149 少女は、考える。幸せになるために。
あたしは、何を、どこで間違えたのだろうか? やり直しが利かない以上、どこからどう挽回すればいい?
間違えたというよりも、何も始まっていなかったんだろうとは思うんだけど……具体的にはわからない。
おかしいなあ、ヒロイン補正ってやっぱりこの能力の高さと美人ってだけなのかな?
まあそこまで色んなことは期待してなかったけどね、最初から。
とはいえ、正直『あたしはヒロインだから大丈夫だろう』と思っていた部分はあった。けど、現実は案外厳しいらしい。実感が伴ってないけど。それがまだまだ安全だからなのか、あたしの危機感が足りないのか……まあ大抵の危機とかは持ち前の身体能力とか魔力があればなんとかできるって自信もあるからなんだけど。
きっとこの能力の高さがあるから色々と許されたんじゃないかな……と思うけどそれは今後能力を活かして功績をたてなければ後がない、とも言えるのだと思う。
だから、あたしは『ちょっと抜けているヒロイン』をこれからも演じないといけない。
ゲーム上だと天真爛漫で、時々ドジっ子。分け隔てなく接してみんなを幸せにしてしまう不思議な女の子。
それをあたしなりに演じてしまった以上、ここから急に真面目キャラにも利口キャラにもなれない。でも原作にある程度は忠実じゃないとストーリーが進んだ時に変な障害が起きても嫌だししょうがないって思ってたんだもの。
でも、思った以上に『現実』は『現実』で厄介だった。これならもっと自分らしくしていても問題なかったんじゃないかなあ、そう思うくらいには。ぶりっ子とかしてきたのが全部無駄だったかもってことじゃない?
でももう起こってしまったことはどうしようもない。
あたしは少しばかり間抜けなところがあってそこが愛らしい、っていうヒロインらしさを出しつつ、“教育を受けたから”しっかりしたってことにして軌道修正していくくらいしかないんじゃないだろうか。まあ、もうすでに半分以上はヒロインの台詞に乗っかっただけのあたしだけど。
(ああ、もう……思ってたよりも計画通りいかない。そりゃ、全部が全部、上手くいくなんて考えちゃいなかったけど)
謝罪の手紙とかだってあれはお父さんのために書いただけで本心じゃないから、なんだか空々しくて自分でもないって思ったのよね。でもお父さんが今後の為だからちゃんと謝罪しないといけないってあたしに何回も言うの。
あたしだってみんなを幸せにするために色々頑張ってるのに。もう!
でもまあ、お父さんにはあたしの事情はわからないんだから、しょうがないけどね……。
だからお父さんの顔を立ててちゃんとウィナー家として謝罪しますーってしたのよね。最初はアタシだけの方がいいかなって思ったんだけど、父親なんだから連帯責任だって言い出したお父さん……愛情は感じるんだけど、多分間違ってるんじゃないかなー、教えてあげないけど。
「ミュリエッタ、家庭教師さんがお見えになったよ」
「お父さん、そこはお越しになった、じゃないの?」
「それを言うならお前だって『お父さま』だろう? お前はもう男爵令嬢なんだぞ?」
「えへへ、まだ慣れないの。いいじゃない二人きりの時は!」
「……しょうがないやつだなあ」
目を細めて笑うお父さんはやっぱり大切なお父さん。
貴族になれたけど“ちょっとした手違い”のせいで苦労をかけちゃったみたいで、ごめんね。なんとか挽回するからね!
お目当てのアルダールさまには近づけないってのがネックだなあ。
弟くんからお近づきに……っていうのも現状では難しいと思った方が良いんだろうなあ。お父さんがバウム伯爵さまに気に入られてお見合いとかが理想かとも思ったんだけど、それだとアルダールさまとの“ハッピーエンド”ルートに入れないし……あたしは貴族の肩が凝りそうな生活はちょっとね。
アルダールさまと仲が深まればすべてを捨てて周囲に祝福を受けて、晴れて二人は冒険者として自由の道へ!
