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 ――サ、サッキノッテ……アノ、王女殿下ノ、ソノ、ホ、本音デスカ?――


 しん、とした。

 元々そこまで騒がしい場所ではなかった室内が、しんとした。

 

 え、いや。私の聞き間違い……じゃないですよねー!

 皆が皆きっとミュリエッタさんが何を言ったのか、理解できないといったところでしょう。

 アルダールも、統括侍女さまも、室内に居たメイドも、ウィナー殿も。

 王弟殿下だけは驚いただけでまだ余裕がありそうな表情だというのが気になりますが……予想してたのでしょうか。だとしたら何故そうならないようにさせなかったのか。

 だってこれ、どう考えても不敬ですよ、不敬罪ですよ。

 名前を呼ぶ権利も与えられてないのに自ら話しかけにいっちゃうし、しかもその内容がわざわざ足を運んで口にしてくれた感謝の言葉を疑うようなそういうものですよ!?

 それに対してプリメラさまが傷ついたらどうしよう。

 

 いえ、プリメラさまはとても聡明な方ですから、周囲の大人たちをよく見て育ち世の中にはいろんな人がいるのだという事は知っています。子供なんだけど子供らしくないというか、良い意味で王族としての立場を理解している大人じゃないけど子供っていうか、あれ?

 とにかく、だからといって傷つかないってわけでもないんですよね。

 そんなプリメラさまの事を叔父である王弟殿下がご存じないわけない。


(……かといって、英雄を失脚させたいなら、こんな非公式の場じゃない)


 失脚させたいならそれこそ教育を疎かにしてパーティで失敗させるのが手っ取り早い。

 わざわざ、出向いて……こうなるように仕向けた、んだとすると……?


 はっとした様子のアルダールも、思い当たったようです。私も、統括侍女さまも。


「……それは、」


 プリメラさまが、ゆっくりとした動作で振り向きました。

 その表情は凛としていてミュリエッタさんの言葉に怯むこともなく、怒りもなく、静かでただ真っ直ぐなものでした。はぁ……美しい……。いや違う。落ち着け私。


「それは、どういう意味ですか?」


「ミュリエッタ! なんてことを……相手は王女さまだぞ!? わざわざ来てくださって、お礼を言ってくださったのに……!!」


「あっ……」


 父親が顔を青ざめて悲鳴に近い叱咤をした事でミュリエッタさんもようやく自分が何を仕出かしたのか気付いたんでしょう。今までだったら他愛ない、物を知らないお嬢さんが貴族の人にやらかしちゃった、しょうがないなあで済む話ですけど。

 相手は王族ですからね。

 普通に考えたら話しかけるどころか平伏してないといけない、そのくらいの身分差ですからね!?


 それなのに、非公式だからと許されていたにしたって越えちゃいけない部分を何段階飛び越えての失態なのか。それそのものは理解できてないんだろうなあ、だけど『やっちゃいけないことをやっちゃったんだ!』ってことくらいはわかったみたいです。

 今更顔を青ざめさせても遅いですけどね!?


「あっ、あのっ、あたし! 疑うとか、そういうんじゃなくって……! だって、だって……!!」


「ミュリエッタ!」


「良いのです、わたしは彼女の話を聞きたい。わたしがお礼を言うのが、変だと思ったのですか?」


「だって……そ。そうです。だって、王女さまです。王女さまが、あたしたちみたいな平民に、お礼なんて……言われるなんて、思わなくって……!!」


 そりゃ変な話ですよ、まあ一見テンパっててなるほどなーと思わせるものがありますけど。

 実際ミュリエッタさん、今ものすごく焦ってますでしょうね。やらかしちゃった、っていう事態をこの場をどう収めるのかっていう事で頭がいっぱいになっているはずです。

 味方になってくれるはずの父親に叱咤されているというのも彼女を焦らせる要因の一つでしょう。自業自得ですけど。

 でも王国内にある美談とか伝説とかで、献身的な平民出身のシスターに感謝をした武王がいたり、多くの人々の前に平穏無事な治世を送れたのは民のおかげだと頭を下げた賢王がいたとかあるくらいですから……お礼を言わないと思ってたっていうのはある意味失礼ですよ。

 まあ偉い人は頭を下げない、そういう思い込みはあるんでしょうけどね。或いは下げてもそれは本音じゃない、建て前でしょうっていう官僚の謝罪会見に色々いうコメンテーター的なノリとか?

 なんにせよ、そりゃおかしな話だろうと突っ込み始めたらきりがないんだけど……ミュリエッタさんの『本音』は意地悪姫で肉まんじゅう“プリメラ”が、ほっそり優美で可憐なまさにザ・プリンセスっていう美少女になって現れたもんだから、せめて性格だけでも悪くあって欲しいってところじゃないんでしょうか?


