176
9/2の活動報告にも書きましたが「ぶくぶく食堂2」がTV埼玉にて放送開始です!
地域外の方は見逃し配信もありますのでよろしくお願いします。
活動報告にはSSと呼ぶにはあまりにも短い短文も載せちゃったりなんか(*´ω`)
「お父さま、ユリアです。入ってもよろしいですか?」
軽いノックをしてそう声を掛ければ、僅かに躊躇った気配がしてから「どうぞ」という声が返ってきました。
「失礼いたします」
お父さまの書斎は、小さい頃の私にはまるで秘密の部屋かのような印象があったものです。
そこはお父さまだけが入れて、難しい本が並んでいて、というイメージが強かったのでしょうね。実際には代々領主が仕事で使う書類や今までの記録書を、書庫にはしまっておけないような類のものや資料が集められているだけなんですけれども。
あくまで書斎ですから、執務室は別にあるんです。弱小貴族とはいえ、領地持ち貴族としては一般的な物ですけれどね。秘書官とかはお義母さまが兼ねていらっしゃいますし、今はメレクが勉強という名目で詰めているのでお父さまとしては肩身が狭いのか、或いは楽になったのかどちらなのか。
いずれはここも、……いえ、メレクの婚約が調えば、これからはメレクが中心に使う場所。
勿論、誰が入ったってかまいませんけれどね。領主、或いは領主代行の許可があるならば!
お父さまは大きな古い冊子を棚に戻しておられるようでした。
私が来たから片付けているのでしょうか、だとしたら少しだけ申し訳ないです。でも今を逃したら、お父さまと二人で静かに話す時間は……うん、メレクの婚約話の問題がありますから。今が一番な気がするのです。
「おはようございます、お父さま」
「ああ……おはようユリア。よく眠れたかい?」
「はい、おかげさまで。……今、お時間よろしいですか?」
「えっ!?」
「えっ!?」
なんですかその反応!! ちょっと傷つきますよ……?
久しぶりに帰省した娘が父娘で感動の再会を果たす……とまでは言いませんけれど、ちょっとくらい親子の会話をしようとか思っちゃいけないんですかね?
いえ、もしかしてこの反応。
「……私が、お父さまに会いたいと思うなんて、考えてもおられなかった……のです、か……?」
「あっ、いや違うよユリア!?」
だってそのびっくり顔。
私が帰ってくるのは、義務と親子の柵だけとでも言うかのようじゃないですか。
いえ、今までの私がそう思わせたのかもしれませんけれど。それってちょっと、いいえ。正直、かなり私としてはショックでした。
(自業自得というやつなのでしょうけど)
それでも。
それでもちょっとくらい、娘として愛されているからと。そこに胡坐をかいていたってことなのでしょうか。手紙のやり取りだってしたし、時に仕送りだってしてきました。お父さまの誕生日にカードとプレゼントだって欠かしたことはありません。
お見合いだ、結婚はまだかとそう問われるのが嫌であまり帰省しなくなったことは反省していますし、プリメラさまのおそばに居て幸せにして差し上げたいという一心で家族の元に帰らなかったことも反省はしています。
でも、家族を蔑ろにしたつもりは一切ないのです。
だからこそ、あの夏の日の騒動だってお父さまを守りたかったし、そしてその後も私のことを案じていると言いながら『可哀想な娘』と言われたことにもちょっぴり泣きたかったけど我慢しました!
だけど。
夏の日は、あまりにもいろいろあったから。
だけど。
会いに来てくれたあの時は、王城だったから。
だから、私は王女宮筆頭侍女としての矜持をもって、凛と振る舞えたのだけれど。今は違うの、今は、ファンディッド家の、長女の私。ただのユリアなのに。
「……お父さま……私、私はそんなにもお父さまにとって親不孝な娘なのでしょうか」
「そっ、そんなことはないぞ? どうした、なんでそんなに泣きそうなんだね!!」
「だって、お父さまは……お父さまは、お母さまに似なかった私を哀れに思ってばかりで」
「それは……」
ああ、違う。私はお父さまを責めたいわけじゃないのに。
でも口から飛び出した言葉は戻らない。前にも似たような反省をした気がするのに、やっぱり私は“筆頭侍女”をしていない時はどうにもこうにも不器用なのかもしれない。
「それは、否定できない」
「!」
そして、お父さまがはっきりと肯定してしまうから。
こういう時は嘘でも「そんなことはないよ」って私を甘やかしてくれてもいいのに。そんな風に思ってしまうのは、勝手すぎるだろうか。
「だが、今ではお前の城勤めは悪いことではなかったのだなあと真摯に受け止めているのだよ。これでも」
「これでも」
思わず復唱しちゃいましたけど!?
