1周年記念の特別編(本編関係なし)
6/19で「転生しまして、現在は侍女でございます。」が連載1周年となりました。
応援していただいている方に感謝を込めて、特別編。
といっても1周年といいつつ内容はとくになんでもない番外編な日常会。
女の友情ですw 楽しんでいただけたら幸い。
「本当に、よろしいんですねビアンカさま」
「くどいわ、ユリア。やると言ったらやるのよ」
ふっと勝気に笑みを浮かべたビアンカさまは相変わらず美しい。
美しい、けど。
私たちが立っているのは美しい庭園でもなければ、ティーセットが用意された室内でもない。なんとメッタボンの城である王女宮のキッチンです。
そして公爵夫人である彼女が身に着けているのは、いつものように仕立の良いドレス……の上に絹でできているという真っ白でふりふりの、エプロン。
そう、ふりふりエプロン。
生まれてこの方こんなもの身に着けたことないわ!!
っていうくらい、前世ではネタアイテムじゃないの? ってくらいのフリフリ具合。それが絹製。ガチだと伝わるだろうか?
今回何を思ったのか、貴族の中で最近『手作りのお菓子』が流行り始めましてね?
いえ、多分ですが『私が作ったの』って誰かの手作りを意中の人に渡すっていうのがなんて健気とかなんとかそんな感じでウケたらしいんですけどね?
何故かビアンカさま、ドルチェ好きが高じて知識は確かに豊富でしたから、「作ってみたいわ」になったらしく。
じゃあなぜ、公爵家じゃなくて王女宮のキッチンなのか、というポイントなのですが……うん、まあ、お察しの通り公爵家じゃ大反対を食らったんだそうで。
貴人がそんな真似をなさるもんじゃありません!! とね。
わからんでもない。一応下っ端貴族の令嬢である私だって最初は良い顔をされなかったんだから、公爵家夫人というすンごいお立場であるビアンカさまなんてもってのほかに違いない。
というわけで、“お友達”で“お菓子作りができる”私のところへいらっしゃったと……。あの美貌で『内緒よ? 夫にあげたいの、愛を込めたドルチェ』とか小首を傾げながらおねだりされたらほら、社会的立場と友人的立場と美人尊いっていう気持ちでね? 断れないでしょ?
おのれ宰相閣下、こんな美人の嫁をもらっただけじゃなくて愛されててちょっと妬ましいですね……あ、私はソッチの気はないのでビアンカさまに対して友情しかございません。
「では……初心者向けということで、本日はクッキーを作ろうと思います」
「クッキーね、オーソドックスだけれど奥が深い逸品だわ」
「さ、さようですか……」
クッキーに対して奥が深いとか感想を述べられたのは人生で初めてです。
いやまあ、一口にクッキーといっても色々種類があるのは確かですし、やり方ひとつでまた工夫がいくらでもできるのが素晴らしいですけど。
王女宮のキッチンだから、当然メッタボンもいてくれるんだけどハラハラしてるのがすごくわかる。
でもあれは『公爵夫人というお偉いさんに何かあったらどうしよう』じゃなくて『おれの城が壊されたらどうしよう』っていう方の心配ですよね!?
その後は初めて割る卵ですとか混ぜる作業ですとかビアンカさまはおっかなびっくり、ああ如才なく色んなことを成功させてしまうこの方でもこんな風に驚いたりするんだなあという新鮮さをもって生地を作りましたとも。
若干カラが入ってないか心配なシーンとか、ダマになった小麦粉がないか心配なシーンもありましたけど。
ちゃんと取り除いたはずだし、篩も用意したはずだけどほら、傾けたらこぼれるとか初心者あるあるだよね……。
今回は型抜きでしたのでいくつか選んでいただいて、最後に焼きあがったクッキーにちょっと贅沢だけどミッチェラン製菓店で買ってきたチョコレートを溶かして塗ってみるなどして、飾ってみました!
