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ちょっと聞いてくれよおっかさん。
いや誰だよおっかさん。
思わずセルフツッコミをする日が最近やってきたユリア・フォン・ファンディッドです。前からセルフツッコミしている気がしないわけでもないですが、ちょっとばかり最近新しい悩みができたんですよ!
え? お前いつも悩んでるだろって?
まあそうなんですけど。
最近ちょっと気になる投書が私の部屋に来ましてね? まあ全力スルーしてたんですよ。
ところが園遊会も生誕祭も終わってバタバタすることもなくなった王城の、しかも帰省が始まったから若干静かな城内でまったりした空気が流れ始めた辺りでしょうか。
そうなるとまあ、城内使用人たちが利用する食堂とか喫茶室でいろんな人たちがのんびり休憩をとってコイバナとか色々話に花を咲かせたりもするんですよね。まあ良くある光景ですよ。平和で和やか! 最高でしょう?
で、まあそれはいいんですよ。
城内が殺伐としてなくて平和で今日もプリメラさまは元気で言うことありませんし。
私が喫茶室とかで自分で作れないようなお菓子とかを堪能しつつ雪の積もった庭を眺めるとかしてても変な報告が飛び込んでくることもない! メッタボンに頼めば作ってくれるでしょうが、彼には彼のお仕事がありますので私のおやつに時間を割かせるわけにはいきませんからね。
コーヒーにマカロンとダックワーズとかほっこりするでしょう。
そんな時間を堪能していたら、ちょうど近い席にどこかの女性文官たちが座ってお喋りしてたんです。言い訳に聞こえるかもしれませんけど私は決して聞き耳立ててたわけじゃなくて、彼女たちの声がだんだん大きくなってきたから聞こえてきたっていうヤツですよ!
で、その内容が「最近付き合い始めた恋人がいる」「同僚で同じ部署だから時間を合わせやすい」「デートはしょっちゅうしてる」っていうものでね? ハイハイ、惚気ごちそうさまでーす! ってなるでしょう。
実際その人と一緒にお茶を飲んでいた女性はそんな雰囲気でした。
でもね、と幸せそうな声音から一転、相談しているであろう女性は言ったのです。
「でもね、一応付き合って数か月、こうやってしょっちゅうデートとか食事とかしてるのに……彼ったらなにもしてこないの」
「え? なにもって……さすがに手をつないだこともないとかはないでしょ?」
「それはないよぉ!」
「じゃあ大事にされてる……ってことじゃないの?」
「そう、なのかなぁ……」
あれあれ~?
こういうのって前世の女性誌とかでもよくある話題だったし、中高生だと出てくるような話題……!?
やっぱりどこにいっても恋愛問題というのは悩みの尽きない問題ですよね、とか思って私もその場を後にしたんですよ。だってほら、他の人のコイバナと恋愛相談が聞こえちゃうとはいえ聞いちゃうのは心苦しいからね!
で。
自分の執務室に戻って落ち着いてみると、あれあれ……彼女の言っていたこと思いっきり私にも当てはまってんぞ……と気が付いてしまったわけです。洒落になりませんよどうしましょうか!
いや待ってくださいホント待ってください、こういう時恋愛経験ある人ならばどうしたら良いのか答えを導き出せるんでしょうね。でも私経験が無くてどうしたらいいかわかんないっていうか。
いや待て、アルダールとは未遂とはいえキスしようとしたよね! ってことは全く手を出されていないわけではないっていうか髪にキスとか抱き留められるとかそのくらいはあるんだよ!!
でもそれだけと言えばそれだけ……一線を引かれているとかそんな落ちないですよね……?
アルダールから告白してくれたけどやっぱり付き合ってみたらこの女観察する分には飽きないけど手を出すにはちょっとなぁとか思われてたらどうしよう……!?
とまあ、小学生レベルの悩みから思春期中学生レベルに悩みがアップしたわけです。
自分で言ってて泣けてくるレベルだなホント!!
まあ私のレベルに合わせてくれている可能性が高いんですけど、アルダールが余裕そうな顔してるってのも問題ですよね……。
かといってこんな事誰にも相談できないしさあ。
ビアンカさま? ないない、新年祭を前にお忙しい公爵夫人を捕まえて相談とかあり得なすぎ。
王太后さま? ……畏れ多すぎるわぁ!!
