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そうですよ、ミュリエッタさん。
いえ、忘れてるわけじゃないですミュリエッタさん。
エーレンさんは、彼女によって運命が変わったと信じているわけですし。ミュリエッタさんに未来を予知する能力があると信じている。
そして、それを僅かに疑問視も。
「……そんなに心配ならば、お会いしてさしあげたらいかがですか? 彼女も友人がよそよそしくなったとこぼしていたと思います」
「それは……そう、なんですけど……」
勿論、エーレンさんの立場からすると今不用意なことをするとまた疑われたりするし、そこからミュリエッタさんの方に波及することを心配しているのかもしれませんが。
それならそうと伝えた方が、お互い安心できるんじゃないかなあって思うんですけど違いますかね?
エーレンさん自身はようやく色んなものに折り合いがついて、エディさんと新しい道を歩むと決めたのですからきっとミュリエッタさんだって祝福してくれるに違いありません。
まあ、現状色々令嬢として厳しい教育などにある中で、友人が遠くに行ってしまうことを寂しがってしまうかもしれませんけどね。だからってそれを理由に引き留めたりとかしないでしょうし、されたところでできないでしょう。
エディさんの出向先、というんでしょうかこの場合。とにかく次の勤務先が決まっているのでしたら、それを覆すことはできないでしょうし……そして今のエーレンさんなら、迷わず彼についていけそうですし。
だから会いに行ってはどうかなって思うんだけど、まあ私はあくまで外野の立場ですからね……でも私に対して『心配だ』って言われても困るというか、じゃあ会いに行けばとしか言えません。
私自身、ミュリエッタさんとは色々ありましたから会いたいと思うわけじゃないし、エーレンさんに対しても縁があったというだけで仲が良いわけではないのでじゃあ伝えておいてあげるとか親切にしてあげるほどでもないし……冷たいようですが、私にできることはありません。余計なお世話は焼きすぎてもただの余計なお世話ですからね。
「会うのが、怖くて」
「会うのが怖い? それは――」
「エーレン、あまり長話をしては二人の邪魔だろう。挨拶をするだけだとお前も言っていたじゃないか」
「……マッケイル殿」
「筆頭侍女殿、以前は世話になった。……エーレンから聞いたかと思うが、彼女と結婚することとなった。その後はまだ日程を明かせないが、辺境を任地として精進する予定だ」
「はい、ご結婚おめでとうございます。新たな任地でもどうぞ、ご壮健で。エーレンさんと仲良くお過ごしください」
「感謝する」
エディさんは私に対しても軽くお辞儀をして、ふっと笑った。
王子の護衛騎士、という立場ではなく辺境を守る部隊の騎士になる、というのは……正直にぶっちゃけると、まあ左遷みたいな感じは否めません。
いえ、功績さえ立てられるならば辺境のほうがのし上がっていくに平民出身者で実力があるならばちょうどよいとも言われますが。
王族の護衛騎士に任命されるほどの教養と実力があるならば。きっと辺境の地でも負けずにやっていけるはず、ですが安定した地位と名誉という点では護衛騎士の方が上だったはず。
おそらく私の知らないところで色々あったんでしょうが、そこはやっぱり私が案じるべき件ではないのでしょう。
「あの、ユリアさま、あのっ……」
「行くぞ、エーレン」
「あ、待ってエディ! あの、ユリアさま……本当に、ご迷惑をおかけいたしました! あの、後日、またお時間をいただけたらっ……」
「……構いません。ご連絡をお待ちしておりますね」
ちょっと躊躇いましたが、私はエーレンさんの言葉に頷いてみせました。
縋るようなまなざしを美人から向けられたらなんか無下にはできないでしょ!?
それにその後ろのエディさんの視線も怖いし。婚約者大事なのはわかるけど、女性相手にまで変な圧をかけてはいけませんよ!?