バウム家のあれこれな柵に囚われて、色々諦めていたアルダールさまをヒロインたるあたしが助けて……家族と和解、幸せにおなりっていうエンディング。
あれを目指したいんだけどなあ。その間に他のキャラに対してバッドエンディングを避けるように行動してあげようって思ってたんだけど……ううん、きっとあたしは焦り過ぎたんだ。
巨大モンスターの登場に『キタ!!』って緊張して、こっからの時間は短い……って思ったら早く早くってちょっと踏み込み過ぎたんだ。
今はまだ『ゲームスタート』じゃないんだから、学園生活が始まるまでは我慢するべきだった。
やっちゃったなあ。まあ、クリストファとの接触はあれが良かったと思うんだよね。王弟殿下ルートを潰すためにも。エーレンが敵国のスパイになる未来は潰したから大丈夫だと思うけど、念には念を入れておかないと。
そういえばエーレンもあたしのこと避けてるっぽいのよね。あんなに何かあったら助けてねって念を押しておいたのに薄情だよね!!
「聞いておられますか、ミュリエッタさま」
「はい、きちんと」
「よろしい。それでは今一度、繰り返してください」
以前の教育係っていうのとは格段に違う、厳しい人があたしの家庭教師になった。
おかげで勉強は超厳しくなったし、辛いけど……まあ今後の為と思って色々あたしだって我慢してみてるわけよね。誰か褒めてくれないかなあ? ここで『良い子』にしてないと、あたしの幸せ計画に支障が出てくるってことくらいわかるもの。
さすがに手紙を検閲されるってレベルまではダメな子とは思われてないみたいだけど、締め上げて大人しくさせようって魂胆なのかな? あの日王女さまに会った時、王弟殿下が色々画策してたに違いない。あの人のルートは腹黒さが出てたもんね!
そうだよ、そもそも王女さま。
王女さまが違い過ぎない? なにあれ、え、別人? そう思うよね!
あの時は本当に動転してあんな振る舞いをしちゃったわけで、あたしだってあんな質問する気はなかったんだから。
ゲーム開発者が『プレイヤーにこのキャラ嫌いだって思わせるくらいのハイスペックでなおかつ見た目が肉まんじゅうに仕立てました!(笑)』とか言われるほどのハイスペック・ライバルだったはずなのに……。
ハイスペックどころじゃないじゃない! 中身がゲームと同じハイスペックだってのは前提としても見た目は可愛い、さらに無礼を働いたあたしに対して見せたあの王族としての態度、まさに王女さまって感じだった。
(おかしい……おかしいよね、やっぱり王女さまからまず探りを入れるべき? でもどうやって?)
やっぱりこうなると頼みの綱はエーレンよね。
彼女なら王女さまがもっと小さな頃から王城にいるんだから、色々見聞きしているはず。
あたしが王女さまには近づくなって言ってたのを守ってても、さすがにそのくらいは知ってるよね?
現実だからゲーム通りにはいかないってわかってるけど、巨大モンスターとかが設定通りに出てきたのにキャラが設定通りじゃないって、これはあたしがエーレンの未来を捻じ曲げたからなの?
それともモンスターとかの出現も偶然だったの?
わからない、わからない、わからない。
でも、もう足を止めちゃいけないところに踏み入れたんだ。
あたしは、あたし。ミュリエッタ・フォン・ウィナーという名前を貰ってしまった以上、男爵令嬢としての生活が決まっていて、勝手に買い物に行くのも何をするにも誰かがついてきてくれるけど、代わりに自由を失った。
ゲームの世界にはそんな設定はないけど、『貴族なんだから当たり前でしょう』って家庭教師さんに変なものを見るような目で言われて、ああ、そうなんだってなんかしっくりきた。
色々、違いがある。それが現実とゲームの違い。
それをひとつずつ、あたしに不利にならないようにかみ砕いて、理解して、選ばなきゃ。
大丈夫、あたしはすごい力を持っている。これを活かす方法はまだよくわからないし、使い方を間違えたらあたしの未来が誰かに勝手に決められちゃいかねないからまだ温存。
切り札は、って最後の最後に出すものなんでしょ? ポーカーとかでよく言うよね!
あたしも、みんなも幸せに。
そこを変えちゃったなら、あたしの今までが無駄になっちゃう。
そんなのだけは、いやだもの。
もう直ぐ新年。学園生活も始まるし、そうすればあたしの能力に磨きもかかる。
(そうよ……能力を磨いて、学園で人脈を作って、エーレンとも接触して)
あたしには、未来がある。
ちょっと躓いたけど、まだ修復は可能なはずだ。
お父さんには心配かけちゃったけど、幸せになるためには多少の苦労はしょうがないよね。
今はまだ、耐える時。そういうことなんだろうってあたし自身思うんだ。