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街に出れば案の定、派手なお祭り騒ぎからやや落ち着いた様子が見て取れました。
とはいえ、すごい人の数ですけど。
なにせこの新年祭、やはり国全体での一大イベントですので、特に庶民の方が自由度高く毎年毎年色んな催し物が開催されるんですよね。
サーカス、大道芸、移動販売、そういったものからそれぞれの商店でやる宝くじのようなものですとか福袋のようなものですとか……そういう点では前世とよく似てますね。
それとは別に国の方で援助して開かれる人気の歌手を招いての演劇ですとか、コロシアムの方で闘牛や武闘大会ですとかそういった類のものも開かれているそうです。
そりゃもうすごい人気だと聞いたことがありますよ、なんでも国中の名だたる剣士や冒険者とかが名誉を競って戦うとかで男性だけでなく女性もみんなこぞって応援する相手がいるとかなんとか。
メイナも幼い頃は良く実家の宿屋を利用してくれる冒険者を応援していたとか言ってましたねぇ。
私はいつもこっそりと護衛の方に一緒に来てもらってこの人混みを眺め、自分用のプレゼントを買って戻って楽しかった、で済ませていたわけです。
だってもうこの雰囲気楽しむだけで満足っていうか……。
「大丈夫? ユリア」
「ええ、やっぱりすごい人混みですね……」
「まあこれだけ賑わっているのを見ると、平和だなあと実感するよ。去年の秋辺りはやはり市井でもモンスターの話題で怯えている人々がいたそうだからね」
「……そうなんですね……」
ああ、そういうのは知らなかった!
いやまあ、私は王城勤めの王城暮らし、市民の声までは気付きません。モンスターの出現はやっぱり普段の生活に影を落としているんだなあ。想像はできてましたけど、こうやって聞くとあの日の恐怖が蘇りそうです。
それにしてもすごい人ですので、はぐれないように……いや、うん、腕を組んでいるから大丈夫だと思うけど。
「あ、あの、アルダール?」
「うん?」
「その……腕を組んで歩く方が歩きにくいので、手を繋ぐのに変えませんか?」
「いいよ」
まるで子供みたいな言い訳ですが、私としては憧れがあったんですよ、ほら……指を絡めて手を繋ぐ、通称恋人繋ぎです!
実際にやってみるとなんだこれ恥ずかしいな……!
いやでも今日は女を見せてやるって決めてるんですから、この程度で恥ずかしがっていてはいけない!!
「それで、まずは服からでも良いかな?」
「あっ、はい!」
「そうだね、じゃあ行こうか?」
まずは服から、と言われてまあそれが妥当かなと思いました。なにせ試着とか手間取りますし、なんだかんだ選ぶのって大変ですから……さっさと選んで注文しちゃった方がいいよね。私は面倒ごとは先に終らせたいタイプです!
でも私、何処の店に行くかまで告げたことあったっけ……まあ行きつけって程のお店はないからどこでもって違う。もしやこれは本当にドレスとかプレゼントしてくる気なんだろうか!?
だとしたら行先はバウム家御用達とかそういうレベルのお店。
そうなるとちょっとお値段問題が発生しかねませんが……いやいや大丈夫だろう、園遊会のおかげでボーナスたくさんもらったから、いつもより良いものを買ったって。
むしろビアンカさまのお茶会に行くんなら、ケチってちゃだめなんだからそういう点ではバウム家御用達とかの方が安心安全間違いないですね。
城下の街にはたくさんの店がありますが、やはり貴族位の方々が利用するような区画はそこまでの賑わいはなく、一本通りを違えただけで空気が違う気がします。
その中でもさらに高級となるとまた違うらしいですが、私もそこまでは行ったことがありません。寧ろプリメラさまの為にドレスを作る際は向こうから来るので。
「あの店に一度いいかな。いつも自分の礼服を仕立てるのに利用してるんだけど、女性ものもあるから」
「アルダールの行きつけですか?」
「まあ、実家関係だけどね。やっぱり店員と顔なじみな方が頼みやすいものだから」
「……私、ここのお店は初めてですね」
「そうなのかい? 君も気に入ってくれたらいいけど」
エスコートされるままに店内に足を踏み入れれば、そこは落ち着いた色合いの壁紙と色とりどりの服が飾られていました。騎士服らしい作りの既製品が飾られているところを見ると、もしかすると近衛隊の御用達なのでしょうか?
でも隣の方にはドレスもありましたので、ただのブティックかもしれません。
「これはこれはアルダール・サウルさま、ようこそいらっしゃいました」
「事前に報せておいた通り、こちらのご婦人のドレスをお願いしたいんだが」
「畏まりました」
(事前連絡とかガチだった!?)
