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 しかしながら、今月末とは急すぎる。急すぎる!

 正直ファンディッド子爵家の懐事情を考えると今から新しいドレスやらアクセサリーやらを用意するのにも時間がなさすぎる!

 かといって、あの頭脳明晰と言われる宰相閣下のご提案を断ったらどうなることかわからない。

 というかどんな利点があって私が社交界デビューしなきゃならないのかの説明をしてくれなかった。「説明は適任者にやってもらうのが一番だ」とかなんとか言って次の面会者がいるからって追い出されたんだよね!!


 しかもその適任者とやらがシャグラン王家の赤字からプリメラさまの輿入れに口出ししようとする黒幕のようなものの正体も教えてくれるから待ってろとか……あ、あとお父様は一応元気だけど今は子爵家に戻すと心が折れるだろうからとある場所で静養してるとだけ教えてくれた。

 まあ、父親が無事であると知ってほっとした。


 結局よくわからないまま私は自分の執務室兼自室に戻る他なかった。


 戻ったら戻ったで仕事はあるのでそちらを片付けないといけない。

 今日あったことを業務日誌にまとめ、そういえば最近絹がまた値上がりしたなとかリジル商会で新商品が出たなとか、問題のシャグラン王国で新作のアクセサリーが出たから輸入が活発になるなとかそんなことを確認していたらすっかり夜更けになってしまった。

 私は筆頭侍女だから不寝番はしないのだけれど、プリメラさまにご心配をおかけしないためにも不安は一切顔に出さないようにしないと!


「……? お入りなさい」


 こんな時間に誰かしら。

 まあ、大体はメイナよね。行儀見習いで入った商家のお嬢さんだけど、まだ少し王宮で眠るのが怖くて私の所にちょっとだけ甘えに来るの。可愛いわよね!!!!!

 あ、勿論筆頭侍女として接しているので甘い顔だけするわけじゃありませんよ? 少しだけ話を聞いてあげて蜂蜜入りのホットミルクとかココアとか、私のお勧めは豆乳ココアですが。

 とにかくちょっとだけ相手をしてあげるのが大事です。親元を離れ不安な気持ちで日々仕事に勤しむのですから厳しいだけでは彼女たちには辛いでしょう!


 と思ったけれど、ドアが開いたのに誰も入ってきません。

 ノックの音は確かにしたんですが……まさか王城内で悪戯をするような人がいるのかしら?

 流石に王弟殿下という線はないでしょう、いくらあの人でもこんな時分に女性の部屋でドアをちょっとだけ開ける悪戯とかしないでしょう。


「クリストファじゃありませんの。どうしたんですこんな夜分に!」


 廊下を覗いてみると、ドアを開けたはいいけれど入っていいのか悩む少年の姿がありました。

 この男の子はクリストファという名前だということと、宰相閣下の公爵領出身でグリルさんの遠縁ということしか存じませんが、私が以前クッキーを焼いたところで欲しそうにしていたから差し上げたら懐いてくれたような気がする……という関係です。

 とても無表情な子供で、見た目は色白・髪の毛の色も灰色、目の色が琥珀色となんともアルビノ系の姿に加え、更に細くて折れてしまいそうな体躯をしているからとても儚げです。

 その上プリメラさまと同じくらいの年頃なのでしょうか、身長もまだ低く、大人が苦手なのか言葉を発するのもあまり致しません。

 何度か公爵さまのおそばにいるのを見たことはあったのですが、視線も合わせてくれなかったのでクッキーをあげた後は野良猫が懐いたかのような感慨を覚えたものでした。


「……公爵さま」


「え? ああ、お手紙を持ってきてくれたの?」


「違う」


「ええと……とりあえず中に入りなさいな。夜中で眠くない? 大丈夫?」


「平気」


 まるでビー玉のような目が私を見上げて、封筒を突きつける。

 とりあえず室内に入ってもらって、豆乳ココアを二人分、それと林檎チップスを出してみました。

 まさかクリストファが来ると思っていなかったのでお菓子がなにもないのよね!

