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エーレンさんと一緒に鍛錬場の見学へ行く、そしてアルダールに見つからない。このミッションは難関だ……と思いましたが、ふふふ……私閃きました。
そうです、素直に鍛錬場に足を運ぶことはないのです!!
騎士隊の管轄地に侍女姿の人間が歩いていることは別に不自然じゃありませんが、見慣れない侍女が歩いていれば不審がられるでしょう。
それに一応ほら、私は筆頭侍女でしょう? だからそこそこ顔が知られているはずですし、エーレンさんはエーレンさんで園遊会の件から顔バレしてますし。
素直にあちらに行ったら注目を浴びること間違いなしです。そんなことは避けたいよね!
それにエーレンさんは休憩中、私も時間の合間を縫って……という状況ですので長く持ち場を離れていられません。職務中ですからね。
ということはですよ?
頭は使いようっていうじゃないですか、同様に私の特権だって使いようだと思うんですよね!
「あ、あのユリアさま、ここは……?」
「しっ……ここは鍛錬場を高位の方がご覧になる際のお部屋、その控えの間です」
新兵訓練、初日でしたらばどなたか鍛錬場を御見学なさっていたかもしれませんが……今日はどなたもいらっしゃらないことは確認をとりました!
ということで、控えの間……つまりお付きの方々や侍女侍従が控えておく小部屋からもその様子が実は見れるんですよ! これは筆頭侍女である私とか、高位の方についていらっしゃる方ならば経験があるわけですがエーレンさんは外宮の、書類関係などが殆どのお仕事だったでしょうから耳にしたことがある程度なのでしょう。
今回は私の権限で、少しの時間だけ控えの間を使うことにしたのです。
ええ、ええ。ここからなら騎士たちもそこまで注意を払ってはいない事でしょう。こっそり見るんですよこっそり。
遠目に見るだけですからね、それなら別に直接じゃなくていいんですよ!!
ほらー冴えてるでしょう私!!
とまあ一見冷静を装っているだけですからね、エーレンさんが「さすがです! 私のためにわざわざありがとうございます……!」とか言ってくれても全然違うのよ? 鉄壁侍女とか呼ばれたり沈着冷静だとか言われるけど本当は違うんだけどね!? アルダールに見つからないのとかすぐに仕事に戻れるようにとかそういう打算からなんだからね?
まあ、わざわざ褒めてくれているのに否定してもきっと受け入れてもらえないでしょうから、私は頷くだけにとどめておきましたけど。
内心こんなだってバレたらどう思うのかしらね……?
いやまあ一部の人たちは知っているんだと思うけど。王太后さまとか王弟殿下とか。そして面白がられているフシがあるけども。
「合同とはいえ隊服で見分けがつくのはありがたいですね……えっと……エディさんはどこかしら。あまり覗き込んではあちらにも気づかれるでしょうからさりげなくね?」
「はい。今はどうやら新兵を相手に一対多の訓練、でしょうか……?」
「騎士の訓練ってなにをしているのかまでは知らないのだけど……」
「はい、私も詳しくは……」
女二人で首を傾げつつ、向こうにばれないように……となるとどうしてもこっちからも見えづらいわけで。
こそこそとカーテンに隠れつつ二階から下を見る姿はあれ、なんだかちょっと犯罪臭ですかね?
いえ、これは正統派な女子が憧れの男子がいる部活動を眺めるアレに似た何かです、アレってなんだろうとかはもうこの際考えませんがとにかく犯罪ではありません。
それにしても一対多とかそんな訓練もするんですねぇ、まあ当たり前か……。
賊が侵入したとして、相手がひとりとは限りませんもんね。私たち侍女はとにかく逃げること、伝達すること、捕まった時は情報を簡単に喋ってはならないこと、主に万が一の時は身を挺してお守りすること……そういうことばかりですから。
よくよく考えたら私、騎士隊の人間とはご縁がなかったですからね。護衛騎士の女性陣は勿論よくお話もしますし、メッタボン経由でレジーナさんとは冗談だって言い合うくらいには仲が良いと思いますけど。
彼女たちが訓練しているところとか、剣を抜いているところなどは見たことがありません。
いえ、勿論ないのが当然っていうか。だって私は侍女ですし、なにより王城内でそんな騒ぎがあってたまるかって話ですから。
それに加え、プリメラさまをなるべく危ないことから遠ざけたい陛下の意向もあって、その侍女たる私も武闘大会とかも見に行ったことありませんし……あら? もしかして私も割と箱入り娘状態とかだった……? そうかもしれない、ずっと王城の、奥まった王女宮で過ごしているんだから……なんてことでしょう、私箱入り娘だった! ある意味深窓の令嬢ですね!?
