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スカーレットと話すことで大分顔合わせの会に対してのイメージも固まりました。
うんうん、こういうのってやっぱりイメージトレーニング大事ですよね。私もオルタンス嬢のことを『ゲームの登場人物』などとフィルターをかけてみるのではなく、大事な弟のお嫁さんとして来てくれる女性としてきちんとご挨拶してみせますからね!
とはいえ家族みんなの反応はどうなのかなあ、恐らく大歓迎ってところでしょうけども。特にお義母さまが。
あの方も、後添いとして伯爵家からファンディッド子爵家に嫁いできた経緯がありますしね……ご本人は私たちにそのことで何かを言うことはありませんでしたし、立派に今も当主の妻として頑張っているからこそメレクはあんなにも立派に育ったんですよね。
でもお義母さまご出身の伯爵家所縁の方に、私まだ見習い侍女だった頃ちょっと馬鹿にされた思い出がありますから何があったかは割と知ってます。
お義母さまも裕福ではない伯爵家の複数いる娘の一人、適度に実家に役立ちそうな家に放り込まれた……と言ったところだったんでしょう。まあ実際には何かあった時にどっかの派閥に属していないファンディッド子爵家を替え玉に、とかそういう魂胆があるっぽいですが。
以前お会いしたその所縁の方はお義母さまのことを“領地持ちとは言えたかが子爵家にしか嫁げなかった”とか、私のことを“目の上のたんこぶになりかねない先妻の娘はこんなに不器量で目も当てられない”とか好き勝手仰ってましたからね、そこからちょっと先輩侍女たちから小耳に挟んだ話と併せて推測した結果なので、ちょっとは間違ってるかもしれませんけどね。
そういえばプリメラさま付きの侍女になって、何度か「親戚なんだから」とかお声を掛けてくる方がいらっしゃいましたが……その所縁の方に似ていたかもしれませんね! 私、そういうのはお会いしないことにしているのですべて門前払いですからよくわからないですけど。
まあそんな状況ですから、名門セレッセ伯爵家のお嬢さまが嫁いでくるとなればお義母さまはさぞかしお喜びのことでしょう。
張り切り過ぎて妙に意気込んでないといいですけど……。
セレッセ伯爵さまが妹君を嫁がせても良いと思ったメレクの人柄、それを上回る大失態は避けたいところです。まあ、顔合わせ前の家族会議できちんとそこのところは気をつけておけば良いですかね。
嫁姑問題とかはちょっと私の範疇外だからそこはまあ、メレクに頑張ってもらうとしましょう……。
(お父さまは、うん……まあ、メレクが愚痴を言いたいときに聞いてあげてくれたらいいなあ!)
そんなことを考えていると、ノックの音の後に珍しい人が顔を覗かせました。
「失礼いたします」
「あら、エーレンさん」
「申し訳ございません、今お時間をいただけませんでしょうか」
「? お約束いただいた日は別だったと思いますが」
「ああ、いえ、私の……というわけじゃないんですけど、でも、あの」
エーレンさんは例の新年祭のあと、ちゃんと日時の約束をしてお茶をすることにしていたんですが執務室に現れた彼女は少し困ったような表情でした。
となると、内宮からの使いと考えるべきでしょうか?
プリメラさまは今、神学のお勉強中でしばらくは大丈夫でしょう。スカーレットもいるし。私は頷いて彼女に入室するよう促しました。
「それで、どうかなさいましたか?」
「いえ……あの、一応お耳に入れておこうかなと思って……あの、私は休憩時間なんです。ユリアさまがお忙しいようでしたら」
「いいえ、大丈夫です」
私がソファを勧めると、おずおずといった様子でエーレンさんが座りました。
緊張しているんでしょうか、少し顔色が悪いですね。
温かいお茶でも入れてあげようと立ち上がった私に、エーレンさんが震える声で言いました。
「……ミュリエッタは、学園に入ることが決まっていると聞きました」
「ええ、その通りです」
「その際に、ウィナー男爵、つまりミュリエッタの父親が、騎士団に入隊する、ということは既にご存知かと思います」
「……? ええ」
「それで、あの」
エーレンさんは困ったように口を閉ざし、それから意を決したように私を見ました。
以前から美人でしたが、今のエーレンさんは前よりももっと、なんというんでしょう。芯が通ったような気がして、ああこれがエディさんの影響で、恋する女性なんだなあなんて場違いなことを印象として持ちました。
「あの子、あの、アルダール・サウルさまにちょっかいをかけたって噂で聞きました」
「……」
「父親が騎士団勤めになれば、会いに行けるかもなんて言い出すんじゃないかって……多分、そんなことをしてはいけないって私が言っても聞かないでしょう。あの子は自分の能力に、ものすごく自信を持っていますから」
「エーレンさん……」
