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 アルダールが用意した、というかバウム家で用意してくださったのであろう馬車は乗り心地最高です。

 きっと観劇がお好きだというバウム夫人のご厚意なのでしょう、アルダールは要らないと言ってましたけどやっぱり明日にでもお礼状をご夫妻宛に書いて送るべきでしょう。ここは社会人として。

 お礼状用のカードもちょっと良いものを使って……うん、観劇の感想も添えて。

 下手なお礼の品は逆効果にもなるでしょうから、感謝のお花をつける位がちょうどいいのかなあ?


「ユリア」


「はい」


「……劇場までは、そんなに遠くないんだ」


「そうですね」


 城下町の中でも高級区画にある劇場ですから、王城からそう程遠くない場所ですしね。

 アルダールは私の向かい側に座るようにして、でも視線は窓の外です。ちょっと思いつめたような顔をしてますが、やっぱり先程王弟殿下に何か変なこと言われたんでしょうか。

 守れとかなんとか、またシャグラン王国関連で何かあったとか? どうしましょう、今夜の事はやっぱり出かけないとかは嫌ですけど迷惑なら止めた方がいいのかな。

 誘った手前、中止を言えないのかもしれないし……。


「……聞いてもいいかな」


「え?」


「ユリア、王弟殿下とどうしてあんなに親し気なんだい? 前々からあの方が、使用人たちにも分け隔てなく気安い方だというのは有名ではあるけど」


 えっ、それそんなに思いつめた顔して聞くようなことかなあ。

 まあ確かに王弟殿下が分け隔てなくあの調子で皆に話しかけたり悪戯したりするってのは有名な話ですけども。やる時はやる人間だって言うのを秘書官さんには聞いてるので、お仕事できるけどサボり魔ってのも有名ですけどね!

 それと同時に大層家族思いという事でも有名で、甥っ子姪っ子にも甘いのでそれぞれの宮の侍女や侍従たちともよく喋っている……というのも皆が知っている話です。

 だからその延長上でプリメラさまのお気に入りである私もお気に入りになっているのだろうと皆が思っていることを私も知っています。

 それに加えて、お菓子好きだからという理由で構ってくれるようになった宰相さまとビアンカさまが王弟殿下と仲が良いというのもあるんですが……まあアルダールからしてみたら不思議な感じなんでしょう。


「ええと……どこからお話ししましょうか。王弟殿下と初めてお会いしたのは私がまだ見習いの頃でした。その当時、私はご側室さまにお声を掛けていただいて時折お茶にお誘いいただいていたんですけれど、ある日中庭で髪の毛が絡まって動けない時に助けていただいたことがあって」


「中庭で?」


「ええ。なかなか来ないという事でご側室さまが御自ら探しに行こうとしていたらしくて……アルダールも知っていると思うけれど、ご側室さまは市井のご出身だったから宮廷にはなかなか馴染めなかった所があって、寂しがりやな方でとても気さくな方だったの」


 今でもそのお姿を、はっきり覚えてます。プリメラさまと同じ、金の髪を持った優しい女性のその姿。大好きだった、ご側室さま。

 何度もお茶に誘ってくださって、その度に私に笑顔で接してくださったご側室さま。

 私にとって、とても優しくて理想の女性。


「……その頃、王弟殿下はお忙しい陛下に代わって、時々庭でお茶会をしていたんです。私とは時間が被らないようにご側室さまが調整してくださっていたからその時まで知りませんでしたけど」


 陛下と王弟殿下の兄弟仲が良いことはとても有名だったので、寂しがり屋の兄の妻を案じてお茶会をする弟、という構図だったそうです。

 とはいえ、王弟殿下としてはその後仕事をサボってどこかに脱走していたみたいだからお茶会は口実な気がしないでもないけど……まあそこまで説明はする必要ないでしょう。

 

 そもそも、国王陛下と今は亡き大公殿下は王太后さまからお生まれですが、王弟殿下は先王が気まぐれから侍女に手を出して……ってやつなんですよね。

 お手付きになった侍女は身分が低い娘だったという事で貴族女性たちに色々言われたとか苛められたとか色んな噂が残ってますが、真実は闇の中です。

 そして王弟殿下を産んでそのまま王城から逃げ去った、とされてますが……それが本当の話かを知る人はもうほとんどいないでしょうし、聞いても教えてもらえるとは思えません。聞いてどうなるものでもありませんしね。

 あまり首を突っ込むとろくな事にはならないんですよ。


 そして当時、『健康で将来有望な長男(今の国王陛下)』と『病弱だけれど知性派の次男』がいる状態で『健康優良で後ろ盾とか何もない三男』は王位継承権問題を勃発させるから愛着もないしどっかに養子に出そうか、と先王が仰ったそうです。

