130
(プリメラさま……プリメラさまがなんで!?)
正直混乱の極みですよ。
だってプリメラさまはまだ休憩状態でまあそりゃパーティが始まる時間ですからもうお仕度は始めていただろうとは思ってましたよ?
私のところからメイナが戻って、そしたらプリメラさまだってお化粧なさるでしょうしね?
いやいやプリメラさまは白磁の肌になにも塗らなくても赤みを帯びてぷるりとした唇をお持ちだから化粧の必要性なんてない美貌なんだけどそれが磨かれて更に美しく……って違います。いえ、違いませんが。
そもそもプリメラさまは何も仰っていませんでした。
だから私は何も知らないんですよ、本当ですよ統括侍女さま!
私もアルダールも、呆然とするウィナー父娘は若干統括侍女さまが押さえつけるようにして、頭を下げます。頭を下げた所為で視線も下がるので、私の目線では床とその先に、僅かに見える黒い革靴と淡いピンク色の裾。
ああーあのドレスは一年前から色々決めてきたやつなんですよ。
そのお姿を本番で眺めることが出来ないのは残念だと裾直しとかの試着段階で思ってましたけど思わぬラッキーですね!!
いやいや今の状況からしたらちょっと訳がわかんないんだけど、どうしよう。
本来ならなかった、ヒロインとライバル(予定)の邂逅ってことですよね……?
えぇー、ゲームに沿ってない。いや沿ってないんだけどね、元々ゲームと違う風になってますしヒロインからして中身がどうも違うわけですし、私のようなモブ・オブ・モブがこんなところにいるってことも奇妙な話ですし。
(どういうことなんだろう!?)
まあわかっていることは、とりあえずプリメラさまは“ゲームのプリメラ”とは違うから基本的に攻撃的ではないということですよ。
私が言うのもなんですが、プリメラさまは大変お優しい性格で、真っ直ぐにお育ちになりましたから!
「歓談中にごめんなさい、少しだけ英雄さまにお会いしたかったの。みんな顔を上げてくれるかしら?」
「プリメラもこう言ってるし、統括侍女殿もいいだろう? なぁに、ほんのちょっとだけさ!」
「……王弟殿下がそのように仰せであらば」
「おじさまはわたしのお願いを聞いてくださったの。だからどうか責めないでね。わたしが我儘を言ったのよ」
英雄に会いに来た……って事は、純粋に興味本位、かな……?
いやいやいつもは良い子のプリメラさまがそんな我儘するかなあ。
王弟殿下がなにか噛んでるのは確かなんだろうけど。
言われるままに顔を上げた私の視線の先では、優しい笑みを浮かべたプリメラさまがいる。あぁー癒される! 思わずこっちも笑顔になりますよね!!
その横で呆れたように、珍獣を見るような目をしているのが王弟殿下ですね。覚えてろと心の中でだけ申し上げておきます!!
「ユリア、今日の装い素敵ね! 観劇の感想、後で教えてね」
「ありがとうございます、プリメラさま」
「どうぞわたしの大切な侍女をよろしくお願いしますね」
「畏れ多いお言葉にございます」
ちょっとだけ、アルダールの事をどう呼ぼうか考えられたようだけど。
敢えて名前は呼ばなかったみたいだ。そうだよね、まだ正式に婚約したわけではないけどその相手の兄だしね……色々ややこしいよね! 王族としては立場は上だけど、将来的には義理の兄って思うとね。
基本的には呼び捨てで問題ないけどそういうのはプリメラさま的にもちょっと悩んだんだと思うんだよね。
アルダールもわかってるのか胸に手を当てて、一礼しただけだ。
大切な侍女……かあ。嬉しいなあ、プリメラさまったら私のことをこんなに気にかけてくれて!
「どうぞ、顔を上げてください」
おっと、統括侍女さまったらまだウィナー親子のこと押さえ込んでたのかな!?
まだ王族に直接会わせるには心配だという雰囲気を醸し出す統括侍女さまを宥める様に微笑んで、プリメラさまが改めて声を掛けると震える様子でウィナー殿が顔を上げました。
そしてそれに続いて、ミュリエッタさんが顔を上げ……そして目を見開き、絶句してました。
うん、まあそうなるだろうね!
だってミュリエッタさんの中ではプリメラさまは、ゲーム内の“プリメラ”のままだったろうからね!
開発者に“肉まんじゅう系”って言われるような憎らしい悪役の、ぱっつんぱっつんドレスで嫌味ったらしく笑う王女さまというイメージを持ったまま顔を上げたらそこには天使がいるっていうね!!
そりゃ驚くでしょう。絶句もするでしょう。
え、誰これ……ってなりもするんじゃないかな。
良かったよ、変な声上げたりなんかしなくて!!
(これで「ゲームと違う!!」とか言い出すタイプじゃなくて良かったよホント……!!)
