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「ギルデロック……お前が何故ここに。家人はどうした?」
「あんなウスノロ連中を連れたまま賑わう祭りの中で貴様を探せると思うのか? 少しは考えたらどうだ!」
「いや、少し考えたら家人を置いて跡取り息子が国外を一人ほっつき歩いている方が面目というものが……いや、うん、聞いた私がこれはだめだったか」
ちなみに私たちは今、侍女と騎士という立場のままなので私の護衛を兼ねているわけですね、アルダールは。
本来は互いに『貴族の子供』という考えで護衛をつけてもいいんですが、そこはまあ、正直なところアルダールの方が強いから大丈夫だろうという謎のお墨付きがどこからかいただけたんですよねー。どこからとかは考えたくありません。
アルダール一人でしたら、跡継ぎでもないし現役の騎士だしということであまり深く追及されないようです。まあ、他にも色々な要因があるようですが、あまり聞かないことにしています。話したくなさそうでしたし。
でもだからって、この目の前の人はまた違うんですよ。
他国の貴族であること、その貴族の嫡子であること、確かに剣はすごい……のかもしれない……?
けど、それとこれとは別でしょう!
そもそも他国の新年祭に来て何かあったら国際問題だとかそういうのは考えないんでしょうか。
アルダールが疲れたようにため息を吐き出して、遠くを見ちゃっているのが若干心配ですが。
いやまあ気持ちはわかるけど。デートでちょっと楽しくなってきたぞう、って時にこの何にも考えてない感じの人に出会うってなんか疲れちゃうよね!!
でもアルダールが丁寧な言葉を崩して話す姿はちょっと珍しいっていうか、面倒くさがっている……?
いやまあこの人にしょっちゅう絡まれてるのかと思うとぞんざいな扱いもしたくなるか。納得納得。
「む、アルダール、貴様……帯剣はしているのに武闘大会に出る準備ができておらんではないか。惰弱な!」
「いや出ないから必要ないだろう」
「なにィ!?」
「いや、そこは驚かれても困る。私にも私の都合と言うものがある。大体お前は実家を空けてきていいのか、いくら跡取りだとはいえ次期当主として客を出迎えることはしないのか?」
「あのような腑抜けた作業、妻がおれば十分だ」
「……」
シャグラン王国はクーラウムと違って、新年が国家を挙げての祝い……とは違うんです。
でもまあ新年だから気持ちを新たにね、ということであちらの国内ではパーティが開かれたり社交界が賑わうらしいというのは聞いたことがあります。
国外の方々を招いてではなく、自国の貴族同士が繋がりを強くしようという感じですかね。
で、当然そうなると公爵で現役の大臣職を当主が務めているバルムンク家というのは大貴族ですから、それこそ国中の貴族が媚を売って……じゃなかった、ご挨拶したいとひっきりなしに訪れてきていてもおかしくないはずなんですが。
「む? その隣にいる貧相なのは……ファンディッド子爵令嬢か、久しいな!」
「貧相で申し訳ございません、視界に入ってはご迷惑でございましょうから、私とアルダールはまた別の所へ行きたいと思いますので……」
「何を言う! そうだ、ファンディッド子爵令嬢、貴様もアルダールの雄姿を見てやるが良い。オレと当たるまでに時間はかかるが、どうせ他にどのような連中がいるかわからんが大したことはあるまい!」
「いやだから武闘大会に出ないから。私とユリア殿は買い物の最中でね、悪いが帰ってくれ」
爽やかに言ってますけど相当ストレートですよアルダール!
笑顔だけど目が笑ってません。まあ気持ちはわかります。
私も会って早々に貧相って。貧相って……!!
失礼な!
それなりのお値段の外出着ですけどね? そりゃ公爵家からしたら大したものじゃないかもしれませんけどね。いやわかってますよ、あれですよね、貧相なのは私の……私のスタイルだって言いたいんですよね……? くっ、だから私のスタイルはこの世界では平均的なのだと! あれほど! 脳内で言っているのに……!!
脳内だから伝わってないってことくらい理解してます。でも平均です。この野郎。
「ああ、それと一応。お前に言っておく必要はないかもしれないが」
「なんだ。貴様と手合わせするまで帰らんぞ?」
「いやそこは帰れ。……ユリア殿は十分素敵な女性だ、貶しめるような発言は控えろ」
ぐいっと腰を引かれて密着するように見せてにっこり笑うアルダールの、ここは照れるべきなんですが、あの、アルダールの雰囲気が怖くてですね!