いやあ、人に教えながら何かを作るって大変ですね……ビアンカさまが大変ご満足したご様子でしたので成功なのでしょうが。
「すごいわね、こうやってドルチェができあがるのね」
「ビアンカさまが作られたクッキーです、宰相閣下もきっとお喜びのことと思います」
「そう? ありがとうユリア」
「はい」
「あ、ねえ」
「はい?」
なんでしょう、と言いかけた私の口に粗熱をとっていたクッキーが押し込まれた。
さくさく、ほろほろ。
うん、自分が一緒に作ったからよく知る味だ。
でもニコニコ笑うビアンカさまが目の前にいるっていうのが不思議で。
「ありがとう、ユリア――うふふ、友達と一緒に『ツマミグイ』をわたくしもしてみたかったの。これで夢が一つ叶ったわ」
んんんんんん。なんだこの女神!
あら美味しい、とか私の後にクッキーを優雅に一つまみして笑ったビアンカさまだけど、ちょっとだけ耳が赤い。
だけど私の耳はもっと赤い。
だって、私とビアンカさまはほら、友人、だけど。身分があって、でもここはキッチンという異色の場所で、あれでも私からするとよくいる場所か。
だけどそうじゃなくて、ほら、友達とツマミグイをしたかった、そしてそれは私が、ってことで。
ああー……照れちゃうよね!
相談されたときは本当にびっくりしたけど、引き受けてよかった。心底良かったと思った……!!
その後出来上がったクッキーはビアンカさまと一緒にラッピングして、プリメラさまと王太后さま、そして宰相閣下にと配られることになりました。
プリメラさまはビアンカさまが帰る前に直接お渡しになり、プリメラさまも大変お喜びになって、あれ、天使の会合かな? 眼福でした。
その後、見送りを兼ねてビアンカさまの遠ざけられていた護衛の方々のところまでご一緒していると、ふと足を止めたビアンカさまが私を見て微笑みました。
「王太后さまとあの人には責任をもってわたくしが持っていくから、安心してね」
「ビアンカさま、よろしいのですか?」
「ええ、こういうものは手渡しでこそ伝わるものもあるのでしょう? 貴族としては礼にかなっていない点もあるでしょうけれど、これはあくまでわたくしの一存。ユリアに迷惑はかけないから安心してちょうだいね」
「そこは案じておりません。ビアンカさまは慣れぬことをなさったので、出過ぎたことですがお疲れではと」
「大丈夫よ、本当に……本当に楽しかったわ。お菓子を作ってみたかったのは本音よ、昔からドルチェは大好きであれを作り出す人は天才だと信じて疑わなかったわ。だけど、わたくしはそれを命じるだけでよい立場。作り手を守る側の人間。それを理解もしているの」
実際、私たちが作ったクッキーは素人感満載で違いない。味は悪くない、けど……舌の肥えた人に渡すほどのものかと問われれば、微妙なライン。
ビアンカさまは、それを理解した上で渡したいのだ、と綺麗に笑った。
「ユリア、感謝しているわ。わたくしとお友達の貴女だからこうして甘えたことを言えるのよ」
「え、あ、は、はい。ありがとうございます」
「あら照れてくれるのね?」
「……身分違いの私を、いつもそうやって友人だと笑って言ってくださるビアンカさまに、私も感謝しております」
「いいえユリア、こういう時は違うでしょう?」
「え?」
「わたくしたち、友達同士よ?」
「……はい、恐れ多くも、」
「だから」
ちょっとだけ口を尖らせたビアンカさまが、私の方をじっと見ている。
ああ、うん、なんだかわかった!
わかったけど、ちょっとだけ周りを見渡して、誰もいないのを確認して。
「……私も、ビアンカを、友達で、お姉さんみたいに思っています。普段はこんなことを言ってはいけないですから、口にしませんけど!」
「よろしい」
演技調で鷹揚に頷いて見せたビアンカさまと、思わず同時に笑いあって。
うん、たまにはこんな『女子会』もいいなと思ったわけですよ!
「また、作りたいわ」
「お待ちしております」
こっそり交わした約束だけど、偽りのない気持ち。
いいよね、こんなほっこりした秘密があったって。
だけど、その日の夜に宰相閣下から『先に妻の手作りクッキーを口にしたとかひどくないか』という苦情の長ーーーーーーい手紙を受け取って辟易したので、次はもっと何か別のことを考えよう、と思う次第でした。