まあそれも彼女も記憶持ち転生者、という前提の下だけど。ほぼ確定とはいえ、ミュリエッタさん本人から聞いたわけじゃないしそこのところはほぼ確定としか言えない。
だけどエーレンさんにはプリメラさまの事を意地悪な王女さまって言ってたくらいだし。現実で目の前にした人は誰だろうくらいの感じかもしれない。
「わたしはクーラウム王国第一王女、プリメラです。この後のパーティでもお会いするかもしれませんが、今日はどうしても伝えたいことがあってここに来たのです。本当に、突然で申し訳ないと思っています」
「ここ、ここここ光栄でございます! こ、この度、爵位を賜る栄誉をいただきました、ウィナーと申します!! 横におりますのは、む、娘のミュリエッタと……みゅ、ミュリエッタ、ご挨拶を! ほら! 早く!!」
お父さん動揺しすぎィ!!
ってそれもしょうがないか。普通に暮らしていたら雲上人の、しかも深窓の姫君たる王女殿下と直に言葉を交わすなんて考えも及ばないってものですよ。
まあミュリエッタさんが転生者なら、それこそ『ヒロインなんだから王城に行くのもお姫さまに会うのもストーリー上当然の出来事』と思っているかもしれませんけど。
父親に促されて、それまでぽかーんとしていたミュリエッタさんも慌てて淑女の礼を執りました。まだまだぎこちないですが、まあ及第点じゃないかなと思います。咄嗟にあれができるならパーティでもボロは出ないでしょう。やはり教育係さん、頑張ったんですね……!!
「み、ミュリエッタと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします……」
「おふたかたとも、挨拶をありがとう。これは非公式の場として捉えていますので、わたしの名を呼ぶことを許すことはできませんがどうか理解してもらえたらと思います」
「め、滅相もございません。不調法者でございますゆえ、し、失礼がないかそれだけが……」
「わたし、今日はお礼を申し上げたくて参りました」
「え?」
動揺しまくっていたウィナー殿が、プリメラさまの言葉にきょとんとした。
いやまあそうだろうね。一国の王女が“お礼を言いに来た”って理解するにはなかなかな案件ですよ。同じようにミュリエッタさんもまたぽっかーんとした顔してます。
そんな二人に統括侍女さまが眉を顰めてますが、一体どういう意味なのかと私たちも図りかねてプリメラさまをただ見るばかり。
私たちの事を気にするでもなく、プリメラさまはウィナー殿を見上げてふわりと微笑んでいらっしゃいます。ほんと天使。
「強大なモンスターを貴方が倒してくださったことで、多くの民と、騎士が救われたと聞きました。わたしは王城に居て何もできない子供です。ですから、せめてお礼を申し上げたかったのです」
「は、……え……」
「王女としてのわたしがこのような発言をすることはよくありません。ただ、プリメラという個人が英雄に感謝を伝えたかったのです。聞けば、近衛隊の騎士がひとり危ない所を貴方とご息女によって救われたとも聞きました。尊いその行動に、わたしは敬意と感謝をお伝えしたかったのです」
「お、王女、殿下……」
「ありがとうございます、皆さまの為に剣を振るってくださった、モンスターの前に立ちはだかってくださったその勇気にきっと多くの人が励まされたに違いありません。あなた方父娘は、この国の英雄です」
ぷ、ぷりめらさまああああああ!!
何をしに来られたのかと思ったら、良い子過ぎて全私が泣いちゃう! 泣かないけど!
まあそうだよね、実際に園遊会でモンスターを目の当たりにすると……あれよりもずっと巨大なモンスターを討伐してくれたんだって思うと感謝だってしたくなります。勿論私だって感じてます。
ゲーム開始がどうのこうのだけじゃないです、あれは本当に怖かったんだから!!
でもそれをきちんとこうした場をもって言いたかったとは……私も察しきれておりませんでした。不覚です。
しかし、気になるのは王弟殿下でしょうか?
プリメラさまがそのようにお考えになっていたのを実行するにあたって、相談されたという立ち位置のようですが……あのニヤけ具合、気になりますね。
「それではわたしももう戻らないといけません。お時間、ありがとうございました。統括侍女も、お仕事の邪魔をしてごめんなさい」
「勿体ないお言葉にございます」
「行きましょうおじさま」
「おう、いいぞ。それじゃあまたパーティでな、おっとそっちのお二人さんは観劇か。楽しんで来いよ!」
「は、ありがとうございます」
「……はい」
プリメラさまが踵を返し、王弟殿下がそれをエスコートする。
そして退出するという自然な流れにメイドがドアノブに手をかけたところで、ミュリエッタさんが一歩前に踏み出しました。
どこか怯えたような表情で、プリメラさまをまっすぐに見つめ。
「さ、さっきのって……あの、王女殿下の、その、ほ、本音ですか?」
感動的な雰囲気……の中でミュリエッタさんが、意気込むように聞いたそれがなければ。
きっと、この場はとても和やかに終わったんだと思いますよ!