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 ありのままに正直に表現するとですね。

 一瞬とは言いませんけども、話にならない……ってやつなんでしょうか。私が瞬きしている間に、複数の人があっという間に地面に倒れてるわけですよ。なにがどうしてそうなった。


 ぎゅっと握ってたカーテンをもう一度握り直しちゃったよね、あまりの理解できなさに。

 え、あれ何が起こったの!?

 驚いている私をよそに、隣でエーレンさんがホウ、と感嘆のため息を漏らしました。あれ、彼女はそういうのわかるんですかね……エディさんの訓練を間近で見てるとかそれとも冒険者とかと接した経験があるからなのか。うん? なんか悔しいかも?


「……さすが、次期剣聖と呼ばれるほどの方ですね……!!」


「え、ええ……」


 そういうもんなのか。いやそうなんだろうけど。

 アルダールが戦っている姿というのはモンスターを切り伏せたあの瞬間くらいなもので、あの時はもう私に余裕なんてものはなかったわけだから記憶に殆どない。

 だから、今改めてこうして見て……も、わからない! すごいってことは、わかったけど。前世でも武術とかは縁がなかったしなあ、映画で見るとかそんなもんだったし……とりあえず、そういうレベルだった。そりゃこういう場で駆り出されるなあって納得です。納得だけど、まだモヤモヤもしてる。


(本当に、なんでモヤモヤするんだろう)


「ユリアさま?」


「もう、行きましょうか。これ以上ここにいても見つかってしまうかもしれません。咎められることはないでしょうが、騎士隊にご迷惑をおかけするわけにはいきませんから。集中がその程度で削がれるなどとは思いませんけれど」


「あ、……はい、そうですね」


「それに、エーレンさんも休憩時間が終わってしまうでしょう?」


「わ、私は大丈夫です! 寧ろユリアさまにはここまでご一緒していただいて、そちらの方が……!!」


「いいえ、貴女の悩みが少しでも軽くなったのなら良かった」


 あの騎士たちの姿は、この国の中でも少数の、栄誉ある姿。

 だけれど、彼女が知る騎士の姿でもあって……そしてその姿は、エディさんが騎士としてその姿勢でいる限りきっと辺境の地へ行こうと変わることはないのでしょう。

 その隣に立つ彼女が騎士の妻としてどのように生きていくのかまでは私にはわかりませんし、もしかすれば今後会うことはないのかもしれません。


 それでも、少しでも彼女が『ミュリエッタさん』のことばかり考えて、未来を忘れてしまわないようになってくれたらと思わずにはいられなかったんです。どうしてそこまで彼女のことをエーレンさんは気に掛けるのか。恩があるからと言って、そこまで人生を狂わせるほどその人のことで頭を悩ませるものなのでしょうか。

 私には、まだよくわかりません。


 ふと視線を訓練場に戻すと、ぱっちりとアルダールと視線が合いました。

 えっ、なんでこっち見てるのいつ気付いたの? エーレンさんと並んでいる姿に、彼がちょっとだけ眉をひそめた気がしますが私は思わず人差し指を口元に添えてナイショ、みたいにしてしまいました。


 あ、うん。対応間違えた気がする。

 ちらっとしか見えないですけどアルダールの目が怖かった気がするんですけども。


 ま、まあほら! 危ないことはしておりませんし!?

 エーレンさんとだって、まあ……あんまり親しくすると変な勘繰りを受けるんじゃないかってアルダールは心配していたし、ミュリエッタさんも確かにその連なりの延長上にいると思うと……あ、うん今更ちょっと胃が痛く。

 いえ、でも後悔はしておりません。


 だって、穏やかに笑って私と別れたエーレンさんの姿を見たら、間違いじゃなかったと思うもの!


(……という言い訳が後でアルダールに通用すればいいけど)


 あの人なんだかんだ心配性だよなあ、ディーン・デインさまに対してもそうだよね。

 私に対してもそういう態度を見せてくれるのは嬉しいし恥ずかしいけどまあ嬉しいんだけど。でもほら、仕事上エーレンさんを無下に出来ない立場ってものもありましたし、侍女仲間だからやっぱりねえ、ほら?