「ありがとうございます……ッ!!」
私の言葉にぱぁっと顔を綻ばせたエーレンさんが両手を広げたのを見て、ああハグされるのかなって思ったら後ろから手が伸びてきて私が引き寄せられ……ってうわあああ!?
「あっ、あるだーる!?」
「申し訳ないけれど、もういいかな? それじゃあ気を付けて、エディ殿」
「……ああ。近衛騎士殿もあまりそう……」
「なんのことかな?」
「いや」
ちょっとエディさん何を言いかけてそして目をそらすんですかね!
エーレンさんもすごく行き場のない手をしながらこっちをものすごくきょとんとした顔で見ないでくれますかね。
後ろにいるアルダールの顔は見えませんが、そんなにここでの立ち話いやだったんですかね? まあ往来だししょうがないといえばしょうがないとは思うんだけど……。
会釈して去る彼らにお辞儀しようにも、また私の前に回された腕が外れてくれないので手を振るだけでした……が、あの、往来なんでそろそろ解放していただきたい。
「アルダール?」
前に回された腕がなかなか外れないのでとんとんと叩いてみますが、無反応。
え、なんか怒ってる?
「アルダール、何か私しましたか?」
「……なにもしてないよ」
ゆっくりと外された腕で、私がようやく振り向くと少しだけ不満そうな顔をしたアルダールがそこにはいました。
はて、なんだろうかと首を傾げましたが、すぐにその答えは本人から聞けました。
「ユリアはお人好しが過ぎるんじゃないかな」
「え、そうですか?」
そうだろうか、……いやうん、そうかも?
でもエーレンさんも遠くに行ってしまうのですし、ちょっとくらいお話をしてもいいかなあとは思うんですよ。
ミュリエッタさんのことを託すつもりならお断りするつもりですが、もしかしてアルダールからすると私はそれを“ついつい”引き受けちゃうように見えているんでしょうか。心外です。
「彼女は……例のウィナー嬢の関係者だ。そういう風に君が見られることになったらどうするんだ?」
「関係者、ですか?」
「まあ……私ときみは、すでにそう見られている気がしないでもないけど。でも出来る限り、彼女に関わる要素に自ら近づくのは止めた方が良い」
「それは……まあ、そうかもしれませんけど」
確かにまあ言われればそう、かな。
でも王弟殿下がミュリエッタの父親というキーパーソンを押さえ、そして彼女の『王女殿下への非礼に目を瞑った』ことで彼女自身を押さえた現状で何かがあるとは思えないんだけど……それは甘い考えなのかな。
彼女自身がアルダールにちょっかいをかけなければ私としては構わないっていうか、後プリメラさまに対してどうこうって態度さえなければ。まあ正規ヒロインとして、彼女が何をなし得たいのかというのを知っておきたい気もしなくもないっていうか……うん? あれ、それだと結局ミュリエッタさんに関わらないといけないのかな?
アルダール狙いなんだろうなって思ったけど、あの状況で彼女がアルダールに今後近寄れる可能性は少ない……はずで、学生になったからってディーン・デインさまが今のプリメラさまと相思相愛状態な上に兄弟関係も良好、となればミュリエッタとお近づきになったところで友人止まりでしょうし。
そもそも良識ある貴族の子女であれば、婚約者がいる人間と下手に親しくしたりはしないでしょう。距離感は大事です。
いやでもミュリエッタさん、前世の記憶を優先してたらやらかすかしら。統括侍女さまがそんな真似をさせないようぎっちぎちに教育をって望んでるような気がしないでもないけど。
それでも、うん……これは私がわるかったのかもしれない。
「ごめんなさい」
「……いや、私も言い過ぎた」
「気をつけますね」
「うん……いや、……うん。行こうか、もう忘れよう。折角の日を無駄にしちゃ勿体ないからね」
「はい!」
なんだろう、ちょっと何か言いかけたけど。
でもここで突っ込むのも、ちょっと空気読めないよねえ。
それにアルダールが言うように、折角の休日、折角のデートだものね!
 




