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(ええ……これどうしたらいいのかな)
適当にお茶を濁すってわけにはいかないですよねえ、距離が距離ですし。
この後も一緒にお祭りを見て歩くことを考えたら、気まずくなるのは避けたいですし、何より内容が内容です。
そりゃまあ、アルダールの言い分はわからないでもない。
でもさ、あんなブラックジョークくらい思いつくじゃないですか……子供じゃないんだもの。
それにこんな個室とかささっと利用しちゃえる位には彼の方がオトナなわけですし、ちょっとくらい意趣返ししたいっていうか……まあ意趣返しされちゃったわけですが。
だってこの部屋の作りってあれでしょ? 密談向けっていうか、でも製菓店だからきっとカップルとかもでしょ? 今まで私は使用人の誰かに買ってきてもらうとか店員に王女宮まで来てもらうとかでこういう部屋を利用する機会がないから正直興味津々ですけどね。
でもそういう用途だろうなあってくらいはわかりますよ、ほら私も大人ですし?
そう考えたらあっさり利用するアルダールに対して「この人、前にも利用したことあるな」って感じるじゃありませんか、ねえ?
(……あれ、待てよ?)
カップル向けってただこうやって寄り添ってチョコレート食べておしゃべりに興ずる、だと思ってましたが……あれあれ待てよ? 前世でも映画館のカップルシートとかこういう個室とかでイチャコラしたよって会社で先輩が自慢してたことがありましたよね。そうですよね大人ですもの!!
可愛い学生の、ちょっとした背伸びとは違うんですよね!? ここ高級店ですし!?
そりゃまあ色んな意味で危ういことまではしないんでしょうが、ただのデートとかじゃなくてもうちょっとオトナのあれやこれってこともあり得る!?
そう考えると急激に恥ずかしくなってきました。え、え、まさかね?
「……フ、首まで真っ赤。そんなに言うのが恥ずかしい?」
私の考えてることは別なんだけど、アルダールは私が照れていると勘違いしたみたい。
いや、照れてもいるけどね?
だって、ほら、自意識過剰だって笑われるかもしれないけど、アルダールが『そういう』目的で私をここに連れてきたとか今後連れてくるとかそういうことってあるのかなあとか思ったらね!?
……それよりも前に誰かと来てたのかなと思うと、引っかかるところがありまくりなんですけどそれを問うだけの勇気は、ないなあ……。
「それとも、嫌だった?」
「え、え。いえ、あの……」
「ただ、好きだと言ってもらえたらそれでいい。私の気持ちは私のものだし、ユリアの気持ちはユリアのものだとわかっているつもりだよ。……同じくらいの、気持ちになってくれたらと思うけれどね」
「お、同じ……くらい、ですか?」
そこんとこはちょっと意味がわかりかねますね!
同じくらいのってどういうことだろう。
好きってだけじゃ、だめなんでしょうか?
あ、どうしよう、好きは好きなんですよ、ほら、脳筋公子とかに反抗的態度をしちゃうくらいに。
でもそうなんですよね、よくよく考えたら私、アルダールに告白されて好きだって自覚したわけですよ。
それも王弟殿下のご協力の元、想像で嫉妬とかをして自覚して、その自覚から本人を前にしたらしっくりきたっていうか間違いないなって自分でも納得できたっていうか。
でも実際に付き合ってみてわかったことは、嫉妬や羨望……はやっぱりないわけじゃないけど、不安になるようなことはアルダールからされてない。
むしろ勝手に自信がなくて私が不安になることはあっても、彼の方は変わらずに、慌てずに私の手を取って待ってくれている。今もそう。
だから、顔が見れないとか恥ずかしいとか、イケメンつよいとか内心ではまあ言いたい放題の私ですけども!
なんだかんだ、うん、思っていたような嫉妬とかは感じずに、大事にされてるなあって。
どんどん、こう……予想していた以上に、アルダールという男性との恋に溺れて行ってるなあって思うんですよ。
勿論プリメラさまが大事ですし、お仕事は楽しいです!