 いや、それは私が斜めに見過ぎですかね。

 でも、ついついそう思っちゃいますよね……?


「申し訳ございません王女殿下、この者の不敬、統括侍女としてわたくしがきちんと処断を申し出ておきますれば……」


「……いえ、此度の事は不問とします。発端は、わたしがどうしてもお礼申し上げたいと叔父上さまに無理をお願いした事。唐突な事に、彼女が動揺してしまうかもしれないという事に配慮できなかったのは王族としてのわたしの落ち度でしょう」


「しかし、そのような事をお許しになれば……!!」


「此度の事は非公式の場。それを言い出したのもわたしなのに、言い出したわたしがその言葉を反古にすれば横暴なものにしかなりません。そして、王族は頭を下げない……確かにそれはひとつあるかなと思ったのです。王族は国の代表。誰にでも彼にでも頭を下げて良いものではない、そうわたしは学んできました。ですからこの場でわたしは、わたし……プリメラという個人でお礼を申し上げたかった。だけれど」


 プリメラさまが、振り返って一歩一歩ミュリエッタさんに近づき、そしてそっと彼女の震える手を取りました。それは優し気な所作で、ふわりと優しく笑みを浮かべるプリメラさまは天使のようで。

 ああー慈愛の天使! まさに今降臨!!


「だけれど、それはわたしだけが満足できた話で、きっと貴女や英雄さまにはご負担だったのでしょう。それを思い遣れなかったわたしにも落ち度があると思うのです。だから、今回のことは不問で良いと思うのです……次に同じことがあれば、わたしも気をつけます。貴女も、気をつけてくださるでしょう?」


「は! はい!! 勿論です……っ」


 統括侍女さまは苦いお顔をしましたが、私はプリメラさまが王女としてものすごくご成長しているのだと改めて実感できて嬉しいです!!

 確かに、誰にでも頭を下げる王族では威厳も何もありません。

 そして今回の不敬、非公式の場で起こったこととはいえ処断されてもおかしくない状況だったことを反省点とした上で相手にも諭したのです!


 十一歳の女の子がこれだけの事をしたというのが凄いと思いませんか!

 とはいえ、統括侍女さまの申し出が普通だからあまりにも優しい、温情……ってやつにしか過ぎませんのでこの場にいた人間はミュリエッタさんの評価を最低につけたに違いありません。

 そして警戒されるミュリエッタさんの今後は……と続くわけですが、そこはプリメラさまに関与するところではありませんので。


 ウィナー殿もプリメラさまの温情に何度も何度も頭を下げておられました。


「娘の不敬をお許しいただき、感謝の念にたえません……。この命に懸けて、終生王家に忠誠を改めて誓わせていただきます、王家の為に……!!」


「よし、言質はとったからな? オレも聞いてたからもう反古はできないぞ、英雄!」


「勿論です!!」


「まあ、宮廷に不慣れなんだから作法ってやつも後からついてくるだろう。統括侍女もこうしてプリメラが許したんだからこの場で収めろ。将来的に考えて国のためになる英雄が、王家に忠誠を誓ってくれたんだからな」


「……かしこまりました。しかし、ミュリエッタ嬢をこの調子では本日のパーティに参加させる事は……」


「決して喋らず微笑んで、父親のそばに立つだけにさせとけ。陛下たちにはオレが上手い事伝えておいてやるよ」


 ああーやっぱり。

 この『言質』を引き出すことと、プリメラさまに対するミュリエッタさんの『立場』をはっきり本人に意識させる意図があったんですね!?

 そして、きっと……多分ですけど、プリメラさまもなんとなく察していらっしゃるのでは。

 それでも、お礼を言いたかったんですね……?


 私がプリメラさまの方を見つめていると、プリメラさまも私の視線に気が付いたんでしょう。ちょっと困ったように微笑まれて、それからそっと人差し指を口元に当てて「内緒よ」と言っているようでした。


「さて、おいそこのメイド! プリメラを先に部屋に送ってけ。外に護衛騎士は待機させてあるから」


「は、はい!」


「そんでアルダール、ユリア、お前たちも観劇の時間に遅れるだろう、行くぞ」


「かしこまりました」


「……はい。それでは、ウィナー殿。ミュリエッタさん。ごきげんよう。……統括侍女さまも、その……」


「……こちらの事は気にせずとも宜しい。楽しんできなさい」


「ありがとう、ございます……」


 おかしいなぁ……ただの挨拶のはずが、色んな思惑が……ちょっとずつ、こう、ね?

 彼ら父娘には複雑に絡まっているんだなあって、なんで私そんな現場にいたんだろうね……?

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