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167 願い、祈り、

今回はエーレンさん視点です!

「どうかしたのか? エーレン」


「いえ、なんでもないわ」


 いずれ発つために、着々と二人で準備を進める。新たな地に旅立つことに、不安がないわけじゃない。

 昔、辺境から王都に行く時の私は不安もあったけれど嬉しかった。ただとにかく嬉しかった。何をしても良いから辺境から出たかった、それが叶うのだから。


 だけど、今度は違う。逆に辺境に行く。

 それは自業自得なのだけれど、でも私は一人じゃない。そのことに、不安と一緒に感じるのは、幸せ。

 新生活に向けての不安よりも二人で寄り添っていける幸せ。


 そう、幸せ。

 この人といるのは、幸せなんだ。改めて、この人の妻になれるんだと思うと不思議なほど満たされた気持ちになる。この気持ちを、忘れちゃいけない。


「エディ。私ね、この間ユリアさまに会いに行ったのよ」


「……なに?」


「お約束をしていただいたのに、それ以外にも訪れるなんて失礼だと思ったけれどあの方は大丈夫だと招き入れてくださって、お話を聞いてくれたの。どうしても、……どうしても不安なことがあったの」


「それは、例のご令嬢のことか?」


「……ええ」


 私の幼馴染、今や英雄と呼ばれる立場になったウィナー男爵の娘ミュリエッタ……。

 彼女がいなければ、私は辺境の地できっと一生を過ごしたに違いない。そしてエディと出会うことも、なかったんだろうと思う。

 ミュリエッタが予言した通り、巨大なモンスターが出現した。そしてそれを彼女たちが倒し、王城へ招かれて叙爵される……。それに私は驚かなかった。なぜか『ミュリエッタだから』って謎の信頼感があったから。

 当然彼女だって万能じゃないから、違った予言もあった。

 でも、ミュリエッタの口癖、……『みんなをしあわせに』。それが実現できるんだと思うと私は誇らしかった。その為のお手伝いをして欲しいって彼女には言われていたから、私のような辺境出身の特別なことなんて何もない女がそれの一端を担うのだと思うと、ものすごいことのように思えていたの。


 だけど。

 だけど、本当にそれは『みんな』の幸せなのかと疑問を、疑惑を覚えることが増えたのはいつからだったろう?


 王城に来たときは、辺境出身者ということで差別されるのが当たり前だって言われているのを私もそうだと思ってた。ところが、外宮筆頭さまは私が頑張ればきちんと認めてくださって、褒めてくださった。

 私が辺境出身者であろうとも、色眼鏡で見るようなこともなかった。

 エディだってそうだ。

 もちろん、そういう目で見てきた人もいたわけだけど……それでも、思っていたよりもずっと少なくて逆に戸惑ったことは覚えてる。


 じゃあ、ミュリエッタの言っていたことは間違っていたんだろうか?

 じわじわと私の中で大きくなっていく疑念。それに対して見て見ぬふりをし続けたけど、周りの親切に触れるたびに私の中の疑念や疑惑が不安となって、気持ちが軋んだ。


 王女殿下のことだってそう。意地悪で太っていて、気に食わないことがあると……って散々聞かされていたけど、実際はまるで天使のような女の子で、私たちみたいな侍女にまで労いの言葉をかけてくださるような、そんな優しさがあって。


「……ユリアさまは、優しい人だわ」


「そうか」


「不安になった私に、貴方をちゃんと見なさいって言ってくださったの。隣を歩く人が誰なのか、自分が誰の手を取ったのか……改めて言われて」


「……そうか」


 初めは、敵だと思っていた。ミュリエッタが『そう』言っていたから。

 王女宮の人間、その中でも王女殿下に最も近しい筆頭侍女という立場の女性。


 ひっつめ髪で、眼鏡で、見た目はとんでもなく地味で私はどこか勝ち誇った気持ちでいたんだけど。

 でもあの人は貴族で、それだけで私のコンプレックスを刺激するには十分な人だった。当時エディがなかなかプロポーズしてくれなくて苛立っていたことも手伝って、いっそ乗り換えるなら彼女が最近懇意にしているというアルダール・サウルさまを奪ってやろうと思ったのよね。

 実際には完敗だったんだけど。

 王女殿下とバウム公子のお見合い、それは上手くいっているから今度はその『後』を見据えて適齢期なアルダール・サウルさまが『王女殿下のために』、浮ついた噂のひとつも聞いたことのない鉄壁侍女を娶るために熱心に口説いているのだとか噂があったわ。