そこは変わりません。
(前は、恋をしたら何かが変わってしまうんじゃないかって思ったんだよね)
前世で、恋が素敵なものだろうって色々夢想したりもしましたよ。
でも社会に出て恋ってのが甘ったるいだけじゃないってのも目の当たりにしましたし、恋に破れてグズグズになってしまった人も見かけましたし、恋に浮かれて失敗した人の姿だって見ました。
ああはなりたくないものだと思ったものですよ、自分が失恋もどきをした時それを棚に上げて。
いや、失恋もどきをしたからこそそう思ったのかも。そういうのを見て、「ああならなかったんだから。良かったじゃないか自分」ってちょっとこっそり自分で自分を慰めてたっていうか?
なにせ私自身は高潔な人間でもなければ、仕方ないよねって次から次にステップアップできるほど軽やかな人間でもなかったから。
今の『ユリア』は向上心もあるし、遣り甲斐ある仕事もあるからきっと前世の自分よりもしっかりと前を向ける、とは思いますけど……。
「ユリア?」
「アルダール、正直に答えてください」
「え? う、うん」
そうですよ、今の私は『前世の私』ではありません!!
な、ならイケるでしょここは攻め時です。何言ってるかちょっと自分でもわかりませんが。
アルダールは私を大事にしてくれている。私もそれを知っている。
不安に思うのは自分自身。異性に愛されることに慣れていない、という自信の無さが原因。
じゃあ、だから、嫌われたくない……で言葉を呑み込むのは、対等の恋人がすべきことだろうか?
私からも勿論好きだと告げますよ! フェアじゃないですから。
いや違うな、そこは勝負とかじゃないんだからフェアとかそういう問題じゃなかった。
「あ、アルダール、が……ええと、うん……。あの、こういう個室、とか。慣れて、らっしゃいます……?」
「えっ」
「いやだって、ほら、ここに来た時も店員に対する態度とか部屋の中でもその落ち着きっぷりが慣れてるのかなっていやそうじゃないんですけど疑ってるとかじゃないですよ!?」
あれ、なんで私がしどろもどろになった挙句の早口になったんですかね。
アルダールはただ驚いただけできょとんとした顔から察するに後ろ暗い所が何もないって感じです。いや、待て、騙されるな。もしかしたら悪びれてない可能性も。
いやいや悪い方向に考えるのが私の悪い癖だって前も反省したじゃん! 活かせよ私!!
「いや、慣れているわけじゃないよ。まあ……師匠に連れられて女性用のお土産とかを買うのに付き合わされたり、義母上の買い物に付き合わされたりでこの店とは顔見知りなだけで」
「あっ」
「なんだい、私が誰でも誘っているかも、なんて思った?」
「ち、違いますよ! さすがにそこまで思ってません!! ただ、ほら、あの……前の恋人の方とか、と、いらしたのかなぁって……」
ああー待つんだ私! それって重たい女じゃないですか、元カノの影を気にするとかしちゃだめだ!
これだから恋愛初心者は!! って反省しておりますが飛び出した言葉は呑み込めません。なんてことでしょうか。
なんてことでしょうか……!!
「……そりゃ、まあ。私もそれなりの年齢だし、ユリアが初めての恋人だ、とまでは言わない。でもここに恋人と一緒に来たのはユリアが初めてだよ」
「……あっ、り、がとう、ございます……?」
「なんで疑問形になるかなあ」
「だ、だって」
それってどう反応していいかわかんないからですよ!!
でも呆れもせずにちゃんと答えてくれたアルダールに、私だってやっぱり応えないといけません。
「……わ、私がいくら、こんなでも、ですね。やきもち、くらい焼くんですよ……!!」
少しずつ、少しずつ。
私の、正直な気持ちを伝えていこう。
そりゃまあ、出来たら物語みたいに綺麗な関係がいいんだろうけど。
嫉妬とか、不安とか、そんなのでぐじぐじするようなのじゃないのがいいんだろうけど、そういうのは私には無理だってわかってるんだもの。
「でもやっぱり、ちょっとカッコ悪いじゃないですか……」
「……妬いてくれるんだ?」
「そりゃまあ」
当然でしょう、という言葉は呑み込んだ。
だって、アルダールが思いの外柔らかい、甘ったるい笑みで私の方を見ていたから。
(あ、これちょっといい雰囲気じゃない……?)
改めて思うと、今の状況超甘ったるいんじゃないかなあって……気づきましたよ私!!
どうする私! いやいっちゃうか私!?