139
改まった挨拶の後はもうお二人とも穏やかに会話をしていて……あれなんだろう、ものすごく私ったら感動してるんです、今!
だってね、だってね!?
初めてディーン・デインさまとお会いしたのは春でした。
カッチカッチで緊張しまくって碌に喋れずプリメラさまにリードされて挙句に修業が趣味ですくらいの勢いだった少年がですよ。
今は緊張は緊張なんでしょうけど、それでも柔らかく笑ってプリメラさまと歓談できるまでに成長を遂げているのだと思うと……なんでしょう、感動しました。
マシュマロを入れた紅茶に目を丸くする辺りはまだまだ少年らしいお姿でしたけど、ちょっと見ない間に成長していくものなんですねえ。
「そういえば、ディーンさまは来年から学園に通われるって聞きました」
「はい、……より高みを目指して頑張りたいと思っています」
「……ウィナー男爵のご令嬢も通うんですって」
「そういえば、そんな話が出てました。馴染めず苦労するだろうと父が申しておりましたが」
きりっとした顔をしてみせるディーン・デインさまは、すっかりプリメラさまに恋するだけの純情な少年じゃなくなったみたいです。
きっとゲームの時みたいに学生学生した時間は過ごさないんだろうなあ。
ゲームでやってた時って十五歳とかそこらのヒロイン、ヒーローだったからお城と学園を行き来するファンタジック恋愛アドベンチャーとか言われてもそんなに疑問に思わなかったんだよね。
前世の感覚で言えば十五歳とか中学高校の青春真っ盛りでしょ?
だから学生ヒロインっていうのに違和感がなかったんだよね、ただ一年っていうゲーム内時間はえらく短いなあと思ってたんだけど……こうしてその世界を現実に迎えた今となっては全然違う現実ってものが見えたんだよね。
学園は確かに学園。エリート育成のためのありとあらゆる知識が学べる環境。
内部では基本的には高位貴族の子女と、才能ある低位貴族の子女、そして相当優秀と見込まれた平民という構成なので正直に言えば、ミュリエッタさんが馴染めるかと言われれば難しいような……。
いや、コミュ力高かったらいけるか?
ディーン・デインさまは宮中伯であるバウム伯爵家の跡取り息子として国と王家に忠誠を誓う、公平なる臣という立場を確立するためにも多くのエリートたちと知り合うことを目的とし、そして研鑽を積むのが目的なんだとか。
……そこら辺はゲームとは違うので、やっぱりあの『ゲーム』とこの現実はちょっとずつ違うようです。
「学園に通われるようになったら、あまりお会いできないの?」
「いえ! あの、休みの時期とかにはお時間をいただけたらと思いますし俺……じゃなかった、自分もお手紙を書きます!」
あー、ディーン・デインさまやっぱりディーン・デインさまのままだった。
柴犬がきりっとして見せてたかと思ったら大慌てする様は……うん、ほっこりしちゃうよね。
でもそうかあ、確かにプリメラさまが心配している通り学園に通うようになったら今以上に会うタイミングって難しくなるよねえ。
ちらりとアルダールの方を見たけど、彼の方は表情に出すことなんてなにもないからなあ。
弟と離れて寂しいとかはそもそもアルダール自身が近衛騎士の宿舎暮らししてる段階で言うはずないし。
バウム家としてはミュリエッタさんという存在はどういう扱いになってるのかなあ。
ディーン・デインさまの様子からすると『自分とは無関係』って感じがありありとするんだけど。
まあ喜んで関わっていこうとは私も思っていませんので、できたらディーン・デインさまにもあんまり関わって欲しくないなあとは思うんだよね。
どうやらプリメラさまもそのように思っておいでのようですし。
(まあ、そりゃそうか)
あの生誕祭の日、あの出来事を知っている人間からすれば仲良くってのは難しいことくらいわかるしね。
プリメラさまもちょっと困ったみたいだったし、まあミュリエッタさんが迂闊だったってだけで終わりになったのはありがたいことだけど。
それでプリメラさまが彼女に悪印象を持ったってわけじゃなくて、どうやら『下手に関わると彼女が自分の首を自分で絞めてしまうのでは?』という心配からのようで……天使か! 知ってた!!
「ユリアの弟さんは学園に通わないの?」
「私の弟はすでに領地経営の実地に入っておりますので、学園との二足の草鞋を履くことは領民に対し失礼だと申しておりました」
「メレク・ラヴィは自分にとっても良き友人で先輩です。どうやら新しい事業を興すみたいでしたが……」
「そうなの? ユリア?」
「はい、少々。まだ軌道に乗るかどうかもわかりませんので詳しくは申し上げられません」
ふふふ、実はね。傾いた領地経営、これをどうするかずっと家族間で手紙のやり取りはしていたんですよ!
で、セレッセ伯爵さまと縁繋がりができたことによって実現可能なのでは、という案が浮上したのです。
それはなんとスパです。スパゲッティではないです。
この世界にも温泉はありましてね。実はファンディッド子爵領は温泉が出る土地なんです。
ところがまあ、開発する財力もないし売り込むだけの人脈もない、他所の業者がこぞって開発したくなるような風光明媚ってわけでもない、ないないづくし!
開発とかそういうのってお金がかかるし、じゃあ源泉そのままで何ができるかって言ったら……温泉卵作るくらいですかね?
温泉の地熱を利用したなんたらとかそんな難しいこと私にわかるわけないじゃないですか、やだー。
というか、そういう熱利用とかはよくわかりませんがちょっと不便な所にあるのも確かなので放置されていたというか。
そりゃまあ硫黄臭い湯が出る土地(未開発)に住みたい人はそういませんのでしょうがない。
でも温泉っての自体はこの国の中でそれなりに楽しまれているので、開発さえできればそこそこ収益が生まれそうなんだよねとはひいじいさまの時代から話されていたとかいないとか。お父さまの言葉なので曖昧ですが、多分。
で、当然野外となれば女性陣は置いてけぼりとなってしまう現状を考えれば、独自性で売りになるものといえばとまあ考えるくらいはしましたよ! 女性向けになったらいいなって。私も利用したいし!?
ただ、先立つものがないだけで。
ついでにありきたりなアイデアしか出ない状態で放置されて埃を被っていたという……。
スポンサーと女性を惹きつけるアイデアが出せるアドバイザーが要するに必要だったわけです!!
そこに現れたのは救世主! じゃなかった、我が弟の婚約者、オルタンス嬢。
まさかの彼女があれよあれよという間にセレッセ伯爵家の後援を取り付けてメレクと共に開発に乗り出した、ということです。
びっくりです。ええ、とってもびっくりです。
私が次に帰った時、領地がすごく富んでいたらどうしましょう……私、戻っていいものかどうか心配です。
でもスパが開発されたなら……プリメラさまと温泉……キャッキャうふふ……夢が広がりますよ……!!
とまあ、そんな感じでお茶会は和やかなのです。
勿論、お別れの際にはアルダールにお土産でタルト・タタンを渡しましたよ!
中身がディーン・デインさまが大喜びして食べていたそれだとわかると、嬉しそうにはにかみ笑いを見せてくれましたけど……くっ、まだ慣れない……イケメンパワァ、すごい。