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与えられた有給休暇は三日。
まずは家族会議で一日を費やした。
というか、話し合いをしながら母親と娘という絆の結び直しと言っていいのだろうか。
お互い大人なので(というか私が大人になったので)会話はとても穏やかだったとだけ言っておく。
その会議は父親の書斎で家探ししながらというのが泣けてくるけどね!
私が覚えているお父様は、真面目しか取り柄が無くて、時々花壇に水をやるのが好きで、私のことは見た目が良くなくてもきっと中身を見てくれる人が現れるからねと微妙な慰めをする、あーこの人ちょっとモテにくいタイプの“良いヒト”系男子だと思った人だ。
そんな人がまず賭博に手を出すだろうか? 堅実で碌な趣味もない男だ。
逆を言えばそうせざるを得ない状況に追い込まれる、もしくは賭博が面白いと感じてしまったか。
どちらにせよ、それを手引きした人物というのに行き着くには賭博場で足りなかった金子を貸したというタルボット商会しかない。
とはいえ馬鹿正直に真っ正面からいったところで相手にされると思わないし、海千山千の商人相手に口だけで勝てるなんて甘っちょろいことは考えていない。
この日は義母と弟と、三人で食卓を囲んだ。
お父様がどうしているのかは、まだ連絡がなかった。
二日目。
この日、私は手紙を認めていた。
書状は三つ。
ひとつは協力してくださるというリジル商会のご子息と面会したい旨を王太子殿下に。流石にそう言ってくださった王太子殿下にお伺いを立てずに直接というのは失礼だろうと思ったからだ。
次に、ジェンダ商会。実はここ、プリメラさまの母君の生家だ。王室御用達になりたいとかそういう野心はなく、とにかく堅実に、地域を大事にしている方々で、とても誠実な方々だ。実は色々あって、ご側室さまにお仕えしていた私の先輩侍女が退職してこちらに勤めているのでご側室さまのご両親と面識があり、プリメラさまのご成長をこっそりお伝えしている。こちらにも近日中に伺いますと記した。
そして最後に。
この国の宰相閣下の奥様であるビアンカ夫人に。
陛下がプリメラさまの教師を女性と限定したところで、礼儀作法をお教えになる際ご指名したのだ。
とても気さくで美しい方で、ご夫婦揃って甘いものに目がない。
私のような侍女にまでとても親しくお声を掛けてくださるご厚意に、相談したい旨を記して封蝋を施した。
いずれも、ファンディッド子爵家の長女として。
でも返事は王城の自室の方にお願いしたけどね!!!! もう有給休暇終わるし。
お義母さまとは少しまだぎくしゃくするものの、会話は出来ていた。
……カップを持つ手が震えたんだけどバレてないわよね? 弟が微笑ましい顔をしていた。
なんて天使なんだろうと思って撫でたら「もう僕は15歳ですよ?!」と怒られた。解せぬ。
今日もお父様は帰ってこなかった。……無事よね?
三日目。
流石に前回のように騎竜を乗り回す真似はしない。直通の馬車を出してもらった。お金はかかるけど移動時間は乗合馬車に比べたら早いからね!
というか、お父様は竜に乗れたんだろうか……? 私の記憶によれば、乗馬ですら怪しかったはずなんだけど王弟殿下は騎竜で去ったと聞いているし私が乗ってきた子はいなかったのできっと乗って行かれたのだろうけども。
とにかく城下に戻るためには時間が必要なので、またすぐに連絡をすると約束して実家を後にした。
里帰りはほどほどにしよう、と強く心に決めた三日間だった。濃かった。
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城下に戻りすぐさま王城の、与えられた部屋に戻る。
同僚というか部下の侍女やメイドが私の帰還に安堵した表情を見せてくれた。
プリメラさまに直ぐにご挨拶に伺うと、とてもとても心配してくれた。
「ユリア母様が御無事でよかったわ……叔父さまから色々教えていただいてはいたけれど、心配だったの! 本当はもっとご家族と話す時間が必要だったのだろうけれど……わがままでごめんなさい」
「そのようなことはございません!!」
しょぼんとした様子でドレスをきゅっと握る姿!
叱られると思っているのかうっすら泣いちゃいそうな表情!!
あああああああうちの姫がやっぱり可愛いいいいいいい!!!!
それにしてもあの王弟殿下はプリメラさまに何を言ったんだろうか……。
とにかく、まだもう少し実家のことでごたごたするけれど侍女を辞する気はないし、これからもお傍で仕えたいことをきっぱりはっきり宣言すると泣き顔から一転、満面の笑みで「良かった!」と言ってくださった。
私の方こそ良かったです。
「それにしてもユリア、どうするの?」
「少々伝手を頼ることにいたしました。相手方がどのような顔をなされるかですが、無理を押し通すつもりはございません」
「そう……ビアンカ公爵夫人には?」
「お願いしてございます」
「そうね、ビアンカさまならきっと良いお知恵を貸してくださるわ。あの方が協力してくださるなら、きっと宰相閣下も知恵を貸してくださるでしょう」
「ならば良いのですけれども……」
正直に言うとビアンカさまは好きだけど、宰相閣下はあんまり得意ではない。
やはり政治家らしく相当タヌキな内面をお持ちなのだ。
見た目はとっても美形なナイスミドルだけどね。
宰相閣下はこの国に三つある公爵家のひとつ、トライメル家のご当主だ。
ご正妃様の生家とはまた別であるが、まあ……宰相としてはとても公明正大だが、友人知人として考えるととても選り好みが激しい方、とだけ言っておこう。
この人のドルチェ好きはもうすごい。お抱えの菓子職人が3人いて、フル稼働してっからね!
私はシフォンケーキの発案者ということで大変お褒めいただいたことがございますよ。
ええ、後にも先にもあそこまで褒めそやしてくださった方はいらっしゃらないのでは?
というか、シフォンケーキを褒め称えた方という印象が強いです。
「あ、あのねユリア!」
「はい、なんでございましょうか?」
「……人払いはしたのよ」
「はい、さようですね」
プリメラさまが顔を赤くした状態で、ぷっと頬を膨らました。
んんん、ぎゃんかわ。
でも何を求めてらっしゃるのかしらと笑みで崩れてしまいそうな顔に力を入れて、真っ直ぐに見つめ返してみると今度は大きく両手を広げられた。
「た、ただいまのハグをしてくれないの?!」
勿論、いちもにもなく抱きしめさせていただきました!!!!
あー可愛い可愛い可愛い!
うちの自慢の娘です! お仕えしている相手ですけど!
まったく、こういう可愛らしさを両陛下はご存じないとか、ざまぁです。へっ、ざまぁ!
おっと口が過ぎましたね!
……王太子殿下はご存じなのかしら?
いいえ、プリメラさまのことに関しては私が一番知っているはず……!!
王太子殿下に嫉妬してどうするのか。