 あっ、でもこんな夜におやつを与えては教育によくないですね。いや公爵さまの御遣いをしている段階で問題だと思うのですけど……。


「ん」


「これはお返事が必要なものかしら?」


「んーん」


「そうですか。ごめんなさいね、今はそのようなものしかないの。あとは……朝食用のパンくらいかしら? 急いで戻るんだった?」


「ユリアさまのそばにもうちょっといたい」


「そう? おかわりが欲しくなったら言ってね?」


「うん」


 若干無表情な少年がデレてくれた気がしました。

 撫でまわしたい気持ちをぐっと我慢して、クリストファから手紙を受け取りました。


 封筒は真っ白なものでした。

 宛先も差出人もなければ、封蝋もありません。

 クリストファが確実に届けてくれる、という信頼でしょうか。


 ……開いてみて驚きました。声をあげなかった私を褒めていただきたい。

 なんと手紙の書き手は王太后さまです! プリメラさまのおばあさまで、現国王陛下のお母さまでいらっしゃいます。

 現在は王宮の西にある離宮にお暮しですが……実は現王さまとは正妃さまのことで揉めて以来不仲です。

 嫁姑問題ではなく、陛下が側室にばかりかまけていることから始まり、プリメラさまが生まれてからはその偏愛をご注意なさったりととても常識的な方です。

 時折プリメラさまにお会いに来られて私たち侍女にも労いのお言葉を下さる美しいお歳の召し方をなさっている方です。

 正直言うと、王家の人は代々ちょっと偏愛傾向にある方が良い王になられるようです。現王も国民や他所での評価は非常に高いものですしね!

 ですので外から嫁ぐ方が苦労なされるのですね。だから正妃さまもあれだけ厳しく己を律するように教育されてきたわけなのですね。そう私も思わず納得するほど実感のこもったお言葉でした。だからこそ王太后さまがご正妃さまのお味方になったのでしょうが……。


 その王太后さまが私の社交界デビューをバックアップするから案ずるな、というのです!

 今回ドレスはあの方のお抱えの針子さんが作ってくださるそうです……アクセサリーも同様。

 ちょっと目玉飛び出るような金額を後で請求されたりしませんかね……?

 そしてこの社交界デビューでのエスコートは、私の弟がすることが確定です。

 そうすることで『ファンディッド子爵家の血の半分しか繋がらない姉弟の感動物語』に仕立てて我が家の評判をあげ、父の引退と弟の襲名をスムーズにするのだとか……。


 感動物語ってなによって?

 あれです。

 血の半分しか繋がらない弟が無事に跡継ぎとして周囲に認めてもらうために、先に社交界デビューをさせたかった姉はその身をそっと隠し彼が結婚するまで大人しくしていようとしていた。

 父親も義理の母子関係や周囲のまなざしからそれが娘の為になるだろうと借金などをして慣れぬ一人暮らしができるようにと援助をした。

 ところがその事実を知った義母と弟はそれを良しとせず、次期当主として姉の華々しい社交界デビューをすることを後押ししたところ父親は家族の愛情に胸打たれると同時に己の不甲斐なさを痛感し、信頼できると思っていた方に大公妃殿下を紹介されて相談をした。

 ところがそれにより余計な噂を招き寄せ、父親はここで引退を決意、弟が子爵の座を継ぐ……というシナリオだそうですよ!!

 なにこれ?!

 なにこれ?!(思わず二度言っちゃうよ!)


 素晴らしく色々無理がないかしら?! っていうか私この年齢で社交界デビューっていないわけじゃないけど珍しくて奇異の目がくるのが明確なのにそこで更に“華々しく”?!

 ちょっと待って、私にはちょっと難易度が高すぎる気がします。

 とりあえず明日にでも一度離宮に来るようにと時間指定が書かれていて、この手紙は火にくべるよう結ばれておりました。


「……クリストファ」


「逃げられない」


 ふるふると左右に首を振った無表情な少年が、ちょっとだけ私を哀れむ目で見ていたような気がする。

 な……泣いたりなんてしないんだからねっ!!!

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