 まあ言っていることは正論なんでしょうが、そのあんまりな言い様に王太后さまが激怒して「あんたが孕ませたからいけないんでしょうが! 責任もって我が子同然に育てるから問題ない!」と引き取った、というのも有名な話です。勿論上品なやり取りだったのだと推測します。

 そんな男前な王太后さまが育児した結果、兄弟仲が非常に良くてお互いに支え合って国を富ませていこうと誓ったとかなんとか美談がありますからね。誰が語ってるかって? 淑女たちの口説き文句に王弟殿下ご本人が。


 でも実際、そういう家庭環境もあって非常に兄弟仲がよろしいのは本当のことのようです。

 それ故に甥っ子姪っ子がとにかく可愛いとちょいちょい会いに来てますからね。


「ご側室さまがお亡くなりになった後も、プリメラさまのことをお気に掛けてくださって。私のことも、当時から知っているから……妹みたいなものだと仰ってくださって。私の方も、このように申し上げたら不敬でしょうけれど、兄というものがいたらあんな感じなのかしら、って思うことがあるんです」


「……そう、なんだ。それでか」


「え?」


「親愛の情があるってね、だから泣かせるなと言われたんだ」


「まあ」


「……情、には色んな形がある、とも言われた」


「それは……どういう意味でしょう」


「ああいや、うん。そこは私がわかっているから大丈夫」


 情にはいろんな形が……?

 確かに、愛情とか恋情、友情、薄情、人情、色んな言葉になりますから多種多様といえばそうなんだと思うけど。一体どんな会話だったんだろう。

 アルダールにはちゃんと伝わっているから大丈夫だと言い切られたら、それ以上はつっこめなそうですけど。向こうから話題を振ってきたから聞いてもいいんだと思ったんだけど、あんまり聞かれたくはないっていう雰囲気ばっちりです。


「それと、考えたんだけど。今度……贈り物をさせてもらえないかな」


「贈り物ですか?」


「うん、イヤリングとネックレスを。こうして、またどこかに出かける時につけてもらえるようなものを」


 あっ、さっきの会話のか!

 いやでも、買ってもらうのも申し訳ないよねえ。そりゃ色々男の甲斐性とか矜持とかあるんでしょうけど、私が悪い女で貢がせようってタイプだったらどうするつもりなんでしょう。いや、そもそもアルダールがそういう女性を選ぶこともないのか。


「……でしたら、あの。新年祭の時に、選んでもらえたら、嬉しいです」


「うん? 選ぶだけじゃなくてちゃんと贈らせてもらうよ?」


「いえ! ほらそこは甘えてばかりだと申し訳ないじゃないですか!!」


「……甘えて欲しいって言ってるんだけど」


「いやですから。十分甘えてる、から……」


 いまだ口調も直せませんし、呼び捨ても数回に一回成功するかのチキンですけど。

 それなりにそれを許してもらって、忙しい中時間を割いてもらっているんだから、それでいいと思うんだけどね。アルダールの直った機嫌がまた不満そうなものになることに若干焦りを覚えます。

 いやーだってほらね!?

 私だって働く女ですから、それなりに収入もある女ですから!!


 対等に、なんて流石に言いませんよ。

 前世の社会でも男女平等が正確なものだったのかすら理解で来てませんが、今世はどっちかというと男性優位ですからね。

 ちょっと違うかな、原始的な問題として子を産み育ててくれる女性というものに男は乞うて願うのだ、って言いますから。どっかの哲学者曰く、ですが。

 だからそっちを優先してもらって戦争とか政治は男に任せて次代を育ててください、みたいな考え方なんだよね。だから家庭を守るのは女性の役目、みたいな。

 適材適所の結果、矢面に立つ男を立てつつ家庭は女性が握ってくれるのが理想、みたいな?

 うん、まあそれは各家庭できっと異なりますけどそんな雰囲気です。


 そういう雰囲気があるから、女性に男性は貢いでなんぼ、みたいな風潮がちょっとあって……本質を忘れてバラまいてモテようとする男がいたり、貢がれる私モテ女! ってなる勘違いな人も出てくるんですがこれはまあ、どこの世界でも共通なのかもしれない。


 そんなことを話している間にも、馬車は城下を進んで劇場が見えてきました。

 なかなか立派な劇場の佇まいは、町明かりに照らされてなんだかいつもより豪華に見えます。


「もっと、甘えてもらえるように私は努力しないといけないかな?」


「そんなことありませんよ! ……アルダールが、こういう時にリードしてくれるから、……それだけで、いい、から」


「……それじゃあ、今日は観劇と食事をゆっくり楽しんでもらえるように頑張るとするよ」


 一生懸命になるべく“恋人”らしい発言をした私に、そのいっぱいいっぱい具合を微笑ましく思ったらしいアルダールが笑って。

 相変わらず笑われるレベルでたどたどしい、と自分で落ち込むものの。


 不機嫌だったアルダールが笑ってくれるなら、それでもいいか、とちょっと思った私がいるのでした。

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