世間知らずのお嬢さまだったなんて驚きです……。
それにしても、騎士たちが武器を振るう姿を間近に見たのってこの間の園遊会で初めて見たかなくらいの勢いです。
でも実はあの騒ぎの中、必死だったし最終的に気を失った私はあまり覚えてないっていうか……モンスターは怖かったです。それしか覚えてない。
うーん、そう思うとあまり……実家に居た頃も一応領地持ちですからね、護衛を兼ねた家人はいましたけどやっぱり武装している姿は見たことがあっても戦っている姿は知らないです。
改めてそう思うと騎士の方々には頭が下がる思いですよね、あの恐ろしいモンスターだけでなく、夜盗ですとか盗賊団ですとかの討伐だって行うわけでしょう?
ゲームの中ではほいほい戦ってますけど、怪我だって当然するでしょうし……って、あれ?
「あっ、エディがいました!」
「え、ええ……」
エーレンさんが指さす方をちらりと見れば、整列している中に確かにエディさんの姿がありました。
でも私が気になるのは、その一対多で訓練をするであろう騎士たちの、その一人で戦う側……あれってアルダールじゃありません?
いえ、アルダールが強いとは聞いてますが、え、強いってそういうこともするの? デモンストレーション的な? いえ他の方もやるんですよね?
「……そうですね、私、あの人の妻になるんですね。ああして護衛騎士隊の中で凛々しくしている姿を見ると、改めて……私……あの人の道を、潰してしまったんじゃ」
「それでも、貴女にそばに居て欲しいと言ってくれたのでしょう?」
「はい」
「それを受け入れたのならば、貴女は騎士の妻、でしょう?」
「……はい」
エーレンさんの不安そうな声に、もっともらしいことを言ってみました。
でも私の視線はアルダールに釘付けです。
私には強い弱いとか、剣がどうのとか本当によくわかってません。
ただ、アルダールが剣に手をかけて、周囲の騎士が彼を取り囲む。その姿を見ただけで不安を覚えて、思わずカーテンを握りしめました。大丈夫、これは訓練。そう、アルダールは強い、わかっているのに。
「……あれは、アルダール・サウルさまですよね?」
「ええ……」
「次期剣聖という噂もある方ですから、こういう時は駆り出されるのかもしれませんね」
「……そうね」
エーレンさんはエディさんの姿を見て、落ち着いたようでした。
大勢いる騎士の姿には少しだけ怯んだ様子もあった彼女ですが、それは良い事と思います。
私の様子に気付いて、気遣うように言ってくれたことも嬉しい。嬉しいけれど、安心は、なぜかできませんでした。
私にできるのは、食い入るようにアルダールの姿を見るだけ。
あの人が強い、というのはそりゃモンスター相手に無傷だったんだからわかってるのよ。わかっちゃいるんだけど、なんて言えばいいんでしょう。こう、怖い……に近いのかな?
怪我をして欲しくないとか、負けて欲しくないとか、そういう気持ちのほかに、何かがぎゅぅってなるんです。もしかすると私は、アルダールに剣を持って欲しくない……? 違うなあ、だって彼が騎士でありたいと言っていたのを知っているしそれはそれで大事なことだって思ったんだもの。
(じゃあ、なんで)
私の疑問は、晴れないまま。
アルダールに向かって、騎士たちが一斉に向かっていくのが見えました。命にかかわるような訓練じゃないってわかってるけど、しょうがないじゃん怖いんだもの。
カーテンを握る力が、思わず強くなってしまってきっとこれ、皺になったんだろうなあってちょっとだけ思いましたけどね。そこは後でなんとかするから! 絶対なんとかするから許してください!!
でも……なんで私、こんなにモヤモヤするんだろう。