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 実家の件は多くの方が私に協力的だということを知ったので私は大分落ち着いていた。

 正直、そんなトラブルが起きた・起きそうな家の出身者を王族の傍に置くなんてという意見が聞こえてきてもおかしくはないのが王宮というところだ。

 ……うん? むしろなんでそういう人がいないんだろう。

 絶対一人二人はいておかしくないんだけど。裏で言っていて私に聞こえないだけかしらね?


 まあ、私はプリメラさまがずっと侍女でいてくれたらいいと言ってくれているから構わないけどね!

 辞めないわよ!!



 というわけで、私の侍女としての朝は早い。

 朝起きて身支度を整え、今日のプリメラさまの予定を確認する。

 それから入っている食材と朝食メニューを照らし合わせ、料理番の所に行き食材と調味料のチェック。

 無論プリメラさま専属となっている料理人を疑うわけではなくて、食材や調味料、さらには食器類(カトラリー)に仕込んだとかまで数代前とはいえ過去に実例があるので気を付けるのは筆頭侍女としては当然のことだ。

 まあプリメラさまは割と安全圏にいると思う。

 この国では女児も継承権がないわけじゃないが、長子で男児の王太子殿下がいらっしゃるのだ。しかも優秀と来ているんだから王位継承権争いは程遠い。

 しかも兄妹仲は良いのだから言うこともない。

 ということは、プリメラさまの結婚相手が誰かというのが問題なだけで、それも大きい問題ではないのだ。

 幸いどこかの国と争っているわけでもなければ他国の顔色を窺わなければならないほど小国というわけでもないこのクーラウム王国は、肥沃な大地に穏やかな気候、屈強な騎竜隊と騎馬隊が揃いながらも穏健派としてある国だ。

 その王女の夫となるならば他国の王子であれば相応の国、もしくは上の国が望ましいと思われている。だがそうなれば大国ふたつが強いつながりができることになるから、軍事バランスが崩れてしまうことを懸念されている。

 国内から選ぶのであれば、後々王となる王太子殿下の右腕となれる相手が望ましいとされていることも周知の事実で――国王陛下は、ディーン・デインさまがそれに相当すると期待しておられるんだと思う。


 是非ディーン・デインさまには立派な騎士になっていただいてゆくゆくは大将軍の地位につき、今の国王陛下と王弟殿下の関係のように支え合っていただきたいものである。


 話が逸れた。

 次にすべきは姫さまの起床から今日の予定を告げ、準備をしなければならない。

 ……出しておいた3つの手紙の返事が来ていたのを確認して、私は誰にともなく頷いた。


 今日の夕方、姫さまには少々席を外すことをお許しいただかねば。



◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□



 城内を歩くのは常に緊張するけれど、今日は格別だと思う。

 目の前には重厚な扉。

 取次の見習い騎士たちは侍女の私が正式な面会者であることに不審な顔をしているけれど、きちんと名乗って用件を告げれば中にいる御仁に伝えないわけにはいかない。


「宰相閣下がお会いするそうです。どうぞ中へ」


「失礼いたします」


 中に案内されれば、初老の男性が丁寧にお辞儀をしてくれた。

 この人は宰相様の秘書官を務めている方で、私のことは当然ご存じだ。

 私もスカートをつまみ、膝を緩く折って淑女の礼を返せばふんわりと微笑んでくれた。


 その奥から、冷たいくらいの声音が響く。


「よく来た。ビアンカから話は聞いている」


「……王弟殿下からではないのですか?」


「お前はあの男にまともな説明ができると思っているか?」


「そこまで仰るほどあの方が無能とは思いませんわ」


「まああいつのことはどうでもいい。お前が知りたいことは今から教えてやる。座れ。……ところで手土産はないのか?」


 自分から土産がないのか聞いちゃう辺り、この男……じゃなかったこの方、我が国きっての頭脳をお持ちである宰相閣下はやっぱり王弟殿下と長くご友人関係なだけあるわー。

 宰相様と周囲からは呼ばれておられるけど、実は役職呼びをされるのはお好きじゃないことを知っていますよ!

