責任、それを持って嫁いできた女性だった。

 それでも互いを尊重し、助け合う形をとれていたと思う。ただ、あまり娘との関係が良好とは思えなかったが……そこは時間が解決してくれると、思っていた。


 そして娘のユリアが、慣例通り王城に行儀見習いに行った。

 そこまでは、とても平穏な生活だったと思う。愛した女性に先立たれた以外は、子供は健康で領地は貧しいながらも平和で、迎えた後妻との間に長男も儲けたから跡取り問題も解決。ここまで順風満帆な生活に胸を撫でおろしたって良いと思う。

 大した才能も才覚もないのならば大人しくして長いものに巻かれ、領民を飢えさせることなくファンディッド子爵家を続かせよ、という先代の言葉を守って静かに暮らしてきたし、息子のメレクに跡目を譲った後も静かな隠居生活を送るつもりだった。

 ユリアは見た目があまり良くないけれど、優しいし頭の良い娘だから同じ子爵家か、少し劣って男爵家で良縁を探してあげられないだろうかと思っていた矢先に『王女殿下の専属侍女になった』と帰ってこなくなり……あとはあれよあれよという間に王城の侍女となり、なんと王女宮の筆頭侍女になり、という躍進ぶり。


 そんなのは、ファンディッド子爵家という平凡な家柄には不似合いすぎるほどの話で、下級貴族の生まれであるユリアがそんな無理をしてまで仕事という道を選ぶほど結婚に関して絶望していたのだろうかとこちらまで心配になった。

 ところが何度いつ戻って来てくれても構わない、穏やかな相手を探してあげるからと見合いを準備しようとするたびに仕事が好きだから大丈夫だというのだ。なんて健気なことだろう!

 侍女として頭を下げる生活よりも、下級ながらも貴族夫人として傅かれる方が良い暮らしだってできるだろうに……やはり私が父親として足りなかったのか、と落ち込んだ。

 その上ユリアが働いていることで、パーバス伯爵家側から何か言われたのか後妻であるフランも色々言われたのかもしれない。早く結婚させるべきじゃないのかとせっついてくる。


 ああ、平和な生活を送りたいだけなのに。

 一体どうしてこうなったんだろう、その時はそう思った。


 それから時間が経って、私の失敗をユリアが助けてくれて、だけれどそれが原因で私は自分の家なのに肩身が狭くなって……いや、自業自得だ、そこは仕方ない。

 メレクにはいずれ家督を譲ることは当然のことだったし、それが少し早まるだけで、逆に言えば肩の荷が下りるのだからありがたいと思わなければ。私はファンディッド子爵家を継いだ身であったけれど、やはりその器でなかったのかもしれないと昔から思っていたのも事実。

 気がつけば、メレクはセレッセ伯爵さまの妹御と婚約の話が内定し、ユリアはバウム家の子息とお付き合いをしているという。


 おそらくは、いずれも利権があってのことなんだろう。

 ユリアは王女殿下とバウム家嫡男の婚約を、より良い形にするための政略が含まれているのだろう、だけれどそれが理由であっても結婚は決して愛情だけが全てではない。友情でも良いし、とにかく情があればうまくやっていけるはずだ。それが貴族の結婚というものなのだから。もしかすれば愛情だって育つかもしれない。バウム家は実直な人間が多いと聞くから、ユリアに対して酷い振る舞いはしないだろう。

 メレクとセレッセ伯爵家のご縁というのは、遠方に嫁いだ妹が繋いだものだとメレク本人から聞いた。

 私には繋いでやれない縁だと、情けなく思ったが……うん、けれどメレクが上の方に認めていただけたことは、親として素直に嬉しい。だから、少しばかり身の丈に余るような幸運が二人に降ってきている気がしてならないが、父親としては応援するばかりだ。声にして応援すると、また失敗しそうだから黙っているけれども。


 二人とも、私にとって愛する子供なのだ。

 なかなかに、父親としてそれらしいことをしてやれていない気しかしないけれど。

 妻とは、どこかまだしこりを残している気がするし……どうしてこう、どこから躓いてしまったのかなあ。


 そして現在、娘の咎めるようなまなざしに、また失敗しそうなのにどうして私に期待するのかとどこかで文句を言いたい気持ちに蓋をした。ユリアの眼差しが、私をまだ父親として見てくれているからだということが、唯一の支えだから。


「お父さま」


「うっ、うむ」


「……お父さま」


「わ、わかってる。わかってるよ、ユリア……」


 で、でもねユリア。

 私は揉め事を仲裁するとか、本当に得意じゃないんだ。

 じゃあ得意なのは何かって問われると、書類にハンコを押したりサインするだけならね、そういう作業を長時間しても嫌じゃないとか……そういうのじゃ、家族は守れないのかもしれない。というか、守れなかったんだけれども。

 今更でも、間に合うのだろうか。

 私が、父親として、夫として、当主として、今更少しだけ行動をしたら、この家族を、守ることは……できるのだろうか?


 ふと視線を巡らせて、隣の娘を見る。

 ユリアは、私を真っ直ぐに見ていた。その目は、呆れたものでも見下げたものでも、当然蔑んだものでもない。ただ真っ直ぐに、“父親としての私”を見てくれる、そんな眼差しだ。


(ああ……ユリア、今のお前は……お前の母さんに、そっくりだなア)


 私が情けないことになると、笑って叱ってくれた彼女の姿が娘に重なる。

 全然違う表情で、どちらかといえば娘には叱られているだけなのだけれども。


 私にばかり似て、可哀想な娘。そう思ってばかりだったけれど、そうじゃなかったのかもしれない。

 そうじゃないんだ、と何度も訴えてきた娘と、私は……もう少し、向き合うべきなのかもしれない。


(だけど、今は)


 妻と、息子にも、向き合わなければ。

 怖いけれども。怖いけれども……。

強くもないし、逃げてばかりのお父さま。

果たして覚醒できるのか!?

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