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それからも平和だったし、アルダールとの日々のやり取りも……うん、まあ? 一応穏便? というか。
とりあえず私の部屋じゃなくて庭園とか図書室とかで会うようにしたんだけど。
その点については最初アルダールの方も不審そうにしていたし途中からは私の意図に気付いたのかとても綺麗な笑顔で「まあ、そのうちね?」なんて不穏なセリフを言ってくるようになったけど!!
いやあ……うん。
あんまりあからさまに二人っきりで甘い空気になるのを避けようってするのは、逆に危険かもしれないとさすがに私も感じております。うん。
おかしいなあ、アルダールってあんなに積極的だったんだ……? 堅物って噂しか聞いてなかったし、付き合い始めとかはすごく穏やかだったし……ってあれは私が消極的過ぎてそれに合わせてくれてただけか……。
じゃあなんでってなると、まあ彼も言ってたよね……私がしかけたことでそこのラインまではオッケーなんだろうみたいな。
いや別にオッケーだったわけじゃないけどね!?
まあ何にも手出しされないってことにも不安は覚えていたからオッケーなのか。私相手にそういうことができるって、したいって思うくらいには好かれてるってことだし!?
(……いや、別に。うん。噂をどうこうじゃないし? アルダールから心をくれたんだし。それは信じてるし!!)
好きな人、に。そういう風に意識してもらえる、というのは嬉しいけど心臓が持たない。
だけどそれで飽きられたりしたらどうしよう、とは思うこのジレンマよ……。世の中の女性ってどうやってこれ乗り越えたんだろうねほんと。いや誰も彼もがこんなこと思わないの? 普通に嬉しいだけで受け入れてオールオッケーなのか?
だとしたら私があまりにもこう……モテなすぎて知らないだけなのか!!
「ユリアさま? どうかしたんですか?」
「ああメイナ。いいえ、実家に戻るのが少し心配で」
「ああ、また雪が凄いですもんね!」
「ええ……でもメイナが戻ってくる時は除雪作業も進んでいたんだものね」
「はい! だから大丈夫ですよきっと!!」
そうなんですよね、最近また雪がしっかり降っちゃって。
メイナが帰ってきた頃もすっかり雪景色でした。毎日寒いこと寒いこと!
去年もまあこのくらいの時期に雪が降っていたし、やっぱり積もっていたし。その時は帰省しなかったからあんまり気にならなかったけど、今回は雪の中で帰るのかあ……寒いよなあ。
アルダールのことも考えなければなりませんが、帰省の雪も気にしなければいけませんよね!
まあ皆にもらった白のファーストールと手袋、あれの出番ですね! さすがに今回はただの実家帰省だとは思えませんし……アルダールも心配していたけれど、私関連にプラスして弱小子爵家たるファンディッド家に名家であるセレッセ伯爵家の血筋のお嬢さんが嫁ぐとなれば、……まあ、お義母さまの御実家がしゃしゃり出てくるかもしれませんしね。
お父さまが隠居すること前提ですでに対外的にも話が進んでいますが、それもこれもこの婚約が成立してこそ。セレッセ伯爵家の後ろ盾を得られるからこそ、未熟なメレクが子爵として堂々たる当主となれる……のですが。
(まあ、正式に婚約者が立たないと中々前の当主がいるのに、っていうのは対外的に良くないってだけの見栄だけどね)
しかし元々お義母さまの御実家筋は、お父さまのお仕事関連での上役。特別今までどうこう言われたことはないという話ですしお父さまの醜聞の際は我関せずどころか嫌味を言ってきていたことはメレクから聞いています。
ですが今回の件でファンディッド家が美味しい思いをするとなるとまた話が変わってくるのでしょう。
まったくもって面倒な方々ですが、貴族社会では時として見られる光景というのが何とも……。
だから、帰った時にあちらの伯爵家の人間が誰かしら来ているという可能性も考えねばなりません。
私がアルダールとお付き合いしていることは当然もう家族には伝えてあるし、隠しているわけでもないから貴族間でもすっかり知られている話。そのことにまで言及してくることはないでしょうけれど、多分見下していた子爵家の人間が次々に自分より家格的に上の人間と“お付き合い”していることに腹を立てていらっしゃることでしょう。
その辺りのことに口出しはできずとも、親戚付き合いと称して自分たちもセレッセ伯爵家との顔合わせに同席させろとか無茶な話を言ってくるんじゃないかなぁと私は踏んでいるんですよ!