私のそんな様子に気が付くでもなくお父さまは大きくため息を吐き出して、書斎の椅子に腰掛けました。
「慣例の城勤めをして、まあそこそこの相手と結婚をしてくれたらそれで安心だと思っていたよ。メレクもいるからね、ファンディッド家としては今まで通り細々とやっていけるだろうと……」
「……」
「ところがお前は戻ってこないし、妻はお前が嫁に行き遅れるとそれだけで外聞が、親戚が、と私に愚痴を言ってくるようになった。それでもそれだってお前のためになるということを考えれば、当然だとも思っていた」
「……」
結婚して、子供を産み、横の繋がりを作り、夫を支え……一般的な貴族女性の、生きる道。
それこそが女性としての幸せ、子爵令嬢なんていう身分ではそれこそ立身出世よりも確実な安寧の道。
ファンディッド子爵家は、特別傑出した人物像を一族で見かけませんでしたから。保守的に生きることで、一族を守ってきたのでしょう。だからこそ、お父さまだってそれが当たり前だと思っていたし、そして今も当たり前だと思っていらっしゃる。そしてお義母さまもその傾向がとても強い方なので、私の働くことが生きがい、という気持ちがなかなか通じないことは理解しているつもりです。
前世の記憶があった分、『働く女』というものに抵抗の無かった私とは、まったく違うのだと……だけれど、それで割り切るには、あまりにも肉親として情があるじゃありませんか。
「だが私を救ってくれたように、お前は筆頭侍女という立場で王女殿下をお支えして、そこからメレクに良縁を運んでくれた!」
「……お、とうさま」
「その上、王女殿下とバウム家嫡男の縁談、それの延長上とはいえお前自身もバウム家の子息とお付き合いを始め」
ああ、お父さま。
お父さま。
どうか、私を見てください。
私は、ファンディッド家のためにならないことは確かにしません。だけれども、家を富ますためだけに犠牲になるようなことをしているわけではないのです。
そう告げたいのに私は自分のスカートを掴むしかできない。
お父さまは、穏やかな顔で喋り続けている。あれは、きっと、そう。私を褒め称えているつもりなのでしょうね。
「王女殿下と嫡男殿の婚姻が済んでしまえばもしや破談もありうるのだから、今のうちにお前もバウム家のご子息と縁を急いで……ユリア?」
「お父さま、私は。私は、そこまで愚かで情けない娘なのでしょうか」
「……ユリア?」
「メレクは、メレク自身が有能であり私という存在は関係なくセレッセ伯爵さまに認めていただくだけの資質があり、またオルタンス嬢がご自身で選んだ人間です。私のことが多少関わっていたとしても、選ばれた理由がある、それだけです」
「ど、どうしたんだい?」
「……私は……」
つん、と鼻の奥が痛くなって、目が熱くなって。
冷静にならなくちゃ、そう思うのにお父さまが慌てれば慌てるほど、私の中での気持ちが荒れていく。
(お父さまは、私がどうして怒っているのかわかってくれていない)
そうだ、どうしてと伝えなければ相手にだってわからないだろうに。
それでも私はそれを言葉にできずにいる。ぐるぐるぐるぐる渦巻く苛立ちと怒りが、私の中にあって。その中心にあるのは、悲しみで。
それらがない交ぜになって、上手に言葉が見つからない。口を開けば文句しか出てこないような気がする。そんなことしたいわけじゃ、ない。
「……失礼、します。今は上手に、話せそうに、ありません、から……」
「ゆ、ユリア!?」
「ごめんなさい、お父さま」
ああ、私はやっぱり立派な大人なんかじゃ、なかった。
まだまだ、ただの未熟者で。
侍女という立場になければ、ただの我儘な、世間知らずのコドモなのかもしれない。
(少し、冷静に、ならなくちゃ……!!)
あれほどまでにお父さまとの時間を、取り戻そうと思っていたはずなのに。
私は目に浮かんだ涙を袖で乱暴に拭って、一旦自分の部屋に戻ることにした。
「ユリア?」
「……お義母さま、おはようございます」
「どうしたの、貴女泣いているの?」
「いえ」
現れたお義母さまは、きょとんとした顔で私を見ている。
私は、そんなお義母さまを前に、どうしていいかわからなくて思わず俯いてしまったのだった。