 どうせ家のためにと苦労している貴族男性なら、イチコロだと思ったのに甘かった。


 それから園遊会があって、まさか地元に捨ててきた恋人が来るなんて思わなくて、私まで疑われて……こんな予言はなかった。おかげでエディにもきっと捨てられる、自業自得だとはわかっているけれど幸せを掴みかけていたのにと私が絶望を覚えたのはつい最近の話。

 でも、窮地に立たされた私を救ったのが、ユリアさまだった。

 今回のことも、ユリアさまは嫌な顔なんてせず私が訓練場に行くのを渋ったらそれを見れる部屋を手配してくれた。


『王女宮の人間は、きっと辺境出身のエーレンを馬鹿にして、辺境に送り返してしまうわ。だから気をつけてね!』


 私を案じてミュリエッタが言った。

 でも私を案じてくれる人は、他にもいた。辺境出身だって知っても、外宮筆頭さまだって私の行動を叱りこそすれ、見捨てなんてしなかった。

 本当に、辺境出身というだけで悪のように馬鹿にされることなんて、なかった。


『気をつけることは大事ですが、案じすぎて貴女が体を壊してしまうほうが心配です』


 ユリアさまは私が幸せになれるように、優しい言葉をくれた。

 同じように案じてくれている言葉のはずなのに、何がそんなにも違うのか。


 ミュリエッタは、みんなを幸せにするって言ってた。いつだって自信満々に。

 すごく素敵な言葉だと思う。今でも思う。


 だけど、それは……それは、“誰”に対しての言葉なんだろう……って思い始めてしまったの。


「ねえ、エディから見てアルダール・サウルさまってユリアさまのこと、大切に思っておられるのかしら」


「それは間違いないな。むしろ面倒なくらいだ」


「え?」


「新年祭の時のバウム殿を見ただろう。お前が筆頭侍女殿に抱き着こうとしただけで威嚇してきたではないか」


「同性なのに? 私が、ミュリエッタ……さま、の関係者だからじゃなくて?」


「違うと思うぞ」


 呆れ半分、面白半分。そんな感じで笑ったエディは肩を竦めてそれ以上そのことについては語ってくれなかった。

 でも、そうよね。

 出来たら私も、ユリアさまに『幸せに』なって欲しいと思ってる。

 ミュリエッタみたいにみんなじゃなくて、私はあの人が幸せなら、嬉しいなって思ったの。


 ……この気持ちが、きっと私がミュリエッタを信じ切っていたその気持ちに、何かひびを入れているんじゃないだろうかと思うと、私はいけないことをしているんじゃないのか、彼女を裏切っているんじゃないのかって不安になって仕方ないのだけど。

 でも、私は……私が隣にいても良いって言ってくれた、エディと共に生きたい。


「噂なんか、きっとただの噂よね」


「噂?」


「ほら、バウム家で王女殿下を迎えるため『だけ』に、ユリアさまを先に迎えて親族代表として王女殿下付きの世話役にするためにアルダール・サウルさまに白羽の矢が立ったのだ……って」


「馬鹿らしい」


「もう! そんな言い方しなくたって……」


「確かにバウム家で適齢期、関係性も考えればバウム殿が適しておられるだろう。だがバウム家には分家はなくとも親族がいないわけではない。探せばいくらでもいるだろうし、彼が難色を示せばいくらでも手はあるだろう」


「そ、そういうもの……?」


「そういうものだ」


 まあ養子縁組だとか色々方法があるのくらいはわかるけど。

 エディはそれだけ言うと、私の頭を乱暴に撫でた。


「安心しろ、……いや、むしろ安心はできないか」


「え?」


「別れたいと筆頭侍女殿が願ったところで、無理だろうということだ」


「……私、ユリアさまに恩があるの」


「ああ」


「幸せになって欲しいわ」


「そうだな、だが大丈夫じゃないか」


「……そうよね、あの人ならきっと噂になんて負けないわよね?」


 ただ、気にかかるのはミュリエッタだけど。

 あの子は昔から、欲しいと思ったものは手に入れてきた。今まで失敗なんてなかったんじゃないかなと思うと、今回アルダール・サウルさまに好意を示したということでそう簡単に引き下がらないんじゃないかって。

 そうなったら、せっかく爵位を授かったウィナー男爵さまはお辛くなるのでは?


(……ねえミュリエッタ、あなたは『みんな』を幸せにしたいって言ってたじゃない。その『みんな』って……誰のことなの……?)


 私の脳裏に、鮮やかな薄紅色の髪をした愛らしい彼女の笑顔が浮かんで消えた。

みんな、っていう広い言葉は便利だけどね!

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