「ユリアさまは行きと帰りを合わせての一週間で大丈夫なんですか? 今回はただの帰省ではないんでしょう?」
「それはそうだけれど、弟の婚約はもうほとんど決まったようなもの。顔合わせを前に、最終確認を家族でするというだけの話だから大丈夫よ。実際の顔合わせもファンディッド家でするかどうか、まだ決まったわけじゃないから」
「はぁ……貴族の結婚って大変なんですね!」
「まあそうねえ」
恐らく、その親戚筋がなんか言ってこなければ特に何か起こることもないんでしょうけどね。
私はメイナの言葉に曖昧に笑うくらいしかできないけどね、余計なことを言って心配をかけてもいけないし、変な疑惑の目を親戚に向けているなんてどこで知られるか分かったものじゃないし。
今日も王女宮は平和だから、私としては日誌に書くこともない。
スカーレットはメイナが戻って来て若干笑みが殺せてなくて、ああもう可愛いなあとは思ったけど。多分そこを突っついたらまた拗ねちゃうだろうしね。
メイナはメイナで実家の経営する宿屋を手伝って、あの日あの時私と脳筋公子がモメた新年祭の日、武闘大会を見物していたんだとか。
あらニアミス。
ちなみに私のお土産で渡してあったミッチェラン製菓店のチョコレートは争奪戦だったそうです。喜んでもらえたんなら嬉しいですね! その逆にお土産がパイみたいなものだったんですが、メイナがものすごく恥ずかしそうに私たちにくれました。
お洒落でも何でもなくてごめんなさい、だなんて! その心遣いが嬉しいのにね。
「帰る時は本当に、吹雪かないといいのだけど」
「そうですね、いくら馬車だからって馬の方が凍えちゃいますもんね」
「そうね、それにあまり途中で足止めを喰らっては時間も足りなくなってしまうし」
「やっぱりもう少し休暇申請を出された方がよろしかったんじゃありませんの? ユリアさまがおられないことはやはり痛手ですけれど、ワタクシたちでも今の時期でしたら十分回して見せますわ!」
「あらスカーレット」
「先程の書類、書きあがりましたのでお持ちしましたわ。仰っていた資料もまとめてありますから、ご確認くださいませ」
「ありがとう」
すっかり書類業務を任せて大丈夫になったスカーレットが、メイナに向かってちょっと勝ち誇ったように笑みを浮かべている。ちょっと悔しそうにするメイナは、それでもティーポットを持ってニッと笑って見せていたのでなんだかんだこの子たちは上手くやっているのよね。
まあ、スカーレットが言うように少し長めにお休みを申請しておくのもいいかもしれない。できたら一週間で済ませたいけど、確かに天候ばかりはどうしようもないしね。
「……書類は問題ありませんね。二人もそう言ってくれていることですし、私はプリメラさまにご許可をいただいてきます。今から休憩をとってくれて構いませんよ」
「やった!」
「それではそうさせていただきますわ。行きましょう、メイナ」
「わー、ねえスカーレット、実家じゃどうだったの新年祭!」
「ほら、まだ部屋を辞していないのですから静かになさい!!」
「いいじゃない、もー」
「あまりはしゃぎすぎないのよ、二人とも」
きゃっきゃと笑いながら休憩に入る二人に、ちょっとだけ声を掛ける。でもまあ、気持ちはわかるから、本当にちょっとだけの注意。
それをわかっているのか、メイナもスカーレットも顔を見合わせて照れくさそうに笑う。ああ、可愛い後輩たちだこと!
二人が仲良く私の執務室を辞したところで、私もプリメラさまの所に行くのに立ち上がる。
(できたら、プリメラさまのお側を長く離れたくはないんだよなあ)
メレクには会いたいけど、色々気分が重たいのも事実だから。
ついつい、可愛いプリメラさまのお側に居たいと思っちゃったってしょうがないと思わない?