134 ちりり、ちりりと音がする
「行ったか」
数歩歩いたところで振り返るオレの視線の先で、一組の男女が歩いて行く姿が見える。
一人はまだ若い騎士で、一人はまだ若い女……なんて表現すると随分と色気が出てくるが、まあオレからしてみるとどっちもどっちな、未熟な連中だ。
ちょっと突き過ぎたかなあと反省しつつやっぱり面白いなあと思っていると、オレの後ろの方で秘書官がひっそり立っていた。
「……計画通り、といきましたか。そのご様子ですと」
「おう、まあなあ。あそこまで上手くハマると思わなかったが」
「宰相閣下もあなた様も、意地の悪い事で」
「よく言うぜ、このくらい当然って顔してるくせに」
さも自分は何も知りません、なんて顔をしているこの秘書官だってオレの片腕として長い付き合いだけに、その腹黒さっつったらもう……オレなんて比じゃないぜ。
まあ今回の立案者である宰相閣下ほどの腹黒い男をオレは知らないけどな。
オレはオレでパーティに出ないといけないから、王族の方の説明はまかせろなんて言っちまった手前もあるしちゃんとお仕事しないといけない。まあそのくらいはな。
元々、あの英雄の娘の方――ミュリエッタ、だったか。
アレの態度と能力は目に余るものがある。そう判断されたのは、いつ頃だったのか。少なくともあの娘がもう少し小さな『お嬢ちゃん』と呼ばれて大人に頭を撫でられるくらいの年頃からだったと思われる。
気が付かれていない、そう思っているんだろうが甘い甘い。甘っちょろい。
それまで普通の冒険者だった父親が、娘の助力を得て一気に力をつけたら誰だって警戒するってもんだ。
才能が開花した? そういうこともあるだろうさ、守るべきものができたなら猶更。
だけど、それで誤魔化しきれない事象がいくつもあって、口先だけで誤魔化すには調査の目ってのはなかなか難しいもんさ。
だから。
オレたちは、画策した。
才能が開花した父親の武力も、それを開花させた娘の方も。
手放すには、惜しいし――他国にくれてやるなんて、以ての外。
なら、どうするか? 素直に忠誠を差し出すようなヤツらかどうか?
その判断は、否だ。父親の方は愚直なタイプのようだが、娘の方はちっとばかり含みがあるようだしな。
教育係を通して判断されたその結果に、教育の手を和らげてきっちり最低ラインを教えただけに留めたらまあボロが出るボロが出る。
所詮は付け焼き刃の駆け引き能力、なのか或いは何か別のものがあるのか、そこはわかっちゃいないが……色々やらかしてくれたおかげでこっちもヒヤヒヤしたもんだが、それを利用しない手もないだろう?
多分バウム伯にも連絡はいってるんだろう、あのおっさんも息子に対するミュリエッタの肉食過ぎるアプローチに苛立ちを見せちゃいたはずなのに今回こうしてアルダールのやつを寄越してくれたんだ。
忠臣ってのは本当にありがたいもんだぜ。
「あのお二方のご様子はどうでしたか?」
「英雄父娘か? それともユリアたちのことか?」
「両方ですね、どちらも反応が気になりましたので」
「ユリアたちは察したみたいだな、が、まだまだ甘い感は抜けない。まあ、アイツらはそこまで深いとこに首を突っ込む立場じゃねえんだ、それでいいだろうよ」
「英雄父娘の方は、報告にあった通りというやつですか」
「ああ。ただ娘の方はもうちぃっとばかし注意が必要かもな。思った以上に爆弾娘だぞありゃあ」
「なかなか見目好い娘だそうですが、手を出すご予定は?」
「ナイナイ。流石にあんな小娘相手にするほどオレも若くはないな」
「さようですか、監視として手元に置くのも良いかと思ったのですが」
「やめてくれ……オレぁ懐の深いオンナの方が好みだぜ」
なんてこと言い出すんだこいつ。
いやまあ、オレに落ち着くためにも嫁をとれとかしょっちゅう言い出すからなあ。
ユリアがアルダールと付き合い始めたって聞いて肩を落としてたしなあ。
あの二人は、オレが英雄に首輪をつけたと思ってることだろう。
そうじゃない。
首輪はとっくにつけられている。そこでリードを引っ張って、鈴をつけてやった、ってのが今回だ。
ちりり、ちりりと音を立てて何処にいるのか所在を明かす。
そうそう、戻る住処は王国に……ってな。
もう一つの意味は、まあ。
アイツらに気が付いてもらいたくはないもんだ。
あの娘の方が問題だが、アレは首輪の意味も理解できないだろうとオレたちは思っている。だから、よりわかりやすい方法、アレが少なくとも大事に思う“家族”を人質にするって意味の鈴でもあるんだが。
まあ、そうならないのが一番だけどな。色んな意味で。
「そういえばあの騎士に何を言ったんです? 随分意地悪をなさったようですが」
「あ? あー……そんなトコまで見てたのか」
「役目にございますから」
この秘書官、オレの護衛官でもあるからなあ。
腕が立つのはありがたいけど時々ひやっとするぜ。ユリアんとこの執事のジジィとも仲が良いし、兄上んとこから送られてくる人員は本当優秀で困るぜ。
とはいえ、内容までは流石に聞かないようにしてくれてたんだろう。
「ま……泣かせるなって程度のことさ」
「その割にはあの青年、随分と眉間に皺を寄せておりましたが?」
「……やっぱ聞いてたんじゃねーの?」
「さて。妻にするなら愛はなくとも情があれば十分、……でしたか」
「聞いてンじゃねえか!」
「流石は王弟殿下と思っただけにございます」
しらじらしい!!
とは思うものの、ちょっと気取った言い方をしちまったからそうやって言われて反論すればするほど恥ずかしいということをオレだって学習している。それなりにオトナだからな。
でも内心、これって秘書官からの普段仕事サボってるオレに対する意趣返しなんだろうなあと思った。大人げねェ! お互いにイイトシだろうによ……。
まあ、アルダールのヤツに言ったことは別に本気ってわけじゃねえ。そりゃまあユリアなら妻に娶ってもいいかなと思ったことはあるが、言葉にした通り愛は愛でも違う情だからな。ただ、まあ。泣かせてくれるなって思っただけで。
アルダールのヤツは人間関係において臆病だ。
自覚はしてねえくらい、如才なく上手くやってるつもりだろうしその通りだ。
だからこそ、深くに踏み入ることに二の足を踏み続けているそれを慎重と勘違いしている。あれはただ、怯えているだけだということにヤツ自身が気が付かないといけない。
……あと、だからってまあ、ひっかきまわしたいわけじゃねえ。
臆病者のアルダールとは別のベクトルで臆病な女だからなあ、ユリアってやつは。だから安易に手を出しちまわないところは評価してやろう。それが紳士的なものなのか、手を出しづらい環境だからなのかは別として。
ほら、ビアンカとか義母上とか圧力かけてそうだからなあ。あの辺は怖いぞぉ、と内心エールを送っておく。教えないけど。オレにまでとばっちり来るからな。
「さて、もうそんなに時間もねえから急ぐか」
「は、かしこまりました」
ちょっとだけ、あの二人の後ろ姿に。
ちりっと自分の胸が焼ける気がしたが――それが、オレの大切な思い出になった恋情を思い出しての事なのか、それともあれが羨ましいからなのか。
(……考えたら、負けだな)
今は、やるべきことをするべきだろう。
なんせオレは、オトナだから、な。
と、いうわけで王弟殿下でしたー。