13
翌日、王弟殿下は大公妃殿下のところに行くために子爵領を去って行った。なぜかお父様を連れて。
いやもう『色々家族に迷惑もかけたし周囲に誤解も与えてしまうようなので、きちんと距離を置くことにします。身分を問わず良くしていただきまして誠にありがとうございました。』的なお別れの手紙を認められたのだからもうそれで良かったんじゃないの? と思うがまあ何かしらあるのかもしれない。
お父様は勿論行きたくないと駄々をこねてらっしゃいましたけれどね!
現役の武官の腕力と枯れ始めた文官では、もとよりパワーが違いますものね。
私にはプリメラさまから畏れ多くも有休を与えていただきまして、まずは領地のことで安心してから戻ってきてねという優しきお言葉とお手紙をいただきました。
これは一緒に子爵領から出ようと支度していた私に王弟殿下が懐から出してきた書状です。
大人しく帰らない場合の切り札とか仰ってましたが、最初から出しやがれというものです。
そのお手紙には私を案じてくださっていること、私の故郷であればこそ今回のことで大事になる前に片付けた方がいいということには自分も賛成であること、弟とゆっくり話をして来れば良いという温かいお言葉ばかりでした。天使だ。
その上、「ユリアがいないと寂しいから、3日だけの有休でごめんね」と結ばれていて感無量です。
思わず叫ぶのを我慢したところ、「んんんっ!」という奇妙な声を出してしまいました。リアルでこんな声を発する日が来ると思いませんでした。
ちょっとメイドが私を見て引いた気がしましたが、プリメラさまが天使過ぎるんだと思います。
私もプリメラさまに会いたいです。
でも確かに、少しばかり【弟という跡取りがいる】からとその状況に甘えすぎて、私は長女としての役割を放棄しすぎていたのだと思いました。
何故なら、腹を割って話してみたところお義母さまはやはり悪い女性などではなかったのです。
どこかで前世のよくある『継母と継子は相容れない』みたいな先入観が合った所為でしょうか。
私は彼女が私のことを嫌っているとばかり思っていましたが、そのようなことはなかったのです。
なんということでしょう。……なんということでしょう。
お義母さまは、フランチェスカさんと仰るんですが、伯爵家の次女として生まれ、特に優れた容姿もないのでほどほどの縁を見つけてさっさと嫁げと言われていたのだとか。
そこにファンディッド子爵家の後妻にどうだと打診があり、お義母さまは有無を言わさず嫁がされたというわけです。
あちらの伯爵家とはさほど縁がありません……というか、まったくもって親戚付き合いはありませんのでよくわかりません。親戚なんですけどね、一応ね! でも当主同士が近況のご挨拶を書状でするくらいはしているようです。
まあそれはともかく、ですので確かに私に対して長女というだけで貧乏でも社交界デビューできる私が羨ましく、嫉妬心があったことは否定しないとはっきりと言われました。
だけれど、同時に。
前妻ばかり想う夫、娘を残念にしか思わない夫を見て、私に対しての同情心もあったのだと告白されました。
お父さまェ……。
では何故私が帰ってきたときにあのような罵詈雑言を、と思うとそこを弟が引き継ぎました。
前から思っていたのですがお父様には文官としての最低限の才しかなく、またこの領地はある程度安定した石高は出せても逆に言えばそれ以上を叩き出せないのが現状。
他に稼ぐ方法を思いつかない、祖父の代から今の今までなんとかやりくりしている状態で、現在は貯蓄? なにそれ? 状態だそうです。
その上で最近、お父さまが弟たちの知らぬ方と付き合い始め何やら出資のようなことをして失敗したのだかなんだか、赤字続き。そうか、私への無心が始まったころですか。
