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『ユリア・フォン・ファンディッドさま
寒さも増した今日この頃、いかがお過ごしのことでしょうか。
このたびは、わたくしどもの不勉強による失礼な振る舞いのほど、誠に申し訳ございませんでした。
市井の出身であること、それを皆さまがご理解してくださっている事実に甘えておりました。
いつまでもそれで許されるはずもなく、その為に学べと言われていたことを理解できず今恥じております。
王女殿下のありがたくも温かいお言葉により救われた我々ウィナー男爵家でございますが、あの日より謝罪のことを常に考えております。
勿論当家から王女殿下に直接などということは申し上げられるはずもなく、けれど非を理解した今何もせず過ごすには心が苦しく、身勝手ながらこのようなお手紙をしたためております次第です。
これはミュリエッタ個人のことでございますので、父は無関係であることをお伝えしておきます。
ユリアさまには優しく礼儀を教えて頂いたおかげで、わたくしも己の愚かさに打ちひしがれるだけではいけないのだと救いをいただいた思いでおります。誠にありがとうございました。
それでありながらも重ね重ね失礼を続けてしまったことに、この身をもってどのように償えば良いのか浅ましくもご指南いただきたいのです。
近いうちに改めてお詫びに伺わせていただくことは可能でしょうか。
まずは書中にてひと言お詫びを申し上げます。申し訳ございませんでした。
草々』
……もっともらしい感じで書かれてますけど、なんか色々オカシイよね!
まあ文法云々はこの際置いておくよ、そこは勉強途中でしょう。
そんでもってなによりおかしいのって『王女殿下の~』辺りからでしょうか。あれ、非公式だって念を押したよね? それを書面に残して挙句に謝罪のことを考えていて、ウィナー男爵家の名前を出しているにも拘わらずこれは『ミュリエッタ個人』ってどんだけ色々ツッコミどころ満載なんでしょうか!?
要するにこれは「謝りたいんだけどどうしたら許してもらえますか、とりあえず会ってお詫びさせてください」ってことでしょ? 彼女は非公式という言葉をどうとらえているんでしょうか。
私的にはあの時あったことはあの場限りでお口チャックの上で記憶から消しなさいくらいの勢いだったような気がしますが……。
「どういたしますかな。書状にはなんと?」
「あー、いえ。……今までの非礼を改めて謝罪したい旨が記されておりました」
「ほう、それで?」
「……私の方で対処いたしましょう。これ以上彼女が暴走する前に対応せねばプリメラさまにご迷惑がかかりかねません」
スルーすることも考えましたけどね。
でもそうしたらまた無理矢理会いに来ちゃいそうですし……そうなるとプリメラさまが庇った意味もなくなるじゃありませんか。
とはいえ、私としては直接会うつもりはありません。
統括侍女さまとビアンカさまにご連絡するだけですよ!! ザ・丸投げ。
いやほら、下手に接触したら私もお叱り貰うかもしれないじゃないですか。
教育の途中でまた自由に動く機会を与えるなとかなんとか言われそうな予感がひしひししたんです。
「そうですか。それで難しい顔をしていた理由は?」
「……そうですねえ」
でも、ミュリエッタさんの諦めない根性と言いますか、あり得ない程ポジティブっていうか……めげない精神、ちょっと変に考え込んでいた私も肩の力が抜けた感じがしました。なに悩んでたのかなあって感じですよ……。
いやミュリエッタさんのことも悩みの種のひとつでしたけどね?
ここまで突き抜けてると逆にすごいなって尊敬しちゃうっていうか。
私は引き出しにしまった投書を取り出して、セバスチャンさんに見せました。
それを一瞥して眉を顰めたセバスチャンさんが、びりっと投書を破いて捨ててしまうのでちょっと笑ってしまいましたよ。まあ私に対する意見のみが書かれたそれを、後生大事にするつもりはありませんでしたから問題ないですが。
「まったくもって余計なお世話というやつですな」
「本当に。ただ、やはりよそさまには噂のように思われているのだなあと少し気落ちしてしまって」
「堅物と呼ばれた騎士が自ら膝を折る行為が、いくら家のためとはいえどれほどのことかよもやわからぬ筆頭侍女ではありませんな?」
「わかってます」
「それに、彼個人も随分と貴女に優しく接してくれているではありませんかな。見ているこちらが面映ゆくなるほどに」
「……それもわかってます」
わかってます。信じてます。
ただ、それと同時に不安になる自分というのは別にアルダールを疑うっていうよりは、自分を疑うっていうか、女としての自分への自信がないからであって、要するに……まあ、どうしたらいいかわからない、振る舞いがわからなくて方向性が見えないってことなんですよね。
でもほら、私は私なりに行動してたつもりなんですよ!?
それなのに手を出してもらえないってどうしたらいいのよ! ってなるじゃありませんか。
で、ここでブチ切れて詰め寄れたら楽なんでしょうが生憎と私は「自分に魅力がないからか」と落ち込むタイプなんですよね! 面倒くさい女だな、知ってた!!
そりゃね、私は奥手ですよ。恋愛下手ですよ。イケメン相手に目を見てお話しできませんよ!?
でもだからってね、好きな人ともうちょっとこう……ほら、より仲を深めたいっていうか? そういうのに憧れないわけじゃないんだって。
だからドレスとかだって喜々として選んだし、私なりに甘えてみたり、色々してたわけですよ。
でもほら、褒めてくれたりとかそれはそれで勿論嬉しいけど……ねえ?
どうしてキスしてくれないの、なんて言えると思うか? この私がですよ?
「男の人ってどうやって甘えたら喜ぶんですかねエ……?」
「また的外れな悩みを抱えておいでですな」
「的外れって! 酷いですよセバスチャンさん!?」
「はいはい。精々、新年祭で素直に甘えてみてはいかがですかな。老骨からはそのくらいしか申し上げられません」
「あっ、面倒くさくなった。面倒くさくなったんですよねそれ!」
「それでは失礼いたしますぞ。ウィナー男爵家への書状、書きあがりましたら直ぐにでも出すことをお勧めいたしましょう」
「ちょっとセバスチャンさん?」
はーやれやれ、なんてわざとらしい声とため息を発しながらセバスチャンさんは薄く笑って私に親指を立ててきました。ちょっと待って、このおじいちゃんったら……もう少し悩める若者のために具体的かつ有効なアドバイスをしようとは思わないんですか!
くっ……男心を聞くチャンスなんて思った私がばかでした。あちらの方は海千山千、頼りになる方であると同時に面白がったら一直線、そんな執事長でした……。
「……それにしても、的外れ、ですか」
結構、これでも真剣なのになあ。
いやまあ、わかってるけどね? 私だって大人ですから。
もうちょっとこう、思春期レベルもあがったことですし。恥ずかしがってばかりいられませんよね。
そうです、ユリア。女を見せてやりましょう!!
でもまずはミュリエッタさんにお返事書かなきゃね。