あれぇ、私今日デートで……さっきまで甘い空気が出てたんだと思うんですけど……。
(な、なんか違う……思ってたのと違うゥ!!)
そりゃまあデートを勝負ごとに見立てて女としてこう、一歩踏み出そうとか無駄にちょっと張り切りましたよ。
そこが悪くて今これもしかして天罰とかですか? だとしたら反省するんでできたらもっと穏やかな時間が過ごしたいです神さま!!
「なんだ貴様ら、デートをしていたのか。つまらん……どうせなら武闘大会に出て少しくらい貴様の本性を見てもらったらどうだアルダール」
「え?」
「本性とは失礼だな、そもそも私の剣は競うためのものではない。この国に捧げ、人々を守るための剣だ。むやみやたらと振り回し恰好をつけるためのものじゃない」
あ、それはカッコいい……って違うか、騎士としては当然でした。
まあ騎士であろうと武闘大会に出ること自体はこの国では禁止されてません。切磋琢磨してくれるんならいいよーって感じですかね。
確かに冒険者たちの戦い方は自由で、騎士のそれとは違うんだろうなあとメッタボンと接していると思うことも多いんですよ。メッタボンの彼女であるレジーナさんも騎士ですが、時々稽古をつけてもらうとか言ってましたしね。トリッキーだとかなんとか言ってましたがその場を見たわけではないのでわかりません。なにしたのメッタボン。
それにしても『本性』ってなんだろう。
剣を抜くと、性格が変わる……とか? それはないか、あのモンスター騒ぎの時に剣を抜いてたけどアルダールはアルダールだったもの。怖いとかは特にあの時感じなかったし……。
じゃあ、この脳筋サンの言う『本性』ってなんだ?
思わず密着しているのをいいことに見上げたアルダールの目を真っ直ぐ見てみました。彼は今、脳筋公子の方を見てますから“目を見てお話”とは状況が違うので大丈夫!
チキンって言うな。
「アルダール、あの……」
「ああ、うん。直ぐに終わらせるから大丈夫。今日は少しくらい遅くなっても大丈夫なんだろう?」
「ええ、まあそれはそうですけど」
「ギルデロックの家人が早くここに来てくれたら助かるんだけどね」
「おい、何をボソボソ喋っている」
苛立つでもなく腕を組んで私たちを見ている脳筋公子は、アルダールと本当に剣を交えるのを楽しみにしているのか聞く耳ありませんしね。
まあ私からすると家人が来てくれたとして、それでなんとかなるのかと思わなくもないんですけど……また人の話聞かないで騒ぎまくって、結局家人までこっちに『勝負を受けてやって欲しい』とかなんとか言い出すような気がしてならないんですが……違うのかなあ?
「さあ行くぞアルダール、今ならばまだ受付も間に合うはずだ!!」
「人の話を聞いてくれないか。行かないと言っている」
「む、何故だ! 臆したか!!」
「じゃあもうそれでいい。次期剣聖とかの肩書も全部持って行ってくれ」
頭が痛いと言わんばかりに私を抱いている手とは逆の手で額を押さえるアルダールの声が疲れていて、投げやりです。まあわかる……この脳筋公子、本当に話聞かないよね……。
「ぼ、坊ちゃま! ようやく、ようやく見つけましたぞおおおぉぉぉ……!!」
「む、爺や。遅い!」
「いやそこはお年寄りを労わりましょう!?」
遠くから駆けてくる、この脳筋を“坊ちゃま”なんて呼んできたのは爺やさんらしい。
やや小太りで、そこそこご高齢の人に掛ける言葉が「遅い!」はあまりにもあんまりです。
息を切らせて咽せこんでるし。
思わずアルダールから離れてハンカチを差し出してしまいましたよ。
向こうの家人なんだから、余計なことをしては……とは思うのでこれ以上のことはしませんけどね!
「それで! どうだった!!」
「はい! 武闘大会、申し込み完了してございます」
「そうか、よくやった!」
「そうか、じゃあ私たちはこれで――」
「そちらのアルダール・サウル・フォン・バウムさまの分も含めてきちんと手続き完了でございます!」
な、なんだってぇぇぇえええ!?
私たちが愕然としたのをよそに、爺やさんは命令をやり遂げたからか誇らしげに、そして脳筋公子はとても満足そうに笑ったのだった。