最初のうちは私が送っていた仕送りも、『いつか娘が嫁ぐため』と帰ってきてくれた時の為にとっておいてくれたのだそうですが、それにすらお父様が手を付けはじめ、これはもうこの子爵家も終わりになるのだろうかと案じておられたのだそうです。
「姉上はご結婚こそしておいでではありませんが、王女殿下の信頼厚い侍女ということでしたので、我が家の事情でご迷惑をおかけするわけには参りませんでしたので……形だけの勘当と母もわかっていたのですが、それを盾にとる形で逃げおおせていただけたらと思っていたのです。僕も正直に姉上に事情を話すべきかずっと悩んでいましたので同罪です……」
「……それは私が、子爵家の長女という重みに耐えられず、現実から目を逸らしたことに起因しております。お義母さま、今まで申し訳ございませんでした。私は、この家の長女として……恥ずかしく思います」
そうだ、なんて恥ずかしい。
弟がいるし、弟の実母は私を疎んじているだろうし、じゃあ私出てけば丸く収まるじゃん、ラッキー。
そのくらいに思ってしまった現代脳が恨めしい。いや違う、そんな認識しかしなかった自分が悪いのだ。
田舎だろうが貴族で、王城近くに住んでるからお前が生きているのは貴族社会なんだぞと子供のころから見聞きしていたはずなのに、それが窮屈で、義務なんてものを負わされたくないと思っていたのは事実なのだ。
それを謝ればお義母さまは「とんでもない!」と謝ってくださって、私が社交界デビューしなくてつい勘当だなんて彼女の両親の口癖を言ってしまって自分でも愕然としたというのに、更に私がデビューしなかったことでメレクのデビューと子爵夫人としての体裁を整えるだけの資金が残されたのだという現実を知って膝から崩れ落ちる気持ちだったそうだ。
正直そこまで考えてなかったんで土下座しそうな勢いはおやめください。お願いします。
こうして、私と義母は改めて母娘として縁を結び直したのだ。
そして弟も改めて「姉上と母上と、こうして笑って過ごせる日が来ることをずっと願ってたんです!」と言われれば天使かよ。
とはいえ、領地のことをなんとかせねばならない。
父が投資だかなんだかしてできた赤字を補填したという領内の金とかのせいで治水工事とかに遅れが出てたらたまったもんじゃないよね!!!
ああ、なるほど。書斎を漁るために王弟殿下は父を連れ出したのかと私はこっそり納得した。
そういうことはきちんと指示していけってちょっと思った。私はそういうののプロじゃないんで! 侍女ですんで!!
そうして見つけたのはなんと賭博の請求書。なにしてんだお父様。
しかもこれ暴利じゃね? おかしくね? しかも滞納なの? 遅延金増えすぎなの?
これって所謂闇金的ななにかなの? この世界にもそういうのってあるわけ?
そんな考えが一気に過りましたよね!!
あーこれはなんとかしないといけないですわー、でも支払うにも私がコツコツ貯めたお給金だけじゃ無理っすわー。
でもこれ普通に返すのもすごく癪に障るというか……絶対お父様、碌でもない人にカモとして連れていかれたパターンですよね?
とはいえそれに関する証拠があるわけでもなく、とりあえず分かったのは父がお金を借りたであろう金融が“タルボット商会”というところでした。
ふーむ。リジル商会にちょっとどんなところか評判を伺ってみようかと思います。
あと……こっそり私が贔屓にしている“ジェンダ商会”にも顔を出してみることにしましょう。
え? 領地を富ませればいいんじゃないかって?
魔法力も人並以下、お茶を淹れるのが上手。その程度の人間になにができるのかって?
いやー私、前世は大手企業の子会社で、人事部の中でも平の平な事務員でしたからね!
人事が忙しくなる時だけは残業とか、時々お局さまとかにお仕事押し付けられたときにぺそぺそやってたくらいですからね!
専門知識? 特にはないです。
でもとりあえず愚痴を聞いたり人の話を聞いたり、噂話を耳に入れるのが得意なんですよ。
勿論、今でもね!