 いやきっとアルダールだってわかってくれるに違いない。エディさんとは友人関係だって言ってたじゃない。

 

 自分の執務室に戻って何もなかったことを確認してから、そろそろ神学の授業も終わりだと思ってお茶の準備をしてプリメラさまの元へと行けば、本日の担当として給仕についていたセバスチャンさんが顔を覗かせました。どうやらタイミングばっちりだったようです。

 ふふふ、さすが私! などと自分で自分を褒めつつ、セバスチャンさんに預けます。

 今日の給仕役はセバスチャンさんって決まってますので!


 ちらっと室内を見た感じではプリメラさまが大司教猊下と和やかにお言葉を交わしているご様子。新年祭の神殿籠りも終わり、プリメラさまも普段通りの生活をなされる中でやはり成長しているのですね、どんどん落ち着きを持ったレディの風格をもって勉強やきたる公務に向けての予行などをこなしてらっしゃいます。


「ユリアさま、ワタクシも給仕が済みましたら次のお仕事が欲しいですわ!」


「あら、どうしたの?」


 勿論、私だけでなく帰省から戻ってきたスカーレットも給仕しながら、プリメラさまの成長を感じているのでしょう。

 自分ももっとステップアップしたいという視線を私に向けてきましたが……いやうん、そんな目で見られてもそう、書類仕事って増えるものじゃないからね……?

 むしろ何もない時期に急激に書類仕事増えてたら逆にヤバいでしょ、何が起こったって話になるじゃないですか。


「うーん、考えておきますけど……今はないわね」


「そんな!」


「そんなに暇を持て余しているなら、セバスチャンさんに紅茶講義でもしてもらったら……」


「やっぱり結構ですわ! 給仕に戻りませんとなりませんからこれで失礼いたします!!」


 提案を言い終わる前にスカーレットはさっさと室内に戻っていきました。スカーレットは俊足ですね。うん。

 ……どんだけセバスチャンさんの紅茶講義で嫌な思い出があるんでしょうか? おかしいなあ、私も昔教えていただきましたけどそんなに恐ろしい事なんてなかったと思うんですけども。


(まあ、いいか……)


 これもまた平和な日常風景ってやつですものね。

 私も実家に戻るための前準備でも考えておかなくては。


 お土産のミッチェラン製菓の新作は日取りを伝えてあるから当日届けられるだろうし、今回は顔合わせじゃないんだからドレスとかを持って行く必要もないのよね。

 あ、でも今思い出したけど、まさか……お義母さま方の親戚とかセレッセ伯爵さまとお近づきになりたいからって無理矢理顔合わせに交じってこようなんてしないよね? あーでもあるかも。そこのところお義母さまにしっかり聞いておかなくては!

 帰省用の馬車も、チケットはきちんと予約してあるし……後は何かあったかな?


 そんなことを考えて歩いていると、見知った顔が廊下にいるじゃありませんか。


「あら、クリストファ!」


「……ユリアさま」


「どうしたの? お使いかしら?」


「ううん」


 私の執務室ドアの前でクリストファがぽつんと立っていました。

 宰相閣下からのお使いかと思ったのでそう尋ねたのですが、彼は相変わらずの無表情なままフルフルと首を左右に振りました。可愛い。


「新年の、ご挨拶」


「まあ、その為にわざわざ?」


「今年も、よろしくお願いします」


「はい、こちらこそ。……時間があるようでしたら、ホットミルクを飲んでいきますか?」


「飲む」


「じゃあどうぞ」


 ああー和むよね!!

 今年は新年から、本当に良いことずくめです。ええ、まあミュリエッタさん問題が片付いたなんて甘いことは思ってませんし、弟の結婚だってまだまだ何があるかわかったもんじゃありませんけどね。親戚問題とか浮上してきてもそこは私ではなく、お父さまとメレクの出番ですが。


「そうだ、これ」


「え?」


「新年祭の、贈り物。遅くなっちゃった」


「まあ! 良いのですか?」


「ユリアさまに、あげたかった」


「……クリストファ、どうしましょう。私は何も用意してなくて」


 差し出された小箱、それに対して私が返せるものがありません! なんてことでしょう!!

 慌てる私にクリストファはまた首をフルフルと振りました。


「……いい。あげたかっただけだし、いつも、ホットミルクとか、お菓子とか……もらってる、から」


「クリストファ……」


「だから、あげる」


「ありがとう、クリストファ」


 ああー可愛いわぁ……!!

 メレクは勿論可愛いけど、クリストファも歳の離れた弟みたいに思ってます。


 思わず頭をそっと撫でてしまって彼がびっくりした様子でしたけど、嫌がられなくて良かった……!!

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