 特に友人関係、個人でのお付き合いを望まれる方にはアーネスト・ベルエルクという名前を呼んでもらうことを好んでいらっしゃるのですよね。

 かと言って勝手に親し気にそのようなことをしたら氷点下に好感度が下がっちゃう、ゲームでいうなら攻略上面倒なタイプの男ですね。

 まあ攻略対象じゃないですけども。でもこの方の子飼いにもう一人の攻略対象、暗殺者の少年がいるんですよね。


 流石に暗殺者を傍に置いてるとかどういう生活なのかしら、公爵家ってそういうものなのかしらと思ったけどあまり深く考えたってしょうがないと割り切ることにした。


「いえ、どうせでしたら出来立てをお召し上がりいただきたいとグリルさまに事前に必要な品はお願いしてありますわ」


「ほう、グリル」


「こちらに」


 実は秘書をしているこの初老の男性、グリルさんというのだけど、この方トライメル公爵家で長く仕えている執事の一人でもあるんですってね。

 私としてはとても有能なこの方の所作は見ているだけで勉強になるのでありがたいことです。

 超! 先輩ですからね!!


 で、お願いしておいたのは砂糖と牛乳と卵だ。つまり、プリメラさまにご好評いただいたアイスクリームである。

 目の前で魔法を使い仕上げたそれを美しい細工の施された器に入れると、グリルさんが優美な動きで宰相閣下の前に置いた。

 おいおい、ナイスミドルの仮面が剥げてますよ。


「うむ……冷菓子か、うむ! これは、これはなんとも……空気が含まれているからか舌触りは滑らかで牛乳と卵、そして砂糖の甘さがほどよい。口の中で溶けていくのも楽しめるし……」


 グルメ番組じゃないんだからそんなに丁寧に評価いただかなくて結構です。

 でもまあ、お気に召していただけたようでほっとしました。流石にこの方、なにもなしで動いてくださるほど暇でもなければ私に友情を感じているわけでもありませんからね!

 あるとしたらドルチェへの情熱と、奥様のお願いなんですから。


 一口目から大喜びの男性に水を差すようかと思ったけれど、私はグリルさんの方を見てお互い目を見て頷き合う。


「公爵さま、よろしければその冷菓子にもうひと手間加えたものにご感想をいただけませんか?」


「む、これにか?」


「はい、濃い目の紅茶をご用意いたしましたのでそちらをかけてお召し上がりください」


「なんと、紅茶を……!!」


 目をキラキラさせたナイスミドル、いやまあ見る分には良いんでしょうけどね。

 いいのかしらね、こうやって餌付け的な感じにしか思えないんだけど。

 勿論そんな考えを口に出すこともないし態度にも出しませんけども。

 ええ、ええ、侍女たるもの常に冷静に、主が望むことを成すものですから、この方が今望むものをきっとグリルさまはお見通しなのでしょうけれども、私はただ内心で般若心経を唱えるくらいしかできなかった。



◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□



 さて、紅茶のアフォガートは大層お気に召していただけて、アイスクリームの作り方は魔法を使用しているので難しいがまたいずれ奥方さまとのお茶会の際にお届けする約束をして許していただいた。


 そして聞けたのは、父を嵌めたのはやはりタルボット商会で間違いないということ。

 その背後にいる連中はプリメラさまをシャグラン王家に嫁がせ、最近傾きかけた財政をクーラウムからなんとか出させたいらしいというお粗末なものだ。

 まあそんなだからボロが出まくるわけだけども。どこの三文芝居だ。

 タルボット商会としてはシャグラン王国での商売権がもらえるのと別に、賭博場で金貸し業務をしただけなので罪には問えないということだ。

 まあそうだろうね……。


 だけれどファンディッド子爵が大公妃殿下のところへ足繁く通ったというのはもう隠しようのない事実だということで、一計を案じるべきだと提案された。ちなみに拒否権はないらしい。


 それはなんというか、私にとって目を剥いて叫び出したくなるような現実を突き付けられたのだ。


「今月末にあるプリメラさまの誕生パーティで、ファンディッド子爵令嬢ユリア、お前には社交界デビューをしてもらおう」


 なんということでしょう。

 あれだけ避けていた社交界デビューをせねばならないんですって?!


 死にそうな顔をした私が戻った先で話を聞いたプリメラさまは、花が綻ぶような笑みを見せてくれた。

 どうやら社交界デビューすることで私が堂々と名前を呼ぶ権利を与えられることが嬉しいらしい。

 いやプリメラさま? それは子爵令嬢としてプリメラさまの前に立った時だけですよ?

 侍女の立場でお傍にいるときは流石に名前で呼べませんからね?



 そんなことを、私は喜ぶプリメラさまには到底言えなかったのだった……あとできっとご聡明だからご自身で気付かれてきっとベッドの上をごろごろするんだろうと、そっとベッドの周りに間違って落っこちた時の為のラグを敷き詰めるくらいしか私にはできないのだった。

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