「私は! 私は……今、エディの婚約者として、これからしっかりしていくと決めましたし、彼女は友人でしたが誤ったことをするにしても正すことは、不可能です。でも、恩もあるんです。彼女は自分がこうだと決めたら、そう突き進むタイプなんです」
泣きそうな顔で、自分の言葉なんて聞かないとミュリエッタさんを評したエーレンさんはそれでも恩義あるウィナー父娘がとんでもない立場になることを恐れているようです。いや、もうとっくの昔にね……なんて口が裂けても言える雰囲気じゃありませんね。元々言えませんけどね、事情が事情ですので……。
「大丈夫ですよエーレンさん。エディさんにも確認してくれて構いませんが、もしウィナー男爵さまが配属されるとしても一般騎士からです。近衛騎士や護衛騎士とは勤務が違いますし、宿舎も違います。個人的に道を間違えて会いに行く、なんてこともできません」
「……大丈夫、でしょうか。でも、ミュリエッタは……彼女がアルダール・サウルさまに懸想しているなら、諦めるとは到底思えません。そのくらい、彼女はあらゆることを手にしてきたんです。でもそうなったら、この王城では決して許されることじゃないし、そうしたら男爵が」
「ウィナー男爵さまの実力は私にはわかりませんが、きっと真面目に勤められれば同輩の皆さまが支援してくださいましょう。学園が始まるまで、そう時間もありませんし……気をつけることは大事ですが、案じすぎて貴女が体を壊してしまうほうが心配です」
「ユリアさま……」
結婚ってすごく幸せだけどメンタル負担も大きそうだものね。
エディさんは頼りになるだろうけど、エーレンさんは辺境を嫌って首都に出てきたのに、出身とは違う辺境の地に行くことになったわけだし仕方がないって言いながらもストレスは絶対あるはず。
それに、今回の結婚でエディさんはやっぱり実質左遷だったわけでしょう? いくら無実とはいえ、どこかで繋がりがあったかもしれないエーレンさん、という女性を妻に迎えるって堂々としたのはカッコいいと思うけどね。そういう経緯を、彼女だって……いや、誰よりも彼女が理解しているはず。
だからね、ミュリエッタさんのことばっかり心配しないで自分のことを心配して欲しいんだよね。
そこまで踏み切ったエディさんと、そんな彼と一緒に前を向いて行こうとするエーレンさん自身の幸せのために。
確かにミュリエッタさんという存在がいたから、今彼女が王城に勤めたのかもしれないしエディさんと出会えたのかもしれない。
だけど起こるかどうかわからないことで、彼女が病んでもしょうがない。
それにアルダールに会いに行く、とはさすがにないでしょう。あそこまで注意されてるんだし。……しないよね?
アルダール自身がミュリエッタさんに会いたいって言い出さなきゃないと思うんですが。
なんか文句を言いたいとかじゃなかったら、そんなことにはならないと信じてます。ほら、デートもしたしネックレスも貰ったし、ってことは私の方に彼も意識を向けてくれてるって思えるわけですし……。あれ? 違う?
「心配ならエディさんに会いに行ってみては?」
「エディに? で、でも勤務中で」
「遠くからでも彼の姿を見て、今自分は彼の婚約者なのだと再確認してみてはどうかしら。ミュリエッタさんの影を追ってばかりではなく、一緒に遠方の地で頑張っていく人のことをしっかりと見てみたら?」
「……い、今は多分……鍛錬場、だと思うんです」
「鍛錬場」
言われてみれば、そういえば護衛騎士隊の女性陣がそんなこと言ってましたね。
新年祭が終わって騎士団から選抜された新兵が入隊するから鍛錬期間があるって。近衛隊と合同とかなんとか……そうか、ウィナー男爵が騎士隊に入団するのはもうちょっと後かな。
「ひ、一人は、ちょっと、まだ。怖くて」
「怖い、ですか?」
「はい。あの、鍛錬場の雰囲気が」
「ああ……では、私も一緒に行きましょう」
「ありがとうございます!!」
確かに武器を持ってぶつかり合う人たちのいるところってちょっと独特だよね!
エーレンさんは辺境の地でもっと生々しいのを見ているから大丈夫そうに思ってたけど、逆か。トラウマっぽいのかもしれない。そんな感じで騎士の妻としてやっていけるのか心配だけど、まあ王城でくらい誰かが手助けしたっていいと思うんだよね。
なんだかんだ結局エーレンさんの相談を受けた、みたいになってるなあと思いつつも彼女は彼女なり、ミュリエッタさんが何か行動を起こすことで私やウィナー男爵が窮地に立つのではと心配してくれたようですからね。
(でもなにか忘れているような?)
……あ、待てよ。
近衛隊も合同だって言ってたじゃん。
ってことはアルダールに見つかるとまた「ユリアは甘い」って説教されるコースが待っている……!?
でも今更ようやく顔色も戻ってふにゃって笑った美人の期待を裏切るなんて、できるだろうか? いや、できない。
まさに、前門の虎後門の狼です……。私ったら、なんて迂闊なのでしょう……!
なんか小難しいこと言って誤魔化そうとしているが、自業自得である。