メイナ……? いやそこは私のなけなしのプライドってものが。
セバスチャンさん……いやいや異性はないわ。
かといって馬鹿正直にアルダールに聞くのもダメだろう。
だって考えてもごらんよ。「なんで手を出してくれないの?」ってか!? 可愛い女の子が上目遣いでそれやる分にはいいだろうけど、私がそれをやったら超どもって言葉にならない気がする。というかまず聞く勇気が持てない。
(……いや、うん……。聞こえてくる噂が微妙な気分にさせてくるってわけじゃないんだけどさ……)
アルダールが、私という『プリメラさまのお気に入り』だから懐柔するために付き合った、って噂。
傷つかないように知っておけとご親切に投書で来たんだよね。誰だよ、親切装って私にダメージ与えてきてるんだろそれと思いましたね。いえ、本当に大きなお世話という名前の親切かもしれませんが。
プリメラさまがいずれはバウム伯爵家に降嫁されるとして。
降嫁先では当然当面の間、王族出身であるプリメラさまに対し特別な侍女を用意しなければなりません。古くから仕えているとかじゃなくて、身分的な問題ですね。
ですので慣例とか貴族間の暗黙の了解で行けば、当主か夫人の身内女性がそれにあたるのが妥当ですが、残念ながら現在バウム伯爵家には近しい年齢の女性はおらず、相応しい人材がいないのではと危ぶまれています。そこから嫁いだ方が遠方というのも問題なんでしょう。
だから、分家を立ち上げる長男がそれ相応の妻を娶り、そしてその妻を降嫁してこられる次期当主夫人付きの侍女に……という流れからその対象が私だとあらゆる意味で丸く収まるじゃないか、という。
確かに納得の流れですよ。でもそうなると、アルダールは意に添わぬ妻を娶ることも『家のため』としている可能性があって、私が『プリメラさまのお気に入り』だから……いやいや待って、そんな器用な人じゃないはずなんだ。
あの人は、如才なく人づきあいしているけどそういう割り切った関係が必要ならそう言ってもらった方が私と付き合いやすいはずだ。それなのに心をくださったんだから。
(でも、そうだからこそ好きになろうって頑張っている……っていう可能性があるんだよなあ)
捨てるに捨てられない投書、それを引き出しからそっと出す。
そんな風にアルダールを縛り付けるくらいなら、結婚までは自由にさせてあげてください。
そう記されているそれに、私はため息を吐き出すしかない。
(いつもなら、この程度の中傷的なもの気にしないんだけど)
私も若くしてそれなりの地位についたからね、こういった嫌がらせ的な投書とかは初めてじゃないんだ。最初の頃は「無愛想過ぎて嫌われていますよ」とか親切ぶったものに傷ついたりもしたものだけど。あの頃の私はまだまだ可愛かったなあと思う辺り、なんだろう、年取ったのかなあ。
アルダールと付き合い始めた時にも似たような嫌がらせがあったけど、気にしなかったのになあ。
「ユリアさん?」
「ああ、セバスチャンさん。どうかなさいました?」
ノックの音と同時にひょいと顔を覗かせたセバスチャンさんに、私もその投書を引き出しにしまい直した。アルダールの気持ちも、私の気持ちも、噂も、その真相も。まだ何もわかっていないのに悩んでたって仕方がないよね。
「……どうかしましたかな?」
「いいえ。セバスチャンさんこそ」
「いやいや、先程貴女あての手紙を預かったものですから。ですがお悩みがあるようでしたらば結構ですぞ」
「あら構いませんよ、それにしても手紙ですか。誰からでしょう?」
笑って見せたけど、心配そうに見てくるセバスチャンさんの様子から察するに私は酷い顔をしているのかもしれない。
大抵の人は表情が乏しいって誤魔化されてくれるのに、うーん。この人は付き合い長いからかな。
でもまだ、私も上手にこの気持ちを説明できそうにない。
「……その内、相談に乗ってくださったら嬉しいです」
「構いませんぞ」
ふっと目を和らげて笑ってくださるセバスチャンさん、イケジジィですわ!
でもなんだろう、ちょっとだけ相談してもいいんだなあって思うと安心した。いやコイバナなんだけど。
手を出されないとかそういうのはちょっと伏せて、噂のことと投書のこととを相談してみようかな。
アルダールは、ちょっと今仕事が忙しいから……お茶会以来会ってないけど、手紙はくれている。
だから、うん、勝手に一人で心配して不安になって落ち込んでちゃいけないよねえ、大人だもの。
「手紙の主は例の英雄のお嬢さんで、今ひとたびユリアさんにお会いしたいと願い出ておりますがどうしますかな」
「えっ」
「貴女が休憩中に使いの者が来ましてな、手紙とそのように伝言を承った次第です」
えええええ、悩みを増やさないで欲しいんだけどなあ……!?
今更一体何の用だろう……怖いけど、見なかった事にするわけにはいかない、んだよねぇ。
ちらりとセバスチャンさんを見れば、あちらも「なかったことにはできませんな、きちんとウィナー男爵家の押印がされた封筒ですから」とばっさり切ってくる。
「……まずは手紙を拝見してから決めます」
「それが宜しいでしょうな」
よろしくないけどな!