恭しく頭を下げる老人の首には、メジャーが下がっています。どうやらこちらの方が店主のようで、私の方に向き合うとふんわりと微笑んで丁寧にお辞儀をしてくださいました。
いくつかの既製品を女性店員たちが持ってきてくれて、着なくても良いから色合いやデザインで好みのものはないかなどの問答を繰り返し。
その後さらにその情報を元に絞り込まれたドレスが何着か運ばれてきて、また選んで……。
選ぶときにはアルダールも一緒に眺めてどの色が似あうんじゃないかとか助言してたりもしました、が、……なんでしょう、一般的な貴族女性の買い物に比べると随分テキパキしていると言いますか、いやその方がありがたいんですけどね?
私だけだったら店員の言われるままに試着して目がチカチカした後に持ってこられた中から「もうこれでいいからお会計お願い」とかしかねないので。
そういうところ、他の貴族女性を常々尊敬しております……。
でもなんで普段貴族女性の一般的な買い物とは違うんだろう。この店だけ特別なのか、それとも私が今まで利用していた店が特殊だった? でもファンディッド子爵領にいた時もブティックでの買い物はそうやって試着を何回も繰り返すことが貴族としてのステータス、みたいに教わって……。
「どうかした?」
「あ、いえ……思った以上に、あの……」
「試着を繰り返すようなことがなくて楽?」
「はい。あ、いえ……」
「いいんだよ、その方が楽だろうと思ってね。よく親父殿が義母上の買い物に付き合わされて大変だったとか、義母上も試着の量が多くて辛かったと聞いていたからね……他の貴族の目がある場合は見栄もあるから難しいけれど、今日はこの時間帯だけ貸し切りにさせてもらったんだ」
「え、ええっ!?」
「まあ、新年祭で客足が少ない時だからこそ、だけどね」
ふふっと笑ったアルダールに言わせれば、この店はバウム家でもよく利用するけど当然他の貴族たちも利用する、『客を選べる』お店なんだとか。だから普段からすごく賑わったり面倒な貴族とのかかわりがない安心なお店ということだそうです。
しかし伯爵家以上の家格の方々はやはり新年祭の時期は忙しいので、直接お越しになることは少ないからこういった我儘を通してもらえた、とのことでしたが……本当の本当に? 無理してない? 大丈夫!?
いえ、その心配を口には出しませんけどね。ここまでしてくれているのに変に私がペコペコしまくってはアルダールの面目を潰してしまいますから……でも次回からは気をつけよう。ほんと。
いくら貴族令嬢とはいえ、一般の子爵家レベルだと貸し切りとかちょっとないですからね、緊張ですよ……前世だともっとないから内心ドッキドキですからね!!
うわあ特別感、セレブになったみたい……と言えば伝わりますかね。
結局私の目の色に合わせたような濃い緑色の、レースとかを用いたエレガント系ドレスを注文することにしました。気が付くとアルダールが「支払いはしておいたから、行こうか」なんて爽やかに笑顔で言ってきたのでまたここでも敗北でしょうか。くっ……どこで挽回すべきでしょうか!
けれど、ドレス選びでぐだぐだすることもなく、またアルダールが選んでくれたというのはちょっと気分的にふわふわしたものを感じているのは確かです。
あーこういうのがリア充ってやつなんですねえ、いいですねリア充生活。これは確かに世間的に『恋はするべきだ!』なんて言うのもわかる気がします。
「じゃあ次はどこに行こうか」
「あ、でしたらこの近くですのでミッチェラン製菓店に寄りたくて」
「うん、かまわないよ」
みんなに帰省の際持たせてあげましたけど、王女宮にそろそろ戻って来てくれるメンバーが寛げるように買っておいてあげましょう。去年そうした時にはみんな喜んでくれましたので。
今年は何がいいかなあなんて思いながら二人で歩いていると、私たちの前に立ちはだかる人物が現れたのです!
「ふはははは、見つけたぞ! アルダール・サウル・フォン・バウム!!」
「「……」」
思わず、二人で絶句してしまいましたが決して我々が悪いとは思いません。
だってそうでしょう? 自国の新年祭、楽しくデート。そう思って二人の時間を楽しみ始めた矢先に現れたのは予想外の男性――ギルデロック・ジュード・フォン・バルムンクさまだったのですから。
しかもどう見ても護衛の兵士がいない、お忍びでおひとりですね間違いありません。
そんな人が大声で笑いながら現れるとか、絶句もしようと言うものです!
久しぶりに脳筋登場です!おかえり!!