142
静かな王女宮の冬、今年初めての雪が降りました。
まだ積もるほどではありませんが、しんしんと降る雪のせいでしょうか。空気がひどく冷たくて、でもなんだか見ていて飽きません。
……というのもまあ、赤々と燃える暖炉のある室内から外を眺めているから言えるんですけれども。
「雪、積もるのかしら?」
「どうでしょうか、……わたし、あんまり寒いのは好きじゃないです」
プリメラさまが窓の外に向かって呟いたお言葉にメイナがため息交じりに答えました。
うーん、どうでしょうねえ。積もりそうにはないけれど。そういえばメイナは寒がりだから、この雪はやっぱり嫌なんだろうなあ。
次はメイナが帰省するので、その時に雪が降っていたり積もっていたりしないといいんですけれども。
まあこの時期は仕方ないと諦めてもいるでしょうが、やっぱり人間苦手なものは苦手ですから。
スカーレットにもお土産を持たせてあげましたけど、侯爵家に失礼じゃなかったかと今更心配になってきました。一応高級菓子店ミッチェランの贈答用チョコレート詰め合わせを持たせたんですけど。私個人からということでお財布は大ダメージですが、チョコレートを家族で囲んで楽しい新年祭を送ってもらいたいじゃありませんか!
特に今年は異動してきたばかりというのに園遊会もありましたし、そこでモンスターが現れるとかもうね、色々ありましたから……当初はどうなることかと思っていた問題児もふたを開けてみたらバ可愛いっていうオチだったしね!
チョコレートを持たせた時もきょとんとしてましたけど、「家族皆さんで食べてくださいね。今年はお疲れさまでした、新年早々出てきてもらうのは心苦しいけれど頼りにしているわ」ってちゃんと感謝と労いを伝えたらすごく嬉しそうに笑って受け取ってくれたんですよ、ほら可愛いでしょう?
ちなみにこれ、毎年王女宮の使用人が帰省する際に渡す恒例の贈り物ですのでスカーレットだけ特別扱いってわけじゃありませんよ。
今年一年お疲れ様でした、来年もよろしくお願いしますって気持ちを込めての贈り物です!
これの為に年明けからちょっとずつ貯金しておくのがコツです。計画的に全員にね。
まあ帰省しない組というか、筆頭侍女と執事長ということでセバスチャンさんからでもあるので金銭的に全負担しているわけじゃないですが。
「ユリアさまも帰省なさるんですよね?」
「ええ、でも私はスカーレットとメイナが戻って来てからね。セバスチャンさんがいてくださるから大丈夫だとは思うし何事もなく平和に年越しを迎えるとは思うけれどね」
「そうですよね、でもなんだか申し訳ないです……」
「もう! メイナもちゃんと笑顔で帰って親孝行しなくっちゃ。新年祭は家族で過ごす大切な時期なんだから」
「姫さま」
申し訳なさそうにするメイナを、プリメラさまが少しだけ怒った顔を作って笑顔で帰るよう促します。まあその怒った顔、怖くないですけど! 逆に可愛いですけど!!
メイナもその顔見て微笑ましくなっちゃってます。
「プリメラさまの仰る通りです、メイナだって城勤めで殆ど帰っていないでしょう? ご家族もきっと会いたいと思ってくれていることでしょう」
「でも、……はい、わかりました!」
「メイナが戻ってくるのをプリメラも楽しみに待ってるからね。お土産話を聞かせてくれるでしょ?」
「はい、勿論です!!」
メイナは市井の出身なので、彼女の見たもの聞いたものはプリメラさまにとって書物で読むよりも刺激的だったりするようです。まあメイナも話題を選んできちんと話をしているようなので問題ないですが、時々言葉遣いが怪しい時もあるので要チェック。スカーレットとはまた違った注意ですがまあ微笑ましいですよね。
スカーレットが新年祭が終わった辺りで戻って来てくれて、その数日後にメイナが戻ってくるというような計算でシフトを組ませてもらいました。
この国では年越しと新年は家族で迎えることを推奨しておりますので、役職持ちでない使用人たちはこうして交代で帰るわけです。
まあ私は役職もありましたし、プリメラさまが幼かったこともありますし、実家のこともありましたからあんまり帰ってなかったんですけどね。
さすがに今度は帰省してメレクの婚約話とか顔合わせの日程とかそういう打ち合わせとかもありますから! はぁー自分のことじゃないのに緊張ですよねえ。あの可愛かった弟がいつの間にかお嫁さんを貰うんですよ!? そりゃまあ下っ端とはいえ領地持ち貴族ですからね、婚約とか結婚とかは先延ばしにしても良いことなんてないんでしょうが、それでも赤ちゃんの頃から知っている自分の弟が結婚すると思うと、感慨深いものがあるに決まってるじゃないですか。
それにしても婚約者のオルタンス嬢についても気になりますしね。
あのセレッセ伯爵さまの妹となれば良い子だと思いますが、ゲームのこともありますし、でもゲームは現実とズレ始めているということも考えると……一周回って深く考えないのが良いと判断しました!
これは賢明な判断だと私、自信がありますよ?
「そういえばメッタボンはどうするのかしら」
「今年も我々と同じく残るそうです」
「そう……でも、ちょっと嬉しいかも」
プリメラさまが照れたように笑う。
私たちが家族と離れて暮らすから、新年を家族と迎えて欲しいと願うのと同時にやっぱりちょっと寂しいという子供らしいプリメラさまだからこそ、年越しを家族同然と言ってくれる宮の人間が残って過ごせることをこうして素直に喜んでくれて……くっ、天使か! 知ってた!!
メッタボンには年末年始とごちそう作ってもらってこっそり残った面子でパーティしちゃいましょうね!
思わずみんなでほっこりしました。
いえね、新年を家族で迎えるのを国が推奨してはおります。
が、王家はまた別物です。
これがちょっとわかりづらいんですが、国王はその地位についた時に国と一心同体になると宣誓します。
よって、新年が誕生日。人であって国ですから。誕生日を祝うのは王太子という地位まで、ということになります。
そして人であって人ではないので、国が無事一年を終えて新たな年を迎えるというのは神事にも近く、そしてその家族はそれに準じるものとして厳かに過ごすというのが慣例なのです。
「神殿でのお祈り、今年は雪が降ってるのかしら」
「そうなると寒さも増しますので、暖かいお召し物をいつもよりも多くご用意しておきましょう」
「そうね、お願いね」
よって王城はとても静かなものですが、国中は祝いに満ちるというこのギャップ。
でもなにもしないわけじゃないんですよ、国民が平和にその年を過ごせますようにと国王とその家族は国民が新年祭に沸いている間、神殿に籠って神に祈りを捧げるのです。
ちなみに国として助成金を出して、すべての民に対しなにかしらの振る舞いをします。
ファンディッド子爵家は助成金にちょっとだけ足して保存食を領民に配ってました! しょぼいって言うな!!
これが大貴族になると助成金と同額くらいを足して振る舞い酒ですとか村々に御馳走を届けるとか色々あるそうです……違いが半端ないですが、まぁそこのところはお許しください……。
いえ! 新年になると領民からも領主に対してお祝いの品が届いたりと心温まる交流もあるんですよ!?
ファンディッド子爵家では毎年新年になるとその季節のお野菜が届いたものです!!
あと、小さい子が心を込めて作ってくれたであろうどくだみの花束とか……ありましたねえ。
なんだろう、ちょっと懐かしくて、ちょっと匂う思い出ですね……?




